仙台戦で劇的な2ゴールを決めた川崎フロンターレのFW小林悠【写真:Getty Images】

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「こういうときにゴールを決めるのは、絶対に自分だ」

 退場者を出して一人少ない状況で、なおかつ2点をリードされる絶体絶命の苦境を、後半終了間際に飛び出した怒涛の3連続ゴールでひっくり返す。Jリーグ史上に残る大逆転劇が生まれた14日の明治安田生命J1リーグ第29節。同点&逆転弾をベガルタ仙台のゴールに突き刺し、ホームの等々力陸上競技場に詰めかけたファンやサポーターを熱狂させた川崎フロンターレのキャプテン、FW小林悠の心に生まれていた「ある変化」が、奇跡の勝利を手繰り寄せた。(取材・文:藤江直人)

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 チームを救う究極のエゴイストになるんだと、心のなかで何度もつぶやいていた。

「こういうときにゴールを決めるのは、絶対に自分だ。自分しかいない」

 奇跡の勝利を後押しする大歓声の塊が等々力陸上競技場を揺るがすなかで、川崎フロンターレのキャプテン、FW小林悠の強い気持ちが背中を介してチームメイトたちにも伝わっていた。

 だからこそ、何も言わなくても自然とボールが集まる。1点差に追い上げた直後の後半39分。左サイドを駆け上がった日本代表DF車屋紳太郎は、ニアサイドのFW知念慶、中央のMFハイネルではなく、ファーサイドにいた小林へアーリークロスをあげた。

 ボールをキープしながら、小林の前方を斜め右へ走っていったハイネルに一瞬ながら気を取られた、ベガルタ仙台の守備陣を見透かすように左側へシフト。シュートコースが空いた刹那に迷うことなく左足を振り抜き、ゴール左隅を鮮やかに射抜いた。

 それでも、笑顔を浮かべることなく、右手のひとさし指を立てて「1」を周囲に伝える。言うまでもなく「もう1点取って逆転するぞ」というジェスチャーだ。わずか3分後に、それが現実のものとなる。

 相手の縦パスをインターセプトしたMF長谷川竜也が、そのままドリブルで前へ駆け上がってカウンターを仕掛ける。そして、ペナルティーエリアが見えたあたりで左側へパスをはたいた。マークの薄い左サイドに開いていた小林がそこにいた。

「正直言うと、あまりにしんどすぎて、もうボールを前へ運べなかったので『打っちゃえ』と。相手に当たりましたけど、シュートを打つことに意味があると思ったので、そこは迷わず打てました」

 ペナルティーエリアの左隅のやや外側から対角線を狙って、今度はカーブの回転をかけた一撃を右足から放つ。慌てて距離を詰めてきたDF平岡康裕の体をかすめ、わずかにコースを変えた軌跡はそれでもゴールの枠から外れることなく、ネットに吸い込まれていった。

退場者を出し数的不利、さらに2点のビハインド

 DFエウシーニョが鮮やかなミドルシュートを突き刺したのが後半37分。興奮も冷めやらないまま、わずか5分間で同点、そして逆転に成功する。しかも、フロンターレは前半の段階で退場者を出していた。Jリーグ史上に語り継がれる奇跡を手繰り寄せた、ヒーローの小林が試合後に声を弾ませた。

「エウソン(エウシーニョ)がゴールを決めた瞬間、みんなの気持ちが蘇ったというか、希望がもてたというか。サッカーは点が入ると、一気に局面が変わるので。10人でしたけど、1点を返した後の等々力の雰囲気だったら、もしかしたらという気持ちがありました。

 僕自身も正直、相手のボールを追いかけてばかりで『ああ、きついな』と思っていたし、後半に2点目を取られたときは厳しいな、と思いましたけど……エウソンのゴールで行けるんじゃないかと。2点目も3点目も、とにかく思い切り打ちました」

 そして、冒頭で記した心のなかでのつぶやきを、照れながら明かしてくれた。

「こういうときにゴールを決めるのは自分だと、強く思いながらプレーしていました」

 14日に行われた明治安田生命J1リーグ第29節。国際Aマッチデーウイークによる中断期間中に行われ、フロンターレが逆転で決勝進出を決めたYBCルヴァンカップ準決勝から3戦連続で同じ顔合わせとなった一戦は、リベンジを期すベガルタが主導権を握った。

 小林をはじめとする前線がプレスをかけても、後ろの選手たちが連動しない。必然的に生じたスペースを、期限付き移籍する前に清水エスパルスでYBCルヴァンカップに出場したため、規定により準決勝ではプレーできなかったMF野津田岳人らに自由に使われる。

 42分にはMF家長昭博が2枚目のイエローカードをもらって退場となる。前半の残り時間をしのいで、ハーフタイムに立て直す。とっさに描いた青写真は前半アディショナルタイム、野津田のゴールとともに崩れ去ってしまう。

 迎えたハーフタイム。鬼木達監督は精彩を欠いていたエドゥアルド・ネットに代えて、ドリブラーの長谷川をボランチに位置に投入。フォーメーションを「4‐3‐2」に変えて臨む後半へ、こんな檄を飛ばした。

「こういう試合をものにするチームが、タイトルを手にできるんだ」

中村憲剛から引き継いだキャプテンの座

 浦和レッズに逆転負けしたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の準々決勝第2戦、そしてベガルタとのYBCルヴァンカップ準決勝第2戦でも、フロンターレは退場者を出している。

 もっとも、いずれも2戦合計でリードしていたこともあって、フォーメーションは「4‐4‐1」にした。翻って、この日はリードを許している。前線から積極的にプレスをかけられるように2トップに変えて、ボランチを3枚にして野津田らが侵入してくるスペースをも消した。

 プレスの「一の矢」を担う小林にかかる負担は、必然的にさらに増える。しかし、2点目を失い、天を仰いだのも一瞬だけ。愚直かつ効率的な“走り”に導かれた攻撃が、ベガルタを追い詰めていく。この試合で史上17人目となるJ1通算400試合出場を達成した、大黒柱のMF中村憲剛が言う。

「(ベガルタは)もともと最終ラインと中盤の間が空くので、そこを3点とも上手く使えた。ウチらが後ろから全部蹴るのではなく、つなごうとしたのも大きいと思いますけどね。中盤はとにかくみんなでハードワークしたし、サイドバックのエウソンと(車屋)紳太郎も上下動を繰り返した。

 一人減ったときの原則というか。みんながちょっとだけ、5メートル、10メートルを頑張って走ることで、数的不利を同数にもっていく作業をするんだけど、やみくもに走るのではなくて、行けるときは行く、というメリハリがあったのかなと。向こうもだんだんつなげなくなってきたので」

 まもなく37歳を迎えながら、それでも圧倒的な存在感をピッチで放ち続ける中村から、このオフにキャプテンの座を禅譲された。風間八宏前監督(現名古屋グランパス監督)からバトンを引き継ぎ、ヘッドコーチから昇格した鬼木監督の発案だった。

 前人未踏の3年連続得点王を獲得した、FW大久保嘉人(現FC東京)が抜ける新シーズンをどのように戦うか。43歳の新人監督はこんな設計図を描いていた。

「常に100%の状態で練習や試合に臨む、という責任感をいろいろな選手に分散させたかった。(小林)悠自身は昨シーズン、強い責任感をもってプレーしていた。(中村)憲剛の立場で言えば、そういう役職がなくてもやってくれる。その意味では悠と憲剛と、2人のキャプテンがいるようなものなので」

試行錯誤の末、たどり着いた独自のキャプテン像

 30歳を迎えるシーズンへ、小林自身も「憲剛さんの次は、年齢的にも自分かな」と考えていた。だからこそ大役の拝命を意気に感じた。けがに泣かされるシーズンが多かったストライカーが、ここまで全29試合に出場しているのも、新たな責任感が加わった証と言っていい。

 しかし、序盤戦は思考回路が支障をきたすことが多かった。鬼木監督が上乗せさせようとした「攻守の切り替えの速さ」と「球際における激しさ」が先行しすぎて、本来のパスをつないで「相手を握り潰す」サッカーが影を潜め、4月までの9試合は3勝4分け2敗と勝ち切れない状況が続いた。

 先発フル出場を続けていた小林は最前線で、フォワードとキャプテンのはざまで揺れていた。

「キャプテンだからもっと守備をしなきゃ、もっと周りに気を使わなきゃ、ということばかりを考えてばかりいて、なかなか自分のゴール数を伸ばせず、チームも勝てない状況が続いていた。そのときに何かの取材で『キャプテンとは』という質問があったんですよ」

 たまたま受けたインタビュー取材が、図らずもターニングポイントになったと笑う。

「パスが出て来ないときは切れなきゃいけないこともあるし、正直、フォワードがキャプテンをやるのは難しいという話をしたときに、その方から『もっと自分が、自分がというキャプテンのフォワードがいてもいいんじゃないですか』と言われて。すごく単純ですけど、そこから考え方を変えました。

 自分はフォワードだから、と割り切れた感じでやれたときからゴールもどんどん取れるようになってきた。キャプテンだから、という考えが先に来るのではなく、フォワードとして点を取って、チームを勝たせることが、いまの僕のキャプテンとしての仕事だとしっかり整理されているので」

 全幅の信頼をとともにキャプテンの座を託した中村は、以来、後方支援に徹してきた。移動する新幹線や飛行機では隣の席に座ることが多く、幾度となく話もしてきた。それでも「あまり自分のキャプテン像を押しつけてもしょうがない」と、初めての大役を担う小林を静かに見守ってきた。

「悠は悠、僕は僕なので。いろいろ考えてきことが、いまの悠につながっている。自分がキャプテンだとは、半分くらいは思っていないんじゃないかな。悠が点を取ってみんなが続く。それでいいと思うけど、最初から『自分は点を取れればいいや』というキャプテンだったら、誰もついてこない。

 だってそうでしょう。おそらく『お前、キャプテンなのに』ってなるから。けど、キャプテンとしても、フォワードとしても、エースとしてもやらなきゃという苦しみを、僕たちは傍で見ていたので。いまは悠が気張らなくてもチームとしていい流れができているし、僕もそのためにいるわけだから」

自己最多のシーズン17ゴールも自然体を貫く

 試行錯誤したすえにたどり着いた独自のキャプテン像だからこそ、何があってもぶれることはない。絶体絶命の苦境に追い込まれたベガルタ戦で「ゴールを決めるのは自分」と念じ続け、具現化させた2ゴールは、キャプテンという肩書と戦ってきた過程で成長した「心」に導かれたものと言っていい。

 これで今シーズンのゴール数を「17」に伸ばし、自己最多だった昨シーズンの「15」を更新した。得点ランキングも日本代表FW杉本健勇(セレッソ大阪)と並ぶ2位で、トップのFW興梠慎三(浦和レッズ)を2点差で追う。個人としての初タイトル獲得が視野に入ってきても、小林は自然体を貫く。

「今年はPKを蹴らせてもらっていることが大きいけど、それでもチームのみんなに取らせてもらっているゴールが多いので、パスを出してくれる選手たちに感謝したい。僕のゴールが伸びているというのはチームの成績がいいからなので、チームに感謝したいと思っています」

 もしベガルタに屈していたら――2位の座は変わらないとはいえ、首位・鹿島アントラーズとの勝ち点差は再び「8」に広がっていた。残り5試合で終戦を迎えかねない大ピンチで、小林の咆哮とともに土俵際で優勝戦線に踏みとどまった。

 敵地でサンフレッチェ広島と対峙する21日の次節では、家長とエドゥアルド・ネットが出場停止となる。負傷離脱中のMF大島僚太、阿部浩之もまだ間に合わない。再び厳しい戦いが待つ苦境で、貪欲にゴールを求め続けるキャプテンの背中が、初タイトルを目指すフロンターレの羅針盤になる。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人