「Thinkstock」より

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●痛ましすぎる母子6人の犠牲者と父親
 
 今月6日、茨城県日立市で母親と11歳の長女ら5人の子どもが火事で犠牲になる事件が発生しました。これだけでも恐ろしいほどに痛ましい事件です。しかし、続報ではもっと痛ましい真実が明かされました。火事は父親の放火によるもので、さらに放火の前には家族の刺殺を試みていたというのです。亡くなった全員に刺し傷や切り傷があったと報じられています。父親は供述で、特に長女に対しては明らかな殺意(殺害容疑)を語っているようです。

 父親の同僚や近所の住民、学校関係者の話によると、仲が良さそうな家族に見えていたと報じられています。実は今年の6月にも福岡県で父親が妻子を殺す事件がありました。この家族も周囲には幸せそうに見えていたようです。なぜ、父親たちはこのような凶行に出てしまったのでしょうか。

 その詳しい事情はわかりませんが、実は人は人に対して攻撃的になる本能的なシステムを持っています。このシステムが何かの理由で制御できなくなったのだと考えられます。

●人は裏切り者には限りなく残酷になれる
 
 あらゆる動物は生き残るためにリスクを察知して危険を回避するシステムを心に宿しています。人は人の中で生きる動物です。古代ギリシアのアリストテレスは人間とは「社会的な動物」であると言いました。社会的な動物として進化してきた私たち人類は、動物的なリスク回避のシステムを「社会」に特化して進化させました。

 このシステムのひとつに「裏切り者探索モジュール」(越智/2016年)と呼ばれるものがあります。社会で安全に暮らすには、自分を脅かす社会的な脅威を排除しなければなりません。身近に裏切り者がいると、油断しているところを襲われかねません。そこで、無意識的に身近に裏切り者がいないかモニタリングしているのです。

 そして裏切り者を発見したら、その排除に動機づけられます。すなわち裏切り者への攻撃です。攻撃性とはもともと自分に損害を与える対象を排除するための心理で、怒りがその原動力です。特に裏切り者は同じ社会のなかにいるものなので、安全に暮らすには完全に追放するか、裏切る力を削ぐしかありません。力を削ぐ方法のひとつが殲滅です。そのため、人は裏切り者を殲滅するために時にとことん残酷になれるようにつくられているのです。

●自尊心を傷つけた者は裏切り者になる
 
 では、何をもって心のなかで裏切り者と認定するのでしょうか。そのひとつが「期待に沿わないこと」です。人はそれぞれに都合があるので、常にお互いの期待に沿えるものではありません。そのために許し合えるシステムも獲得しています。しかし、進化の歴史的に攻撃性のほうがよりパワフルなので、心理的に疲れている状態では許し合いシステムが作動しにくくなるのです。

 人が人に期待するもののひとつに、「自分を尊重すること」があります。特に家族や親しい仲間に対してはこの期待が膨らみます。気が許せるという甘えもあって、期待がどんどん膨らんでいくのです。その結果、お互いに「自分を尊重しない=裏切った」と感じてしまい攻撃的になるのです。

●許し合いシステムを維持するために
 
「許し合いシステム」は攻撃性を発動させない安全装置のようなものです。なぜこれが外れてしまったのでしょうか。もともと外れやすい性格があることも知られていますが、その多くは自分が蔑ろにされたことで心理的に疲れて思い詰めてしまう過程で外れます。遺産の相続で仲が良かった兄弟がお互いに殺意を覚えたという話も珍しくありません。また、父親による子殺しは神話のなかでも題材になるくらい古い人間のテーマです。父子関係には安全装置を外させやすい何かがあるのでしょう。

 安全装置を維持する鍵は、相談できる人が身近にいることです。男性は相談しにくいことが知られていますが、男性も思い詰める前に気軽に相談できる社会をつくることが大切です。
(文=杉山崇/神奈川大学心理相談センター所長、人間科学部教授、臨床心理士)