難関資格の筆頭格である、公認会計士。

―高収入、堅実、転勤なし。

そんな好条件を難なくクリアする”勝ち組”であり、東京の婚活市場においても人気が高い職業の一つである。

しかし彼らにも、悩みはある。

大手監査法人勤務の隆一は、同期である健の突然の退社に動揺するが、尊敬する上司の冴木のもとで会社に留まることを決意する。

しかし、冴木のライバルである東城がパートナーへ出世し、隆一は再びキャリア選択に悩み始めた。




―なんで東城さんがパートナーに?
―東城さんが冴木さんの上司になるということは、冴木さんはどうなるんだ?

東城さんのパートナー昇格を受けて、僕の頭は混乱していた。

「隆一くん」

そんなとき、東城さんが僕に声をかけてきた。色白ヒョロ眼鏡の東城さんは、いかにも神経質そうな感じで、兄貴肌の冴木さんとは正反対のタイプだ。

「君にも僕の仕事を手伝ってもらいたいから、これから頼むよ」
「はい…。よろしくお願いします」

返事はしたものの気が重い。

既に東城さんには、複数のブレーンともいわれる忠実な部下が何人かいる。僕が新たに東城派に加わっても、外様のような扱いだろう。

僕は、東城さんが大嫌いだった。

新人のころ、クライアントの前で何度も怒鳴り散らされ、散々嫌な思いをした。彼に協力するくらいなら、今すぐにでも辞めたい気分だった。

僕は、冴木さんにパートナーになって欲しかったのだ。

でも冴木さんがパートナーになるには、これからも東城さんが妨害するに違いない。彼はそんな人間だ。同じ部署にいる限り、冴木さんと東城さんの関係が変わることはないだろう。

頭の中を整理できないまま、ずっと同じことを考え続けている。そんなとき携帯の着信が鳴った。

「隆一、今晩予定空いているか?飯でもどうだ?」

冴木さんからだった。


冴木から明かされる、組織ならではの悩み


冴木の知られざる悩みとは?


冴木さんから食事に誘われるのは、久しぶりだった。

昇進発表後とあって何を話せばいいか分からなかったが、僕は誘いに応じた。



冴木さんとは、目黒の『笹や』に20時に集合した。新人の頃、よく健とともに、ご馳走になったお店だ。




「パートナーになるのも、なかなか一筋縄ではいかなくてね。社内政治が下手なんだよ、俺は」

冴木さんは、部下にこそ慕われるが上司からのウケが良くないようだ。対照的に、昇進した東城さんは、部下には嫌われるが上司ウケは抜群だ。

やはり、監査法人といえどサラリーマン社会であることには変わらない。上に気に入られなければ這い上がることはできない、縦社会なのだ。

「僕は、冴木さんこそパートナーにふさわしいと思っています」

それは、本心だった。

しかし東城パートナーの誕生により、少なくとも、社内では東城派閥が増えるだろうし、冴木さんの求心力が低下することは必至だ。

「正直、悔しいよ……。東城なんかにパートナーができるわけない。あいつは組織運営なんてことにまるで興味がないし、自分のやりたい放題だ」

冴木さんの本音を、初めて聞いた。

雲の上の存在であった冴木さんも、会社に属する“サラリーマン”だ。組織の方針には逆らえないし、逆らうなら去るしかない。それが宿命だ。

そんなことを考えていたら、東城さんはこう言った。

「俺、部署異動の願いをだすよ」

これは、「ついてこないか?」という意味なのだろうか。しかし出世争いに敗れた側から、そのセリフを直接口に出すわけにもいかないのだろう。

でもきっと、冴木さんは今日これを言いに来たのだろう。

気に入らない上司だが、社内最大派閥の一員になるか、大好きな上司のもと「二軍落ち」するのか。

・・・僕は一体、どうすればよいのだろうか。



食事が終わり冴木さんと別れ、帰り道を歩きながらため息をついた。ユキに電話しようとした手を止めて考える。

サラリーマンは決して嫌ではない、でも……。結局は、上司の動向を伺いながら生き抜くしかないのだろうか。

順調に出世街道を歩んでいた冴木さんにとって、これが初めての挫折だったのだろうか。帰り際の後ろ姿が、とても小さく見えたのだ。


再び迷い始める隆一に知らせが・・・


悩める隆一に、思いがけないニュース


“東城パートナー”が誕生してから、部署の雰囲気が変わりつつある。これまで、冴木さんを慕っていた面々が彼のご機嫌を伺うようになったのだ。




「東城さん、この監査計画ですが…」
「東城さん、新規案件でご相談があります」

まさに東城さんの天下だ。いち早く東城派の側近になろうとする必死さを感じる。

たしかに、この組織に残るためには、東城さんに気に入られることが先決だ。

しかし頭でわかっていても、僕はなかなか行動に移せなかった。

「隆一君、この前任せていたプロジェクト、進んでいる?」
「はい。本日中には取りまとめます」
「OK。期待してるから、頼んだよ」

東城さんは、冴木さんと近しい部下を自分側に取り込み、冴木さんを蚊帳の外にしているようだった。さすが、社内政治の嗅覚に長けている。

わかっていても、何も抵抗することができない自分が歯がゆかった。



その知らせは、突然、ユキから伝わってきた。

「健君の会社、上場したみたいね。びっくりだわ。ストックオプション貰って、健君、きっと大金持ちね」

―健の会社、もう上場したのか…!?

最近は社内の仕事に追われ、全然ニュースを見ていなかった。まさか、健の会社が上場したなんて…。

僕は、心にぽっかり穴が空いたような気分になった。健はもう、手の届かないところにいってしまったのだろうか。

「でも、ベンチャーなんて博打よね。ただ、運がよかっただけだわ。私は健君みたいな人と付き合うの、無理だわ」

ユキはやはり、安定志向だ。ある意味、彼女のこの考えが、僕を「このままでいい」と肯定してくれているのだ。

健は、健。僕は、僕だ。自分にそう言い聞かせた瞬間、Facebookの通知がきた。

それは、健の新しい投稿を知らせるものだった。その投稿には、新しい会社のメンバーとともに満面の笑みを浮かべる健の写真が載っていた。どうやら、経済情報番組に健の会社が取りあげられたらしい。

―いつの間にか、隆一を追い越しちゃったな―

あのときの健の言葉が、頭の中でリフレインした。健が言う“追い越す”とは、こういうことだったのか?

この間の冴木さんの小さな背中とは対照的な、溌剌とした健の顔を見て、そう思わざるを得なかった。

ーこのまま、健に負けたくない。

それが本心だと、認めざるを得なかった。

▶NEXT:10月23日 月曜更新予定
元同僚の活躍に触発された隆一が取った行動は…。