@AUTOCAR

写真拡大 (全7枚)

もくじ

ー レトロブームに乗っかったわけではない
ー コンセプトから、ほとんど変わらなかった
ー 目を見張る勢いで上がりゆく中古相場
ー 処理の安っぽさを補ってお釣りが来る
ー 過去の名作の低解像度コピーではない

レトロブームに乗っかったわけではない

渋滞が始まり、じきに流れなくなりそうだ。夕刻のバークシャー。ラッシュアワーが始まりかけている。ぼやぼやしている場合ではない。

アクセルを踏み込むと、最高速に達したホットなZ8が砲撃のような音量でダンスビートを奏で、ドライバーの表情が掛け値ない驚きを示す。

いかにもボンドカー風のキャビンと劇的なスタイリングで、BMW Z8は、目立つことこの上ない。まるで、「こっちを見ろ」と大声で叫んでいるようだが、驚くべき点は、これまで、このクルマの印象を語ってくれたひとが、いずれもZ8をつい最近デビューしたニューモデルだと信じて疑わないことだ。

けれど実は、スタイルに限って言えば、1997年に東京モーターショーでコンセプトカーの形で初公開された時点でさえ、完全に目新しいものではなかった。

レトロなデザインが流行った90年代後半、BMWも、他の多くのメーカーと同様、過去の名車のスタイルをこのスポーツカーとして蘇らせることに吝かではなかった。

Z8は、名車507を堂々とモチーフにしている。そして、1950年代に非常に魅力的だった507よりもはるかに深く構想が練られていたにもかかわらず、507の場合と同様、この魅力的なソフトトップ車をめぐって様々な評価が下された。今となっては信じがたい話だが、Z8の値段がつるべ落としに下落した時期もあった。

しかし、それはかなり昔の話だ。

Z8がレトロブームの始まる前に構想されていた点を考えると、このクルマが生産に漕ぎ着けたという事実だけでも、驚くべきことだ。逸話によれば、このクルマの構想が生まれたのは、1993年に工場のミュージアムで開かれた退職祝いの席だったと言う。

当時のBMW会長ベルント・ピシェッツリーダー博士と彼の右腕だったヴォルフガング・ライツレが、同僚の新たな門出を祝って乾杯した後、館内を散策し始めた。

507の前で足を止めると、ふたりに懐古の情が湧き、507をモチーフにした新型車を出してはどうかという話で盛り上がってしまった。そして彼らのブレインストーミングの成果が、4年後に日本で初公開され、熱狂的に歓迎されたのだ。

ただし、出来上がったZ07と呼ばれるコンセプトカーは、あくまでもショーカーだった。

コンセプトから、ほとんど変わらなかった

かってフィアットにいたクリス・バングルの部下で、デンマーク生まれのヘンリック・フィスカーがスタイリングを担当し、そのインスピレーションは、最初のコンセプトどおり紛れもなく507に求めていた。50年代におけるスタイリングのテーマは、運転席の後部のスポーツレーサー風ヘッドフェアリングにも及んでいる。

Z07への反響があまりにも大きかったため、BMWは、ほぼそのままの形で生産することを決定した。Z8は、BMWにとって、当初から、自社の新しい車体製造技術を宣伝する手段であったと見てよい。

一例は、Z8に使われている特注品のアルミスペースフレームシャシーであり、これは、プレス合金で造られたボディパネルとともに、Z8が、セダンをつぎはぎした急ごしらえのクルマではないことを証明するものだった。

Z8の場合、例えば、ポルシェ・ボクスターなどとは違い、コンセプトカーから生産に移行する間に、スタイリング上の特徴が失われることはあまりなかった。ヘッドフェアリングがなくなった以外、フロントガラスがわずかに拡張され、フロントとサイドのウインカーが両ウィングのクロム風のエアーベントに移動され、安定性向上のためにフロントエアダムを深くしたにとどまる。

量産モデルは、それ以外の点において、ベースになったワンオフのテスト車に驚くほど忠実である。インテリアについても同じことが言え、マイケル・ニミックの手がけたショーカーのキャビンをほぼそのまま再現している。

粋なボディの下は、フロントエンドのサスペンションにマクファーソンストラットを使い、リアサスには、マルチリンクとコイルが。両エンドにアンチロールバーを配置した。

この怪物を駆動するのが、騒々しいE39世代のM5と共用する4941cc、オールアロイのM仕様V8エンジンである。エンジン出力もM5と同じだ。

6600rpmで強烈な406ps、3800rpmで50.9kg-mのトルクを絞り出す。重量は(M5より180キロ少ない)1585kgであり、メーカーの数字によれば、0-96km/h加速が4.7秒、0-160km/h加速が11秒、電子制御による最高時速は248km/hに達する。

Z8は、1999年に発売され、一瞬しか登場せず、スタントに使われたクルマも、実際にはダックス・トジェイロにボディを載せ替えたものだったにもかかわらず、『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』とのマーケティングタイアップのおかげで、このバイエルン産のロードスターの知名度が大幅に上がった。

目を見張る勢いで上がりゆく中古相場

一部のメディアは、レトロ風のデザイン戦略に食傷気味で懐疑的ですらあったが、市場の反応は良好で、£8万(1187万円)という価格にもかかわらず、生産が需要に追いつかなかった。

この価格は、組み立て時の仕上げにかなりの量の手作業が必要とされ、1日に10台以上は生産できない、という実情を反映したものだった。顧客は、オプションとして、BMWのそれぞれの部門によるカスタムペイント仕上げと内装の特別仕上げを指定することも可能だった。

Z8の生産は2002年11月に終了したが、そこで話は終わらない。2003年、Z8をベースにしたアルピナV8ロードスターが登場した。これは、スポーツカーとしての性格を弱め、GT志向のテイストになった。

M5エンジンは、アルピナB10 V8Sの4.8ℓエンジンに道を譲った一方、それまでの6速マニュアルトランスミッションが、5速ステップトロニックに交換された。最高出力は380psに減ったものの、奇妙なことに、電子的にコントロールされた最高速度は258km/hに引き上げられた。

アルピナ社では、当初、自社バージョンのM73 V12エンジンを押し込みたかったが、エンジンサンプがラック&ピニオンステアリングシステムと干渉するため、断念した。

BMWZ8よりもリラックスできるツアラーにするため、サスペンションのセッティングをソフトにし、タイヤもランフラットタイプから従来型に交換した。555台が生産され、そのうち450台が米国に輸出された。

そして記念すべきことに、アルピナ社単独による製品としては初めて、BMWの北米ディーラー網により販売された。英国で販売されたV8ロードスターは8台にとどまり、その中の1台を買ったのがクルーナー歌手のローナン・キーティングだった。

2003年までに合計で5703台のZ8が生産され、その数は、もともとの507の生産台数を大きく上回った(BMW 507は、252台しか生産されなかった)。他のスーパーカーと同様、中古車の価格が一時期急落したものの、驚くほど速く反騰した。

「最初の数年間は、価格がほぼ半減しました」そう話すのは、長年のZ8オーナーであり、ヘキサゴン・モダン・クラシックスの社長ポール・マイケルズ氏だ。

「正直なところ、ほぼ新車のZ8を£4万(594万円)で買える時期もありました。ところが、いつの間にか、価格が£6万(890万円)、次に8万(1187万円)へと跳ね上がり、それ以上になった。

なんらかの不思議な理由から、価格がいつも2万ポンド単位で上がるように見える。走行距離が少なく、程度の良いZ8は、現在、£15万(2256万円)から£18万(2671万円)で取引されている。

アルピナ版にはわずかにプレミアムが付き、£16万(2374万円)から£19万(2819万円)だ。走行距離の多いZ8でさえ、英国では£10万(1484万円)は越えている。

「われわれは、ドイツのマーケットの動向を追っていますが、現時点におけるドイツ国内の需要はとても旺盛です。BMWはZ8を1台生産するたびに赤字が増える状態だったので、同社が、Z8のようなハンドメイドのクルマを少量生産することは二度とないのではないかと思います。それだけでも、価格が上昇し続ける十分な理由になると思います。507の例を見ればわかります。ほんの5年の間に値段がなんと4倍になってしまったのです」

処理の安っぽさを補ってお釣りが来る

Z8、特にふたり乗りロードスターは、1950年代に生産されたオリジナルの507よりもあらゆる面で大きいにもかかわらず、デザイン上のマジックで、かなり小さく見える。全長4400mm(つまり507よりも25.4mm長い)、全幅1830mmだ。それでも、全高は、最近のポルシェ911よりもさらに低い。

BMW 507を間近で子細に見たことのある顧客はほとんどいないという意見には一理あるものの、Z8のスタイリングは幸いなことに(例えばフォードGTのような)507の単なる焼き直しには終わっていない。Z8の面目が保たれているのは、おそらく、そのおかげだろう。

いずれにしても、魅力的なクルマだ。姿勢は完璧であり、弓なりのウィングラインと細身のテールライト群のおかげでリアからの眺めのほうが美しい。他の多くのレトロデザインのクルマとは違い、不自然な感じがなく、独自の個性的な外観を備えている。

それでも、細部を見れば、おそろしくチープで悪趣味なベントを筆頭に1点か2点、確かに時代遅れの面が目につく。

無論、良い点もあり、少なくともキャビンは快適であることは間違いない。シートは、体との接点を包み込み、圧迫感はない。実際のドライビングポジションも秀逸で、多くのスーパーカーのように、ステアリングホイールとペダルが無秩序に片側に寄っているなどということがなく、適切な位置に配置されている。

すべてのスイッチがZ8特製であり、流用されている部品がないのは素晴らしい。これは、スペシャルな高級感に一役買っているものの、計器類がダッシュボードの中央部に集中しているため、いささか見にくい。

全体的な効果として、粋なデザインであるよりは、ピンプモービル風なため、丈の長い毛皮のコートを羽織り、羽のついたフェドーラ帽をかぶらなければならないような気分になる。

ボディと同色のプラスティック、つや消しのアルミ、光沢のあるクロムメッキ、そして緋色の配色は、スタイリングスタジオでは映えること請け合いだが、ブラックネルで渋滞に巻き込まれ、立ち往生している時には、単に恥ずかしいだけで、オプションで、透明になるマントもあれば良かったのになどと考えてしまう。

しかし(この「しかし」というところを強調したいのだが)、Z8の強烈な性能は、インテリアの処理の安っぽさを補ってお釣りが来る。それに、このエグゾーストサウンドがなんとも言えない。

過去の名作の低解像度コピーではない

アクセルを踏むと、エグゾーストパイプがV8エンジンの空に響き渡るようなあからさまなファンファーレを奏でるため、ついついスロットルを踏まずにはいられない。発進加速は鋭い。スポーツボタンを押すと、スロットルのレスポンスがさらに鋭くなるZ8は、静止状態から2秒未満で時速48km/hに到達でき、その後すぐに3桁台の速度域に突入する。

運転は驚くほど容易だ。M仕様のクアッドカムV8は、リミッターの効く7000rpmまで一気に吹け上がり、その一方6速でも無理なく時速64km/hから加速する。ただし、ギア比の変化が比較的小さいにもかかわらず、シフト動作はややもたつく。

Z8は、新車時に、直線では猛烈に速いものの、コーナリングは苦手だった。なぜなら、ランフラットタイヤの使用に踏み切ったことが、この車にとって大きな仇になったからだ。

話を現在に戻すと、まだオリジナルのランフラットタイヤを履いているZ8はほぼ存在しない。この車と同様に従来型のロープロファイルのブリヂストンタイヤを履いていればコーナリングは格段に良くなっている。

ステアリングは正確であり、過度にアシストされているフィーリングがないのが良い。最終的には、フロントエンドが最初に流れるものの、アンダーステアは穏やかであり、BMWのダイレクトスタビリティコントロールを外してスロットルを大胆に踏まない限り、リアエンドが流れる心配もない。

また、大型のベンチレーテッドディスクブレーキの効きもすさまじく、カタログデータによると時速96km/hから静止するまでに2.5秒しかかからない。また、幌のばたつきも少ないため、高速ドライビングも充分に楽しめる。

Z8の最もおいしい部分がV8エンジンのフィーリングだ。これこそがZ8の切り札である。1台でも真剣に運転すれば、Z8の魅力がわかる。この箇所を大書したい。しかも、大文字で。

Z8は、確かに相矛盾する特徴を兼ね備えている。まるでドラッグスターのように荒々しく加速し、しかし洗練されている。スポーツカーであるよりはGTカーに近いように感じられるが、浅目のトランクのラゲッジスペースは比較的小さい。地方道で飛ばすのに楽しいクルマではないが、クルージングにもそれほど適している訳ではない。

それでも、消去法でばかり考えていると、Z8の本質を見失うことになりかねない。レトロスタイルの他の多くの車とは違い、時の試練に誇り高く耐え、性能を向上させさえした古典美に溢れるロードスター、それがZ8なのだ。

BMWがクラシックを生み出そうとしたことは明らかであり、そのことは、スペアパーツの供給を50年間保証する同社の姿勢にも表れている。そして、多くの点で、これに成功した。Z8は、決して過去の名作の低解像度コピーなどではなく、まさにオリジナルそのものだ。