オーストリアの首都ウィーンの北方エルンストブルンにある「ウルフ・サイエンス・センター」で、オオカミに顔をなめられる共同創設者のクルト・コトルシャルさん(2017年7月17日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB News

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【AFP=時事】「顔をなめられたら、口を閉じること。彼らの舌は長いから」──この主催者側からの注意に、オオカミのおりを前にした参加者らは神経質に笑うしかなかった。

 このオーストリアで行われている、事業経営者や管理職の人々を対象にしたセミナーの参加者らにとっては、舌よりも不安に感じるものは他にもある。例えば鋭い歯だ。

 参加者らを好奇心に満ちた目――あるいは獲物を見る目――でうかがうシンリンオオカミのナヌクとウナの2頭は、その全高が人の腰辺りまでゆうに届くほど大きい。足、頭、口など、彼らの体のつくりは何もかもがとにかく大きい。

 参加者の一人は、「ちょっと怖い」とポロリとつぶやいた。

 2頭の捕食動物と6人の参加者との接触は、何の問題もなく無事に終わった。飼育員に「頭はだめ」と注意されながら、人々はオオカミをなで、それに応じるかのようにオオカミは鼻をひくつかせた。

 このユニークなセミナーを開催しているのは、首都ウィーン(Vienna)の北方エルンストブルン(Ernstbrunn)にある「ウルフ・サイエンス・センター(Wolf Science Center)」。施設では、オオカミやイヌを対象にその行動や知能に関する調査を行っているが、その傍らでこうしたセミナーが開かれている。

 ここには17頭のシンリンオオカミがいる。すべての個体は北米や欧州、ロシアから連れてこられ、生後10日ごろから人の手によって飼育されている。ある程度は人に慣れているが、それでも飼いならされているというほどではない。

 施設では、この畏敬の念を抱かせるような動物たちから何かを学び取ってもらおうと、セミナーを始めた。

「Talking with Wolves(オオカミと話す)」プログラムの共同考案者であるイアン・マックゲーリー(Ian McGarry)さん(50)は、参加者自身の「動物的側面」を研ぎ澄ませて「原始的レベルでコミュニケーションを行う」ことで、「リーダーシップのプレゼンス」を高めることの意味について考えてもらう機会を提供したいと話す。

■肉体の感覚を研ぎ澄まして

 心理学者でもあるマックゲーリーさんは、「あなたが企業のCEOだろうが清掃作業員だろうが関係ない。オオカミは全然気にしない」「オオカミのおりに足を踏み入れた瞬間から、役職や地位といったものは無意味になる」とAFPの取材に語った。

 AFP記者と女性カメラマンを含む「侵入者」らが、葉が生い茂る大きなおりの中に入ると、夏の暑さでややおとなしいナヌクとウナは、そっと立ち上がってこちらの方に目を向けたが、それ以上の興味を示すことはなかった。

 安全性は確保されているというが、オオカミとの至近距離での接触は怖がりには向かないだろう。一見、リラックスしている様子の参加者たちだが、それでもやはりどこかぎこちない。

 650ユーロ(約8万7000円)の1日コースでは、「プレゼンス」をテーマにしたグループディスカッションや視覚や聴覚を鍛えるためのトレーニングなども行われる。そして、最後に再びオオカミと対面するのだが、今度はより活発な成獣3頭がその相手となる。

 マックゲーリーさんは、「内なるビジョンで自身の肉体を感じ、そこに存在しない音に耳を傾けて」と、腕を後ろに伸ばした状態で半円形に並ぶ参加者らに指示を出した。

 参加者の一人で、普段は国際プロジェクトのマネジメントに携わっているというバーナードさんは、「プロジェクトの成功に関しては、少なくともその50%が『人』に左右される。それは、まさにわれわれがここで目にしたことだ」と語った。

「プロジェクトを取り仕切る際には、(関係者が)それぞれ話し始める前に、こっちが先に人々の行動を観察してその振る舞いを読み取る必要がある。私は今日、自身の感覚を再び研ぎ澄ますことができた」

 元人事部長で現在はウィーンを拠点に「指導者」の立場にあるというシャーリーさんはAFPの取材に、犬に対する恐怖心があるが、セミナーではそれを乗り越えて「非常に特別な」経験を楽しむことができたと語った。

「このセミナーで学んだ主なことは、自分はこれまで思っていたよりもはるかに強いということ」

「とても強い生物と目と目を合わせて対峙(たいじ)しているのだと感じた。もしオオカミもそのようにして私を見ていたのなら、私だって同じように強くなれるはずだと気づいた」
【翻訳編集】AFPBB News