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福岡県内の高校と中学で、校内暴力に関する事件が続いた。9月下旬には、福岡市内の私立高校で授業中に生徒が教師に暴行を加え、その様子を撮影した動画がネット上に拡散し、福岡県警が当該生徒を傷害容疑で逮捕している(以下、高校事件)。10月3日には同県田川市の中学校で生徒が教師の顔を数発殴打する事件が発生。教師はその生徒を傷害容疑で現行犯逮捕をした(以下、中学事件)。

両事件とも事件を校内で完結させず、警察の介入を招いている。校内暴力と警察の問題について考えてみた。(ジャーナリスト・松田隆)

●「対教師暴力事件は1日あたり18件発生」

教師への暴力と警察による関与は、それほど珍しいことではない。高校・中学の学校内における対教師暴力事件は平成26年(2014年)度、6601件(高校591件、中学6010件)発生している。夏休みなども含め1日当たり約18件起きている計算だ。この内、対教師暴力を含め、学校が学校内の事件で加害生徒に対して「警察等の刑事司法機関等と連携した対応」をとったのは2721件(高校187件、中学2534件)である(平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査について」文部科学省初等中等教育局児童生徒課)。

数字だけ見れば「日常茶飯事」とも言える2つの事件がニュースとして大きく報じられたのは、以下のような特徴があったからであろう。

<高校事件>

・傷害現場を撮影した動画がネット上にアップされた。

・そのことで多くの人が暴行現場の様子を直接見ることができた。

・他の生徒たちが止めるどころか、笑ったり、囃し立てたりするような発言があった。

<中学事件>

・教師が生徒を現行犯逮捕した。

動画を見る限り、高校事件では暴行を受けた教師は攻撃を避けることも、殴り返すなど正当防衛(刑法36条1項)も行なっていない。対抗措置をとった場合、生徒が興奮してさらに攻撃を増すことは容易に予測され、事態を悪化させると授業が行えなくなるという判断が働いたのかもしれない。

中学事件では、生徒が教師の顔を拳で数発殴るという態様もさることながら、教師による現行犯逮捕という事実が驚きをもって伝えられた。ちなみに現行犯逮捕はいかなる人でも可能で「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」(刑事訴訟法213条)と規定されている。ただし逮捕後は、直ちに検察・警察に引き渡さなければならない(同214条)。

学校内での事件に安易に警察力を介入させることに、批判がないわけではない。それは「学校は教育の場であり、問題を起こす生徒を指導することこそ教師の仕事」といった論調で語られることが少なくない。一方で暴行、傷害罪などは非親告罪のため、犯罪の事実が明らかになれば警察は学校からの要請の有無にかかわらず捜査を行う。

校内暴力に対する警察の介入について、学校・教育の法律問題に詳しく、少年事件も扱う多田猛弁護士に聞いた。

●教師は暴力から身を守る術がない

ーーこうした問題では「すぐに警察を頼るのではなく、学校で指導すべき」といった声が上がることもあります

校内暴力でも傷害またはその結果を招く暴行がある場合、警察が介入するのは正当といえます。これまで警察は家庭や学校など閉ざされた場に対する介入について、あまり積極的な姿勢ではありませんでしたが、近年は変わってきました。

文科省も、学校で犯罪行為が行われた時は警察としっかり連携してということをうたっています(平成19年2月5日 文科省初等中等教育局長による通知「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」等参照)。学校で犯罪が行われているのだから、それに対して法律に従って対応するのは必ずしも責められるべきではありません。もちろん、「教育と指導によって解決できるよう努力しよう」という、一般的な考えを否定するものではありません。

ーー中学事件では校内で教師による現行犯逮捕ということが一般の人には衝撃だったように思います

現行犯逮捕と通常逮捕(刑事訴訟法199条1項)では単に手続き上の違いだけが問題になるのではありません。現行犯なら犯罪現場の状況が続いているわけですから本人も否定しようがないのですが、通常逮捕なら事後的司法審査のハードルがあります。通常逮捕だから良くて、現行犯逮捕だから良くないという問題ではないと思います。

ーーこういう問題が起きるのは、どのような原因であるとお考えでしょうか

昔は体罰が許されていたわけではありませんが、事実上容認されていたような風潮がありました。そんな時代なら暴力に対して、殴り返してでも止めることもできたのでしょう。でも、今はできませんし、そもそもすべきではありません。体罰は禁止されている(学校教育法11条参照)からこの傾向は国際的にも当然で、歓迎すべきです。一方、そうなると先生は身を守る術がないわけです。暴力は絶対ダメ、警察権力も使ってはいけませんというのであれば、自分の身を守ることは難しくなります。

体罰は許されないのであれば、その分、先生の身を守るための手段は社会として許容されていなければならないと思います。教師の立場からすれば法律で許されている現行犯逮捕という手段を使って、それを非難されるというのはかわいそうに思います。

ーー教育評論家には、警察の介入に否定的な人も少なくないようですね

では「どうやって生徒の犯罪行為から他の生徒や教師の生命・身体という重要な法益を守るのか」と聞きたいですね。子どもの個々の発達状況や環境によっては、どうしても暴力を振るってしまう生徒はいます。そういう生徒に対して司法を使って指導するのは、少年法の理念にもかなっています。少年法は少年を罰するのではなく、更正させるための法律です。教育の現場ではカバーしきれない、「犯罪」という社会的ルールから逸脱してしまう行為をした少年を司法の場で適切に対処し、大人の社会のルールに適合させるようにすることは法の理念にかなうはずです。

役割分担は必要です。犯罪ではない、先生が対処できる範囲は教育で、暴行でも傷害罪になる場合や、なりうる強度なものの場合には、学校として警察と連携することは否定されるべきではないと思います。

ーー高校事件では煽ったり、笑ったりしていた生徒に対する批判の声が強かった点はどのようにお考えでしょう

非難されるべき行為で、教育的指導は必要でしょう。ただ、それが直ちに「現場助勢罪」(刑法206条)にあたるかと言えば、本件では難しいでしょう。教師の生命や身体が害されるおそれがある場合だからこそやむを得ず警察権力を使うわけで、教育的指導を第一に考えることは必要だと思います。もちろん、程度問題ですので、煽り行為がより具体的に犯罪を促進している場合は、司法による対応も必ずしも排除されるものではありません。

【取材協力弁護士】

多田 猛(ただ・たけし)弁護士

弁護士法人Proceed 代表弁護士。第二東京弁護士会・子どもの権利に関する委員会 委員。ロースクールと法曹の未来を創る会 事務局次長。東京圏雇用労働相談センター 再受託者・相談員。ベンチャー企業・中小企業を中心とした企業法務、子ども・家庭の法律問題をはじめ、幅広い分野で活躍。

事務所名:弁護士法人 Proceed

【プロフィール】

松田 隆(まつだ・たかし)

1961年、埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。新聞社に29年余勤務した後、フリーランスに転身。主な作品に「奪われた旭日旗」(月刊Voice 2017年7月号)。

(弁護士ドットコムニュース)