いよいよ、新しい時代の幕開けである。菅田将暉演じる虎松が、父親・直親(三浦春馬)よろしく爽やかな笑顔で現れ、その裏に般若のような負けん気の強い表情を隠し(とうてい隠しきれていないが)、彼の草鞋を飛ばすスピードそのままに、怒涛の新風を巻き起こし始めた。

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 虎松が巻き起こす新風は、井伊だけでなく、彼が出世街道を突き進むことになる、徳川にも及ぶだろう。そして、戦国の世もまた、大きく変わろうとしている。栄華を極めた武田信玄(松平健)は、寿桂尼(浅丘ルリ子)に冥土へと導かれ、退場を余儀なくされた。今川義元や寿桂尼、そして武田信玄という、戦いに明け暮れることによって道を切り開いてきた強い武者が去り、信玄の言うところの「青二才ども」である、「尾張のうつけ」織田信長(市川海老蔵)、草履とりから武将に成り上がった豊臣秀吉、そして阿部サダヲ演じる「非凡なる凡」徳川家康という新世代の戦いが幕を開けようとしている。

 直虎が生き残った井伊の者たちに寄り添ったのとは対照的に、虎松はなぜか、直虎と比べ共に過ごした時期は短いはずの死者たちに寄り添い、一度失われた家名を名乗り、井伊家の再興を目論む。幼少期に井伊を離れることになった彼には、政次(高橋一生)との思い出はあるが、父親含めそれより以前に亡くなった人々との思い出はわずかしかないだろう。それでも彼が、母親や優しい養父を欺き、今の状況を受け入れ、平和に暮らしている人々を困惑させてでも、死者である先代の人々のために再興を誓うのは、小林薫演じる南渓によって、彼は直虎に代わり、井伊の当主としての役割を担わされたからだ。

 ここで、直虎の父親代わりのような存在でもあり、猫好きで酒を嗜むことが好きな、優しく温かい、自称「生臭坊主」南渓の魅力が引き立つ。酒ばかり飲んでいるように見せて、直虎の大叔父でもあり、一歩離れた場所で世の動きを俯瞰し、直虎が幼い頃から常に井伊家の相談役であり続ける彼は、その的確な助言や人脈で井伊の窮地を幾度も救ってきた。特に言葉には出さないが、井伊のことを誰よりも思っているだろう彼は、影の井伊の支配者とも言えるのかもしれない。

 36話で、南渓は「そなたを次郎にしたのはわし、ならば次郎から降ろすのもわし」と直虎に言い、井伊の当主が代々継ぐ幼名を直虎に背負わせた責任の重さを感じると共に、彼女の苦しみを慮り、その役割から解放する。それまで直虎が持っていた、政次の遺した白い碁は、一旦南渓へと渡る。

 次郎という名、すなわち井伊家の当主としての役割は、「ご初代さま」から続く井伊家の歴史並びに井伊のために死んでいった全ての人々の思いを担い続けるという役割であるのではないか。そして、政次の白い碁は、井伊再興のための「次の一手を託す」という彼の遺志であり、そこには、彼が背負っていた、直親はじめこれまでの井伊を繋いできた、死んでいった人々の思いも込められている。

 南渓は、直虎に井伊を終わらせようと言う一方で、幼い虎松に白い碁を託し、井伊の再興をたきつけ、その成長を待つ。そしてその南渓との約束、共に井伊を守ろうと誓った、城主だったころの直虎との約束を胸に秘め続けていた虎松が、ついに井伊家再興に向けて動き出す。襷は渡された。

 喜怒哀楽をわかりやすく表に出し、野心のまま突っ走る虎松と、時に彼を諫め、冷静にその道筋を照らそうとする小野の嫡男・亥之助(井之脇海)の姿は、かつての直虎と政次の関係性と重なる。表向きは反目したふりをしなければならなかった井伊と小野は、直虎と政次の時代では最後まで日の光の下で囲碁を打つことさえ叶わなかったが、虎松と亥之助は、肩を並べて歩いていくことができる。彼らが成し得なかったこと、培ってきたものが、新しい世代の元で花開こうとしている。

 そして、政からも物語の主軸からも外れ、のんびり優雅に過ごしている、尾上松也演じる今川氏真も、このドラマにとってはなくてはならない存在だ。35話で徳川と和睦交渉をする際、「大名は蹴鞠で勝負を決すればいいのに」と語っていた彼は、親の仇である信長の前で蹴鞠を披露することになる。「戦さばかりが、仇のとり方ではあるまい」と微笑んだ彼の、刀を持たない戦いは、なるだけ戦いを避け、人を大事にしようとする直虎や家康の姿勢とも共通する。森下佳子が脚本を手がけた、野村萬斎主演の映画『花戦さ』において、武力に訴えるのではなく、花を活けることによって、秀吉の圧政を諫めようとした華道の家元・池坊専好の姿が描かれていたが、のんびりとしているように見える氏真の戦いも、彼なりの、まさに文化・芸能の戦いと言えるだろう。

 新しい武田が台頭し、新しい戦いが始まろうとしている。虎松の初陣は叶うのか。民にとっての安穏の地を守ろうとする直虎はどう動くのか。わりと空回りしつつ、キャンキャンと走り回っている菅田将暉の般若顔と、褒められて震えんばかりに喜ぶ表情が、子役時代の寺田心から勝手に成長を見守っている気分になっているドラマファンとしては可愛くてしかたがないのであるが、直虎と共に、少し離れたところで彼の成長を見守るしかあるまい。(藤原奈緒)