線路脇がイモ畑に変身したジャカルタの鉄道路線(筆者撮影)

この秋、連休を使ってジャカルタに飛んだ、いわゆる「撮り鉄」のAさん。旧国鉄時代に造られた205系や、東京メトロ千代田線などの古い車両がジャカルタに運ばれ、いまも元気に走っている。日本の鉄道ファンがこうした列車の写真を次々とSNSにアップするのに触発されて、初めてインドネシアに渡航したという。

「みなさんの写真を見ると、けっこう線路ギリギリまで寄っている。これならいい写真が撮れるな、と思ったのですが、沿線に草がびっしりと生えていて、線路に寄ることができない。車窓から見ると緑化のためなのかあちこちに同じ植物が植えられていて……。思ったような写真が撮れずくやしかった」とAさんは嘆く。

筆者がジャカルタで電車に乗っている時も、けっこうな頻度で撮り鉄さんたちが線路沿いでカメラを構える姿を目にすることがある。最近は、日本人だけでなくインドネシア人の間でも鉄道を追うマニアが増えており、有名な撮影スポットで出くわすこともある。

沿線のあちこちに植物が植えられた理由は「沿線で写真を撮る鉄道ファンが多すぎる」からなのだろうか? その真相を調べてみることにした。

植えてあるのはサツマイモ

沿線に生えている緑の草の正体を現地の関係者に尋ねてみた。

日本からの中古車両を走らせている事業体は、インドネシア鉄道会社(KAI)の子会社で、KAI・コミューター・インドネシア(KCI)という。同社の複数の関係者に尋ねたところ、「生えているのは雑草ではなく、サツマイモの苗を積極的に植えている」ということだ。

ジャカルタでは2018年夏にアジア競技大会が催されることが決まっており、現在、社会環境の整備が積極的に行われている。公共部分での緑化もその一環として市内のあちこちで行われている。

KCIでは当初、車両基地内にある崖にサツマイモの苗を植えていたところが、雨季になると特に伸びが早いことに気がついた同社スタッフが、沿線にも植えようと思いついたのだという。

KCIの電車が走る線路沿いにはもともと、敷地ギリギリまで低所得層の掘っ立て小屋が立っていたエリアがあった。さらに線路端にゴミが散らかし放題だったところもあり、こうした問題の解決が急がれていた。


生い茂った葉の奧にサツマイモが見える(筆者撮影)

今年春までジャカルタ首都圏電鉄(KCJ)ゼネラルマネジャーの職にあった前田健吾氏によると、「深夜にメンテナンス作業をしていると、線路脇で母親が座り込んで子供を寝かしつけていた」ほか、「線路が子供たちの遊び場になっていて、レールの上に置き石を見かけることもあった」という。

さしあたって、軌道敷の境界から3m以内にあった瓦礫やバラックを撤去。そのうえで、再びバラックが建てられるのを防ぐため積極的に沿線の緑化を進めている。サツマイモが選ばれた理由として、「花が咲く植物を植えると、花のない時期になると見苦しい。イモなら繁殖が早く、緑がいつでも維持できるから」とKCI関係者は説明している。

線路際に食用作物が植えられる例はほかにあるか?

線路沿いをイモ畑にした結果、ゴミが捨て放題だった場所の環境が著しく改善したほか、線路端のイモが深めに植えてあることで、踏切以外の場所での線路横断に挑む沿線住民の数がずいぶんと減ったようだ。それを受け、運転士のストレスが軽減されることはいうまでもない。

イモのツルが線路に絡まないよう、保線に当たる職員が丁寧に刈り込みを行っている姿もよく目にする。ともあれ、イモ畑の理由は「撮り鉄さんがうろうろするのを避けるため」とジャカルタの鉄道当局が考えたわけではなさそうだ。ファンたちが線路ギリギリまで近寄りにくくなった結果、より安全に撮影が楽しめるとなれば、イモ栽培のメリットは大きい。

線路の緑化は、トラム(路面電車)の軌道敷を芝生で覆う事例がよく行われている。敷石やアスファルトを敷くよりも表面温度が下がるだけでなく、植物の緑の方が見た目に優しい、といった事情が背景にある。もっとも都市によっては、緑化部分の手入れが悪く、草が剝げて土がむき出しとなり、かえって見苦しいところもあるのが残念だ。

日本では高架下で野菜を栽培する例が東京メトロなどで見られるが、線路脇に「食用作物を植えるケース」は世界的にみてもあまり聞かない。


線路脇にイモが植えられた区間を走る旧東京メトロ千代田線6000系(Photo:KAORI Nusantara / Mr. Farouq Adhari)

実は、ジャカルタの今回の例もそうだ。インドネシアではサツマイモを食べる習慣はそれほど一般的でなく、「食べるために植えたわけではない(KCI関係者)」のだという。

KCIの線路際で作られたサツマイモは、保線に当たる職員が出来具合を見ては掘って収穫する程度で、外部への販売は行っていない。現地の日本人駐在員は「日本から出店している讃岐うどんチェーンのお店では、いも天がメニューになっているし、スーパーでは紫イモのチップスが売られているのに、どうしてKCIのスタッフがせっかくできたイモに興味を持たないのか不思議だ」と首をかしげる。

サツマイモを販売したらどうなる?

KCIの各駅には現在、アルファマートというコンビニが設けられているが、店頭で焼きいもを作って売ったら沿線美化経費の足しになるのかと思うがどうだろう。なお、植えられているものの多くは紫色のサツマイモなので、仮に「KCI焼きいも」が売られたとしたら、黄色い品種に見慣れている日本人の目には少々奇異に映るに違いない。

ジャカルタの線路は、緑化を進めたことで以前と比べ格段と美しくなった。サツマイモの有効利用の方法は気になるところだが、現地スタッフが車両だけでなく線路もしっかり手入れして使っている様子を見るのは気持ちがいい。日本製中古車両がインドネシアの人々の足として今まで以上に活躍することを期待したい。