東京に生きる、結婚しない女性のストーリー。今回の主人公はインスタグラマー・典子(36歳)。

東京、六本木飯倉交差点付近にたどり着いたのは22時。六本木一丁目の路地の奥にある撮影スタジオで“仕事”を終え、衣装を入れたトランクが重い。

典子はInstagramのフォロワーが7万人いるインフル―エンサーだ。5年前に地元・埼玉県坂戸市のショッピングセンターの販売員をしているときに、理想の自分を演じるために投稿を開始した。

海外セレブの写真を参考に、投稿写真は白っぽいトーンで統一。ファストファッションのアイテムを使った、芸能人風のコーディネートを投稿し続けた。投稿数が300を超えたあたりから、毎日数百人単位でフォロワーが増加し、あっという間に1万人を突破。企業からダイレクトメッセージで単発の広告案件が来るようになった。条件はまちまちで、時計や洋服などの現物支給から、7〜10万円の謝礼が支払われるものもあった。月の収入が50万円を超えることも増え、典子は販売員の仕事を辞めた。

それから3年が経ち、今では典子自身がモデルとして広告や雑誌に登場。ブランドのパーティーで、タレントやモデルの友人も増えた。

独身で自由におしゃれに暮らすライフスタイルが、“女性の憧れ”とされている。世の中には独身差別があるが、自由に好きなことをするのに、独身で何が悪い。支配的な夫の言いなりになって、子供を産み満足に出かけられない毎日を過ごすなら、死んだ方がマシだ。

今日は有名な女性誌の『人気インスタグラマー&本誌スタイリスト ガチ私物コーディネート競演』というタイトルの特集のスタジオ撮影だ。これがうまくいけば、自身の名を冠した、本の出版も夢ではないだろう。典子は2日前からクローゼットをひっくり返し、撮影に持って行くアイテムを厳選した。

「ノリコさんのファンでした。ご一緒できて夢のようです」

入社2年目だという担当編集者の原田麻理亜は、目をキラキラさせて言っていた。一流大学を出て、都心の文化的な家庭で育ったお嬢様なのだろう。何世代も受け継がれた文化の香りや、経済力、人脈力が、その雰囲気から感じられる。

常に人を使役している側の人間特有の、妙に気が抜けているのに、傲慢さがあふれるオーラが全身から発散されている。

麻理亜の上司だというアラフォーの女性が「この子、映画の原田監督の孫なんですよ」と自慢げに言った。

「ええ!あの有名な……すごいんですね」

「いやいや、祖父の才能は遺伝してませんよ。ついでに言うと弟はニートです」

慣れているのだろう。さらっと受け流している。聞けばSNSは特にやっていないという。生まれ持った自信があるから、服という鎧で自分を固め、Instagramという舞台がなくても、のびのびと生きていけるのだ。

30歳を超えて東京に来た典子が感じる“見えない階級”

インスタグラマーともてはやされるようになり、2年前に埼玉県坂戸市の実家から三軒茶屋に引っ越した。東京には麻理亜のような人がたくさんいる。典子がどれだけ注目されても越えられない階層が、日本には存在しているのだ。

日本は階級がないなんて誰が言ったんだ、と思う。だから成功した芸能人や経営者は、その子供たちをエスタブリッシュメントの仲間入りができる名門小学校に入れるのだ。同じ学び舎で幼い頃から過ごせば、何世代にもわたり醸成させてきた富や文化の背景を持つ子供たちと同じ階級に属せることを経験上で痛感したのだろう。

撮影がスタートした。モデル、ヘアメイク、カメラマン……いずれも経験を積んでいることがその動きからわかる。典子は、大きな旅行用トランク一杯分の服を持ってきて、モデルの雰囲気に合わせて撮影に挑んだ。有名な雑誌でモデルにスタイリングするのは、初めてだ。

典子は、自分が納得いくまで、丁寧な仕事をすれば結果はついて来るというのが信念だ。だから着丈のバランスを考え、小物で差し色をし、モデルのヘアスタイルはイメージに合わないと作り替えてもらった。

私物のコーディネートは3体あったが、2体撮影した後に、麻理亜から「時間も押しているので2体でいいです」と言われた。笑顔は先ほどとは異なり、こわばっていた。

18時から20時までが典子の撮影、20時から人気スタイリスト・沖田佳津子が来るという。佳津子のインスタのアカウントを検索すると、フォロワー数はたったの5231人だ。典子のほうがフォロワーは圧倒的に多い。

言葉にはしないものの、自分は佳津子を超えている、そう典子は信じて疑わなかった。

インスタは更新しすぎるとフォロワーが減る。典子は1日1〜2回の投稿におさえ、その他は裏アカウントで行なっている。

フォロワー数がその存在価値を決めるインスタグラマー、最先端にいる劣等感とは……〜その2〜に続きます。