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もくじ

はじめに
ー 「困難だからこそ挑戦するのだ」

1日目
ー 日産サンダーランド工場へ
ー JLRヘイルウッド工場へ
ー ヴォグゾールにも少しだけ
ー ベンテイガはアルナージを想起?

はじめに

「困難だからこそ挑戦するのだ」

英国の自動車工場を巡る弾丸ツアーを開始するにあたり、アメリカの宇宙開発におけるケネディ元大統領の言葉を紹介しよう。

「われわれはこれが容易だからではなく、困難だからこそ挑戦するのだ」

ロンドン南西部のトゥイッケンハムを出発して、サンダーランドに午前9時に到着するとなれば、この言葉の意味がよりわかって頂けるだろう。

アイデア自体は単純だ。主要な自動車工場を巡って、いくつかの数字とその規模を感じることで、この英国で最も活気ある産業の今を見てみようというもの。

英国のEU離脱と、離脱が自動車業界に対して及ぼす影響について考えたい、というのが旅の動機だ。

前回のツアーはマラソン形式だった。それぞれの工場からクルマを借り出して、次の工場までの移動に使ったりもした。しかし今回は、合計で年間100車種以上を生産している英国内16工場をわずか3日間で訪問しようというのだから、間違いなく短距離走である。さっそく始めよう。

1日目

日産サンダーランド工場へ

この長距離ミッションをこなすために、われわれは最初から最高の移動手段を選んだ。

英国流の気品と素晴らしい居心地のキャビンに加え、85ℓの巨大な燃料タンクによってもたらされる航続距離が、ベントレー・ベンテイガのディーゼルモデルを選択した理由だ。

AUTOCAR編集部からウィアサイドまでは、降り続く雨の中の4時間のドライブだったが、到着した時点で燃料計はまだ半分の量を指していた。予想通りだ。

サンダーランドを英国の自動車産業の中心と呼ぶことはできないが、日産サンダーランド工場はヨーロッパで最も生産性の高い工場のひとつである。

英国のトータルではジャガー・ランドローバー(JLR)の方がより多くのクルマを生産しているかもしれないが、ほかには50万台にのぼるキャシュカイ、ジュークとインフィニティQ30、そして少量ではあるがリーフまで生産するこのサンダーランド工場に対抗できるところは無い。

この工場では7000人が働いており、地元経済における重要性というのは、われわれが訪問した2日後に、全従業員に対して名誉市民賞が授与されるという事実が証明しているだろう。(ただし、誰もこの賞が何の役に立つのか知らないようではあったが)

ここでひとつ問題が起こった。われわれの計画では各工場の生産車両全てを屋外で撮影したかったのだが、ここには出荷を待つ真っ新なキャシュカイが1台あるのみで、ほかに撮影可能な車両は1台も無かった。

「工場からクルマを持ち出すことがどれほど大変か、ご理解頂けないでしょうか」と申し訳なさそうに工場広報のスチュアート・ボイドは言う。

リバプールまでは丁度3時間で向かわなければならない。ウロウロしている暇はないので、口うるさいカメラマンとわたしは、わがベンテイガによるタイムワープに身を委ねることにして、直ぐに再び南へと向かい始めた。

JLRヘイルウッド工場へ

レーダークルーズコントロールを程よいペースにセットして、ベントレーの光り輝く巨大なフロントマスクで、ゆっくりと流れる車列を切り裂いてA1を突き進んでいった。もちろん要所要所では速度を落として。

われわれはサンダーランド工場製のクルマを南へと運ぶ輸送車の流れとともに進んだ。M62でペニーズを超えると、われわれの目には違う方向へ向かうJLR製の車両を積んだ同じ数の輸送車が見えてきた。

ヘイルウッドは2005年に訪問したときから変わっていた。当時は不人気なジャガーXタイプの販売落ち込みに端を発した人員削減の影響で、われわれは工場内部への入場すら許されなかったのだ。

しかしフリーランダーとレンジローバー・イヴォークの登場により工場は活気を取り戻し、この12年間で従業員とその生産台数は実に3倍に増えている。

90秒ごとに新たな車両がラインオフされる工場の中心はトリムと最終仕上げの工程である。けたたましく鳴り響く警報も、われわれが写真撮影のために車両を動かして渋滞を起こしそうになる度に、直ぐに辛口のリバプール訛りの毒舌がかき消す。生産を止めることは決して許されないのだろう。

ヴォグゾールにも少しだけ

エレスメア・ポートへのドライブは束の間の旅行である。この工場におけるヴォグゾールの生産数は2005年以降拡大しているにも関わらず、従業員数は半減している。

工場内部に足を踏み入れる時間は無いが、出来上がったばかりのアストラを写真撮影のために運転するチャンスを得た。撮影を終えた時点でも、オドメーターに表示された走行距離はわずか21kmであった。

われわれが訪問する数週間前に200万台目の記念すべきアストラがここを旅立って行った。ぜひこの数字が今後さらに伸びていくことを願いたい。

ベンテイガはアルナージを想起?

クルーに向けて舵を切ったとき、ベンテイガはその鼻先でわが家の匂いを嗅ぎつけたようだが、ここでも渋滞に見舞われることとなった。

ピムズ・レーンには30分遅れで到着したが、われわれのベントレーはお色直しをされてほかのベントレーとともになんとか写真に納まることができた。

ここではこの12年間に非常に大きな変化があった。メイン工場を貫くエンジニアリングセンターが設置されたのだ。われわれが写真撮影を行っていると、ベントレーのボスであるヴォルフガング・デュルハイマーとほかの取締役たちが急いで道路を横断していた。打合せに追われているのだ。

クルーを後にした時、このディーゼルエンジンを積んだベンテイガに乗りながら、1台のクルマを思い出した。それはかつてのターボエンジンを積んだアルナージだった。

このトリプルチャージャーのディーゼルエンジンは太古の6.75ℓプッシュロッド式V8エンジンに比べれば何世代分も技術的に進歩していることだろう。しかし、両者は強大なトルクと外面的な優しさの内に秘めた力強さを共有している。一方でより洗練されてもいる。これより素晴らしいディーゼルエンジンなんてちょっと想像できない。

しかし強力なエンジンもクルーのこの酷い渋滞にはなす術がない。われわれがトヨタのバーナストン工場についたのは予定より1時間遅れであったが、何人かが残業していた。われわれが撮影したアヴェンシスはまさに工場をラインオフした直後に撮影に臨んだものだった。

2日目につづく。