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身に覚えのない窃盗の疑いで逮捕、起訴され、裁判でも1、2審共に有罪とされながら、今年3月に最高裁で逆転無罪の判決を受けた中国放送(RCC)の元アナウンサー・煙石博さん(70)が10月13日、広島市内のホテルで開かれた中国地方弁護士会連合会主催のシンポジウムに参加し、改めて自らの冤罪体験を語った。

無罪判決を受けて以来、公の場でほとんど発言してこなかった煙石さん。この日は、シンポジウムのコーディネーターを務めた弁護人の久保豊年弁護士から参加の打診があり、「たくさんの弁護士さんも参加されるとのことなので、自分の経験を語ることで何かお役に立てれば」と応じたという。会の終了後には、取材にも応じ、無罪確定後の生活などを語った。

●「伝馬船かボートで太平洋をこぎ渡った思い」

煙石さんは2012年10月、自宅近くの銀行の店内で他の客が記帳台に置き忘れた封筒から現金6万6600円を盗んだ容疑で広島南署に逮捕された。当初から一貫して無実を訴えたが、28日間に渡って身柄を拘束され、裁判でも1審・広島地裁で懲役1年・執行猶予3年、2審・広島高裁でも控訴棄却の判決を受ける憂き目に遭った。

最高裁は今年3月、問題の封筒には元々、現金が入っていなかった疑いを指摘し、煙石さんに逆転無罪を宣告したが、すでに逮捕から4年半近い年月が過ぎていた。それだけに煙石さんは無罪を喜ぶ一方で、「『おめでとう』とは思えないのです。元々お金を盗っていないのに、突然とんでもない火の粉を浴びて苦しめられ、人生を失ったのですから」と複雑な思いも吐露していた。

そんな煙石さんが参加した10月13日のシンポジウムは、「フェアな刑事手続きを目指して ―人質司法と取調べ・接見における問題点―」をテーマに開催された。会の後半に行われたパネルディスカッションに、煙石さんは成城大学法学部の指宿信教授、映画監督の周防正行さん、日本弁護士連合会・取調べの可視化本部副部長の小坂井久弁護士、広島弁護士会の井上明彦弁護士と一緒に登壇した。

「突然逮捕され、留置場に入れられましたので、すごい不安と孤独感で気は動転し、最初の二晩は一睡もできませんでした」

この日、改めてそんな恐怖体験を語った煙石さん。取り調べでは、刑事に最初から犯人と決めつけられ、「防犯カメラに金を盗るところが映っているんだ」と自信ありげに言われ続けるうち、お金を盗ってもいないのに「映っていたらどうしよう」と不安を感じる不思議な心理に陥ったこともあったと明かした。

「私は『やっていません』とのどが枯れるまで訴えました。しかし、その後も刑事は『証拠はあるんじゃ』などと大声で脅し、机を叩いたり、ガタガタやったり、顔を近づけてにらんでくるような取り調べが続き、私は恐怖と不安でほとんど眠れませんでした。弁護人の立ち合いがあれば、刑事もそういうことはできなかったはずです」

そのように取り調べに弁護人が立ち会うことの有効性を指摘した煙石さん。逮捕から無罪判決を受けるまでの約4年半の日々を「家内と息子を巻き込み、伝馬船(てんません)かボートで太平洋をこぎ渡ったような思いです」と振り返り、「私のような冤罪の被害者が私のあとに出ないよう願うばかりです」と訴えかけていた。

●「家で静かにお酒をいただくのが一番の安らぎ」

煙石さんは会の終了後、報道陣の取材にも応じ、現在の生活などを語った。主なやりとりは以下の通り。

――無罪確定後の生活は?

「今はほっとして、お世話になったみなさんと密かにお酒を組み交わし、お礼を申し上げるのが精いっぱいですね。すごい戦いでしたから。今も冤罪で苦しんでいる人はいると思いますが、もう冤罪は出て欲しくない、出さないで欲しいと思います」

――やはり冤罪のトラウマなどがあるのですか。

「ありますね。今は事件の小さな記事を見ても、私に起きたことがこの方にも起きているんじゃないか、大丈夫かなあと思ったりしています。

逮捕勾留された広島南署には今も近づけません。あのあたりは私が子どもの頃は綺麗な海で、定年後はウォーキングのコースにもしていたんです。しかし、今は嫌悪感や怖さがすり込まれてしまい、近くに寄るのもいやになってしまいました」

――冤罪に苦しんだ4年半を取り戻すために何かされていることはありますか。

「家で静かにお酒をいただくのが一番の安らぎですね。あとは、お世話になった友人や知人と会ったりするのが心安らぐ時間です」

――今日のシンポジウムに参加した感想は?

「私には専門的な話はわかりませんが、多くのみなさんが力を合わせて、いい方向にかじを切ろうとする熱気を感じました。日本の警察や司法が少しでもいい方向に行くように、弁護士の先生方には頑張って頂きたいです」

煙石さんは11月7日にも東京都千代田区の弁護士会館で開かれる日本弁護士連合会主催のイベント「全国冤罪弁護団連絡協議会第26回交流会 防犯カメラと冤罪−監視社会化を考える」に参加し、事件の報告を行う(詳細は以下のURL)。https://www.nichibenren.or.jp/event/year/2017/171107.html

【ライタープロフィール】片岡健(かたおか・けん)1971年生まれ。全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(鹿砦社)。広島市在住。

(弁護士ドットコムニュース)