運慶のデビュー作、円成寺(奈良県)・大日如来坐像。通常は多宝塔内部に安置されており、ガラス越しに正面からの拝観となる

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◆東京国立博物館に過去最多の22体が集結

 史上最大の運慶展が上野の東京国立博物館でスタートし、初日から入館を待つ人の長蛇の列ができた。仏像に疎くても、運慶の名前を聞いたことがある人は多いだろう。2008年には運慶作とされる仏像がニューヨークのオークションに出品、約14億円で落札されニュースとなった。

 運慶とは平安時代から鎌倉時代に活躍した仏師で、「慶派」と呼ばれる仏師集団に属していた。治承4年(1180年)、平家による南都焼き討ちで、奈良の興福寺や東大寺は伽藍と仏像の大半を焼失。父・康慶をはじめとする慶派の仏師たちは、その復興に携わった。父亡き後は慶派一門の長となり、活躍を続ける。武士の時代になり鎌倉に幕府が開かれると、東国武士からも仏像の注文が入るようになる。

 現存する運慶作あるいはその可能性が高い仏像は31体と言われているが、今回の展示では過去最多の22体が集結。普段お寺では見られない角度から、じっくりと鑑賞することができる。

◆仏像のリアルな表情をつくりだす「玉眼」

 運慶は玉眼の使い方が非常にうまく、写実性の高さと相まって、存在感の強い生き生きとした仏像を作っている。玉眼は、仏像の目をくり抜き、瞳を描いた水晶・白目の役割の白い和紙や綿・当て木で構成され、それを使用することで目に光が入りよりリアルな表情となる。

 北条時政の注文に応じて造った願成就院(静岡県)の毘沙門天立像(国宝)の見開いた目にも、玉眼が使用されている。はち切れそうな体躯で躍動的なポージングをとり、一点を見据える目が武将神としての毘沙門天の強さをよく表わしている。伝統に縛られない東国の創作が、運慶の独創性を磨いていったと考えられる。

 興福寺(奈良県)の無著菩薩立像・世親菩薩立像(国宝)にも玉眼が使用されている。つぶらな瞳から漏れる小さな光が、逆に深い慈悲を感じさせる。同じ玉眼でも、まったく表情が異なるのだ。

 しかし運慶は後年、如来像や菩薩像には玉眼を使わなくなっていく。悟りをひらく存在の目に人間的な表情は不必要と考えたのだろう。今回の展示では、その違いを見比べることができる。

◆CTスキャンで得られた情報から、作者や制作年代を特定

 仏像内部に仏舎利(釈迦の遺骨)やお経などを納めることは昔から行われていたが、運慶仏は納入品にも特徴がある。真如苑真澄寺(東京都)の大日如来坐像(重要文化財)や光得寺(栃木県)の大日如来坐像(重要文化財)内部には、五輪塔の他に心月輪(しんがちりん)呼ばれる仏の心に例えられる球体が、心の位置に納入されている。

 なぜそれがわかるかというと、仏像調査にX線によるCTスキャン(コンピューターによる断層撮影法)が用いられているのだ。そこから得られる情報が、作者や制作年代の特定に繋がることもある。遺髪や歯が納入されていることもあり、発願者の強い思いがうかがいとれる。構造だけでなく、CTは過去の人々の思いも見つけ出す。

 真如苑真澄寺の大日如来坐像が例のオークションに出された仏像なのだが、重要文化財に指定するにあたりボアスコープ(棒状の内視鏡)でも調査が行われた。耳孔からボアスコープを挿入し、像内に金箔が押されていることや、鮮やかに色づけされた五輪塔が確認された。

 当時の仏師や仏像たちは、まさか何百年後にこうして内部を見られるとは思っていなかっただろう。今回の「運慶展」の展示では収納物についての解説もあるので、外側だけでなく内部も想像しながら見てほしい。

◆展示期間中に「仮説」をCT調査で解明

 今回の展示期間中に、興福寺の無著菩薩立像・世親菩薩立像と四天王立像(国宝)のCT調査が行われる。現在、興福寺では無著菩薩立像・世親菩薩立像は北円堂に、四天王立像は南円堂にと、別々に安置されている。しかし今回の展示では「四天王立像はもともと北円堂に置かれていたのではないか」という仮説をもとに、同じ空間に配置している。

 東京国立博物館企画課長の浅見龍介氏はこう語る。

「内ぐりや収納物の有無、細かな造りなどを今回CTで調査します。無著・世親像と四天王像の調査結果を比較し、同じ堂に置かれていた可能性についても検討します。また、3D計測を行い、仮想空間の北円堂内部にそれらの仏像を配置してみる予定です。いろいろなことがわかると思います」

 今回の展示で彫刻としての造形の美しさに感動したら、ぜひお寺へ訪れて信仰の対象として大切にされている運慶仏を拝観してみてほしい。博物館とは異なる表情を見ることができるだろう。

取材・文・撮影/鈴木麦