人妻が恋するのは、罪なのか。

裕福で安定した生活を手に入れ、良き夫に恵まれ、幸せな妻であるはずだった菜月。

結婚後に出会った彼は、運命の男か、それとも...?

人妻の菜月は、独身の達也と出会い、恋に堕ちてしまう。禁断の関係は夫にまで知られてしまうが、二人はめげずに愛を誓い、菜月はとうとう離婚を切り出したが...?




「彼は日系企業のサラリーマンだろ?こんな写真が出回ったら、どうなるか分かってるのかな...」

宗一は呟くように言いながら、表情一つ変えずに食事を続けている。ダイニングテーブルの上には、隠し撮りされた菜月と達也の写真が散らばったままだ。

一応は妻であるのに、夫のこの余裕は一体どこから湧いてくるのか、菜月には全く分からない。

5歳年上の貫禄なのか、それとも、妻の恋煩いは一時的なものだという絶対的な自信があるのだろうか。

「...悪いのは全部私だって、分かってます。でも宗一さんは、平気なの?浮気した私なんかと、夫婦を続けられるの?」

ここまで不貞が露わになった今、これから先も夫婦でいるなんて、そんなことは絶対に無理だと菜月は思う。

この事件から目を逸らし、無理に仮面夫婦を続けるよりも、別れた方がお互い良いに決まっているではないか。

「愛する妻を寝取られて、平気な男がいると思う?でも僕はとにかく、離婚なんて考えないよ。仮にそんなものに応じるとしても、はした金の慰謝料なんかじゃ済ませないからね。

訴訟を起こして、相手の男にはきちんと社会的制裁を加えるよ」

心臓が、ドクンと大きく嫌な音を立てる。

“社会的制裁”という言葉が、菜月の耳にやけに大きく響いた。


夫の攻撃に反抗すべく、菜月は家出を考えるが...?


「冷めても、美味しいよ」


「僕がその気になったら、彼は最悪仕事を失うよ?そしたら菜月は、彼と一緒になれたとしても、みすぼらしい生活を送ることになるだろうね。そんな事態になったら、僕だって胸が痛いなぁ」

「そんなこと......」

夫に自分の意志の強さを理解してもらうべく、意を決して話し合いに臨んだものの、菜月の立場は想像以上に弱かった。

よくよく考えてみれば、“達也のことが好きになってしまった”という感情以外に、夫に立ち向かうための武器はないのだ。

菜月は返す言葉も見当たらず、食卓越しにピリピリした気まずい沈黙が流れる。

「...だから、この話はそろそろやめにしよう。誰の得にもならないよ。あと悪いけど、君の携帯電話はしばらく使えないように手配するからね。いい加減、頭を冷やしなさい」

宗一の冷静な口調は、まるで小さな娘を躾ける父親のようだ。

―もう、愛せない...。

菜月は敗北感に打ちひしがれながらも、夫への反発心は益々強くなる気がした。

「ほら、菜月も食べなよ。冷めても美味しいよ」

しかし宗一は、デパートの総菜を黙々と食べながら、ポツリとそう言い放った。




宗一の言った通り、菜月のスマホは翌日から使えなくなってしまった。

話し合いのあと、夫の目を盗んで夜中に達也にこの状況を簡単にLINEで伝えはしたが、返信はないままだ。

「達也くん、菜月です...」

家の電話を使うのも躊躇われたため、夫が出勤した後に公衆電話を求めて近所を彷徨ったが、やっとの思いでつながった電話は留守電だった。

「...私、とりあえず家を出ようと思います。また連絡します」

とにかく今は家を出て、宗一との距離を置きたかった。

一刻もはやく達也のところに行きたい気持ちは山々だが、今の状況では危険過ぎるため、適当なビジネスホテルでも手配するつもりだ。

菜月は家に戻ると、今度は無心で荷造りを始めた。

様々な不安や邪念が押し寄せるが、ここで諦めてしまったら、結局“ただの不倫”と自分で認めてしまうことになる。

夫のお金やクレジットカードは使えないから、菜月はすでに、結婚してからほとんど手を付けていない自分の口座の残高も確認済みだ。

幸い、普通預金と定期預金、そして結婚祝いに親から贈られた口座の額を合わせると、しばらくは困らない程度の額になった。

―プルルルル

背後で、家の電話が鳴る。

きっと、宗一が自分の様子を確認するための連絡だろう。無視したい気持ちに駆られるが、事を荒立てないため、しぶしぶ受話器をとる。

「...なっちゃん...、大丈夫なの...?」

しかし相手は夫でなく、かつての親友である美加だった。


不倫に激昂した親友との再会で知った、衝撃の事実とは...?


知らされていなかった、衝撃の事実


「......この前は驚いちゃって、あまり話も聞かずにごめんね」

ホテルニューオータニの『SATSUKI』にやってきた美加は、遠慮がちに言った。

このカフェには、季節のフルーツがふんだんに使われたスーパーショートケーキを目当てに昔から何度も足を運んだが、今日は重苦しい空気が二人を包んでいる。

「なっちゃん、少し痩せた?大丈夫...?」

きっと美加は、菜月が完全に恋に狂っていると思っているのだろう。彼女は夫から事情を知らされ、連絡をくれたようだ。

熱に浮かれた人妻をこれ以上刺激しないように必死に気遣う様子が見て取れて、菜月は胸が痛くなる。

「こっちこそ、本当に色々と迷惑かけて、ごめんなさい...。私は大丈夫」

しかし、しおらしく謝罪をしながら、菜月はぼんやりと、自分はそれほど悪いことをしたのだろうかと、ふと疑問に思う。

達也と出会ったのは、本当にただの偶然で、自分でも意図せずに恋してしまっただけなのに。




「それにしても...家を出るなんて、本気なの?なっちゃんは、相当恵まれた生活をしてるの分かってる?それを手放すなんて......」

美加のセリフに、菜月の反抗心がピクリと反応する。

昨晩も夫に言われたことだが、たしかに自分が、経済的にも環境的にも豊かな生活を与えられているのは重々承知だ。

しかし、他の男に恋焦がれながらそれを続けるのが、どれほど辛く惨めなことなのか、どうして誰も分かってくれないのか。

そんな状態で平然と今の生活を続ける方が、菜月にとってはよほど不実に思える。

そもそも達也さえいれば、裕福な生活なんて、いらないのだ。

「うん...こんな状態で、さすがに宗一さんと一緒に居られなくて...。達也くんのことは別としても、とりあえず一旦彼とは距離を置きたいの」

思い切って言ってしまうと、美加はしばし無言で憐れむような視線で菜月を見つめたが、結局観念したように、ふっと笑みをこぼした。

「そっか...なっちゃんが本気なら、私はもう何も言わない」

美加が悪戯っぽく言うと、その場の嫌な緊張感は一気に緩んだ。

「正直、達也はチャラい男だから心配だったけど、本気なんだね。不謹慎かもしれないけど、二人のこと応援するよ!私はやっぱり、親友の味方だもん」

菜月の胸に、じんわりと温かい感情が広がる。味方という言葉が、単純に嬉しかった。

「...ありがとう、美加...」

しかし、ほっと一息ついたのも束の間、次の瞬間、彼女は衝撃的なセリフを口にした。

「じゃあ...このまま話が進んだら、なっちゃんは達也と一緒にロンドンに行っちゃうの?」

―え......?

「やっぱり羨ましいな。今度はヨーロッパの駐妻かぁ」

―なにを、言ってるの...?

美加が誰の何の話をしているのか、見当もつかない。

菜月は呆然としながら、しばらく言葉を失った。

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達也の海外赴任を知らされていなかった菜月。彼の思惑は...?!