トランプ政権を支えるにあたって、絶対に欠かせない存在だが…(写真:ロイター/Jonathan Ernst)

北朝鮮情勢が緊迫化するなかで、ドナルド・トランプ米大統領が最大のピンチに直面している。ここへきてトランプ政権の命運は、レックス・ティラーソン米国務長官が辞任するかどうか、その去就にかかっている。トランプ政権崩壊の危機を徹底的に解明する。

ティラーソン国務長官自らが辞任を否定


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10月4日、ティラーソン国務長官は緊急記者会見を開き、同日付米NBCニュースが報じた同長官の辞任説を完全に否定した。

NBCによると、この夏、同長官はトランプ大統領を「間抜け(moron)」と呼び、そのうえで辞任の意向を示し、それをマイク・ペンス副大統領が引き留めたというのだ。

緊急記者会見で同長官は、NBCニュースを「誤報」と断じ、「辞めようと思ったことはないし、副大統領が慰留する必要もなかった」と述べた。そのうえで「大統領が自分を必要とするかぎり、現職にとどまるつもりだ」と強調した。

トランプ大統領もその発言に即応し、報道はNBCのでっち上げであり、ティラーソン氏を全面的に信頼していると、辞任説を打ち消した。

国務省のヘザー・ナウアート報道官も緊急記者会見の後で、ティラーソン長官の辞任意向を改めて否定したうえで、「辞めてもらいたい」と思っている人たちにとっては、そう仕向ければ仕向けるほど、ティラーソン氏の留任決意を強めるだけだと語った。

ナウアート報道官は、ティラーソン氏のトランプ氏に対する「間抜け」発言についても、「そのような言葉を使う人ではないし、言ってはいない」と否定している。ただ、ティラーソン氏自身はこの発言自体を明確には否定していない。それはどういうことか。

ティラーソン一族に恥をかかせた?

「moron」という英単語は、日本語では「間抜け」「能なし」などと訳されるが、もともと極めて差別的な言葉であり、口にするのもはばかられる下品なものだ。

そんな言葉をティラーソン氏が言ったとすれば、よほどのことがあったはずである。実は、そのよほどのことが、この夏に起こった。それはボーイスカウトジャンボリーでのことだ。ボーイスカウトは4年に1度の行事としてジャンボリーが開かれる。ジャンボリーには、大統領が出席してスピーチをするのが慣例となっている。この夏、トランプ大統領はそのスピーチに出向いた。

トランプ大統領は場違いにも、その場で政治的メッセージを露骨に発したのだ。バラク・オバマ前大統領の無策を罵倒したり、オバマケア代替法案の上院での審議を批判したり、およそボーイスカウトの少年たちに聞かせるようなスピーチではなかった。

ボーイスカウト連盟は政治的に中立の機関であり、共和党にも民主党にも偏しない。そのボーイスカウト連盟の重要な地位には、ティラーソン氏自身も彼の父親も就いている。いわばトランプ大統領のスピーチは、ティラーソン一族に恥をかかせたようなもの。ティラーソン氏が思わず罵声を発したくなったとしても不思議ではない。

そんな愚にもつかない話をメディアは放っておかない。「間抜け」という罵声そのものがトランプたたきの格好の材料になるからだ。

対北朝鮮外交における意見の対立も表面化している。

9月30日、ティラーソン氏は中国を訪問し、習近平国家主席はじめ枢要人物と会談した。それらの会談を通じて、同氏は北朝鮮に対して、制裁のほかに複数の交渉ルートがあることを示唆し、外交中心で交渉を進めることを明確にした。複数というからには、少ない数ではないことを物語る。

もともと対話を重視している中国はティラーソン氏の進め方を歓迎しているが、トランプ大統領はその進め方を「時間の無駄だ」と一蹴した。

もう1つの対立は、イラン核合意についてだ。トランプ氏はそれをひっくり返したいのに対してティラーソン氏は維持したい。そのティラーソン氏の立場をジェームズ・マティス国防長官も一般論として支持している。

ティラーソン氏をめぐる「3つの対立」

ティラーソン氏をめぐる対立が存在しているのは、トランプ大統領との間だけではない。この2人の間の感情的対立、政治・外交的対立を含めて、ティラーソン氏には3つの対立がある。2つ目の対立は、ニッキー・ヘイリー米国連大使との関係、3つ目の対立は、ジャレッド・クシュナー大統領上級顧問との関係だ。

ヘイリー国連大使は、つい最近、国連安保理全会一致で決まった対北朝鮮制裁決議をまとめて、一躍、その名を上げた。ヘイリー氏の政治力には定評があり、彼女の支持者たちは、ティラーソン氏が辞めたあとの国務長官に彼女を昇格させたいと考えている。本人も野心満々だ。

ヘイリー氏は徹底してトランプ氏の肩を持つ。北朝鮮の金正恩労働党委員長を「パラノイア(偏執症)」と呼んだことがあり、とにかく口も悪い。もしティラーソン氏の後に国務長官になったりすれば、トランプ政権の外交は、それこそ一枚岩となってしまう。かえって危なっかしいことになる。米朝軍事衝突も招きかねない。

もう1人のクシュナー氏は、トランプ大統領が誰よりも信頼している愛娘イヴァンカの夫であり、トランプ氏の娘婿だ。事実上、更迭されたスティーブン・バノン前首席戦略官・上級顧問は、何かにつけてクシュナー氏と対立していた。

そのクシュナー氏は、中東問題では一家言の持ち主であり、政権内でも発言権がある。中東外交を含む外交戦略では、ティラーソン氏と意見対立する場面もある。クシュナー氏は、ティラーソン氏と組むよりは、特にサウジアラビアと直接的なコミュニケーションを取りたいと考えている。

しかし、クシュナー氏は政治・外交面では素人であり、経験が浅い。対外交渉術を思う存分に駆使しているトランプ氏に比べて、若い割には予想外に伸びしろの伸びがない。

むしろ、トランプ大統領を補佐し、その地位をより堅固に守り、同時に、イヴァンカのオーラを豊潤にすることを、今は最優先にすべきだ。ティラーソン氏との対立では、政治的なエゴも垣間見える。まったく無駄な対立と言っていい。

トランプ政権崩壊を防ぐことができるのは?

米メディアの一部には、ティラーソン氏の後釜として、マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官を据える案もあると報じている。こうした米メディアによる観測情報には、ティラーソン氏が記者会見で述べたように、トランプ政権を分断しようとする思惑が背後にあると言えなくもない。

すでにトランプ政権幹部は相次ぎ退任している。つい最近も公務でチャーター機を利用していたトム・プライス保険福祉長官が引責辞任した。後任はまだ決まっていない。ラインス・プリーバス氏のあと首席補佐官に任命されたジョン・ケリー前国土安全保障長官のポストも空席のままだ。

国務省でも次官・局長級ポストの多くが空席となっている。きめ細かい外交に支障を来している。ここでティラーソン氏が辞任しようものなら、そのインパクトはトランプ政権の崩壊につながりかねない。

なにしろ国務長官というポストは、副大統領(上院議長)、下院議長、上院仮議長に次ぐ、たとえて言えば、「王位」継承順位4番目の重要ポストである。歴代の国務長官はハリウッドとのつながりなど、派手な振る舞いが目立ったが、ティラーソン氏はそんな派手な世界とは無縁であり、むしろ仕事人としての地味さが目立つ。

同氏は、米連邦政府の最重要政策である国家安全保障について、外交第一という国務長官の立場を貫いている。トランプ大統領に批判されても、忠実に黙々とその職責を果たしている。トランプ大統領が最も信頼し、軍事全般に通じ、仕事一本やりのマティス国防長官とも相性がいい。

トランプ政権を支えるに当たって、この2人は大統領という燦然(さんぜん)と輝く「光」を曇らせないという意味で、地味だが、大地に足がついている双璧と言っていい。絶対に欠かせない存在だ。

そんなティラーソン氏について、元政府高官は「彼には手助けがない。チームもなく、親しい仲間もなく、誰も雇っていない。それは一種の『死のスパイラル』だ」という。もし、そうだとすれば、ティラーソン国務長官を救い、守ることができるのは、トランプ大統領をおいてほかにいない。

結局、トランプ政権の崩壊を防ぐことができるのは、トランプ大統領自身にほかならないのだ。