南福岡自動車学校の教習コース。約60年の歴史がある(写真:南福岡自動車学校)

黄緑とオレンジの鮮やかな全身タイツに身を包み、交通安全教室やイベントにハイテンションで登場する。その名も「かめライダー」。南福岡自動車学校のイメージキャラクターに扮するのは、代表取締役社長の江上喜朗さんだ。新しい経営ビジョンを掲げ、2013年6月にキャラクターを生み出し、自らノリノリで演じていた。だが、その陰では、不満を募らせた社員の退職がとまらなかった――。

苦境の自動車教習所、ミナミも例外ではなかった

「ピーク時は週2人ペースで退職して、3年間で半数の社員が去っていきました。バカらしい、ついに社長がおかしくなった。そんな陰口が渦巻いていましたね」と江上さんは振り返る。江上さんの祖父が、1956年に福岡県福岡市で創業し、1960年に大野城市に移転した南福岡自動車学校、通称ミナミ。2代目の父親から経営を引き継いだのは、今から6年前の2011年、30歳のときだった。

少子化と若者の車離れを背景として、日本の自動車教習所は苦境に陥っている。警察庁の運転免許統計によると、2016年の教習所卒業生は約156万人で、ピーク時の1990年代前半から100万人以上も減少。この間に200以上の教習所数が閉鎖に追い込まれ、1332校になった。


江上喜朗(えがみ よしろう)/1981年福岡県大野城市生まれ。南福岡自動車学校代表取締役社長。東京理科大学卒業後、リクルートのグループ企業、ベンチャー立ち上げを経て、2010年に入社。2011年社長就任(筆者撮影)

九州でナンバーワンの入校者数を誇っていたミナミも、例外ではない。入校者数は右肩下がりで減収減益が続いていた。江上さんは子どもの頃から「いつか継ぐだろう」と思いながらも、大学進学を機に東京へ。20代は大手企業のリクルートや、ベンチャー企業の取締役としてがむしゃらに働いた。体調を崩したのを機に29歳で帰郷し、ミナミへ入社。数カ月後、父親から突然こう切り出されたという。

「私はもう今の若い子たちの感性がわからん。お前がビジョンを描いてくれ」

「期待に応えたい」、そんな思いで2011年社長に就任。不安はなかったのかと江上さんに問うと、「経営は面白そうだし、絶対にできると思ったんです。学生時代に熱中していたサッカーも、仕事も諦めずに考え抜いて努力を続ければ、結果が出ると実感していたので」と冷静に話す。

とはいえ、ビジョンはすぐに描けない。それまでのミナミは「真面目に厳しくミスなく教習する」ことをモットーとし、人口増加の時代には、さほど努力しなくても教習生が集まった。しかし、少子化と車離れに加えて、近い将来には自動運転の大波が確実に押し寄せる。生き残るには改革が必須だ。江上さんは経営者や大学教授などに会って指導を仰ぎ、ひたすら考えた。

交通安全のヒーロー・かめライダーが誕生した日


交通安全のヒーロー・かめライダーに扮する江上社長(写真:南福岡自動車学校)

そして社長就任から1年後の2012年11月、全社員を集めて経営計画発表会を開いた。同社が経営方針を皆で共有するのは、創業56年で初めてのこと。100人を前に、江上さんは渾身の力を込めて語りかけた。

「教習生を受け入れて滞りなく卒業させるだけの仕事は、もうやめます。『愛のあるおせっかい』で教習生に接しましょう。私は交通安全のヒーロー・かめライダーになり、ミナミの新たな価値を創造します。これからのミナミは『感性あふれる“ひと”を創る』という理念で学校を運営します」

社員の反応は2割賛成で2割反対、6割はどちらでもない雰囲気だったという。

厳しい教習所から、愛があふれる楽しい場へ。「昔の若者は車に憧れ、ワクワクしながら教習所に通っていた。でも、最近の若者は、就職のためや親にいわれたといった理由で、仕方なく来る。もともとモチベーションが低いし、叱られることにも慣れていない。上から厳しく教えるのではなく、楽しく学べる教習所にしようと決めました」(江上社長)

スタッフや指導員が、ホスピタリティ精神を持って教習生と向き合うように意識改革を徹底した。20歳前後の教習生にとって、指導員は何でも相談できる存在となり、楽しく通ってほしいと考えたのだ。また、卒業パーティや肝試し大会などのイベントを開催し、明るい雰囲気づくりに努めた。

さらにミナミ変革の象徴として、江上さん自ら「かめライダー」に扮した。街でチラシ配りなどをしていると話題になり、交通安全講話やイベントに引っ張りだこに。市の成人式に招かれ、20分講演したこともある。取材も殺到し、メディア露出を広告費に換算すると、7000万円を超えたという。

当初、教習生の満足度は高まったものの、入校者数そのものはさほど変わらなかった。改革によって仕事量は増えたのに、成果が見えない現状に不満を抱いた社員が、ぽつぽつ辞めていく。かめライダーの登場後は「50万もかけてかめライダー作るより、給料上げてくれよ」といった愚痴が一気に噴き出し、退職の連鎖が広がった。新しい人事や評価制度への反発もあり、結局3年間で社員100人中47人が退職したのだ。

「辞める人がいるのは想定内でしたが、社員や親族の批判にさらされ続けるのは苦しく、ごっそり髪が抜けたり精神安定剤や睡眠薬を手放せない時期もあった。でも、心を鬼にして進むしかなかった」(江上社長)。

社内の改革チームをはじめ、江上さんを信じてついてきてくれる社員が心の支えになったという。理念に賛同して入ってくる新入社員も頼もしかった。退職ドミノが落ち着くと、定期的に社員を集めて面談をしたり、個別に食事に行くなど、密にコミュニケーションをとることで課題を少しずつ改善していった。

学科教習用のCGアニメが教習生の感動を呼ぶ

そんな中、入校者を増やすには主軸の「学科や技能教習を面白くすること」が重要だと気づいた。そこで、学科教習の冒頭にクイズや脳トレの要素を入れたムービーを流したり、かめライダーが交通ルールのユニークな覚え方を教えるムービー「俺の暗記道場」を開発したりした。「交通ルール」にまつわる謎を数人で解いていくグループワークなども組み込んだ。


「DON!DON!ドライブ」の画面。教習生から人気となっている(写真:南福岡自動車学校 / FOREST Hunting One)

さらに、今年2月には学科教習用のCGアニメーション「DON!DON!ドライブ」を導入。ホリエモンこと堀江貴文氏などと共同で手がけた作品で、脱力系キャラと共にクイズ形式で交通ルールを学ぶことができる。

思わず笑ってしまう仕掛けが盛りだくさんだ。教習に注力したことで、教習生アンケートの満足度が大きく上がり、「卒業したくない」というメッセージまで届くようになった。入校者数は増え、危機的だった2014年度を底として毎年、増収増益を続けている。

楽しいのはいいが、いちばん気になるのは安全面だ。すると「DON!DON!ドライブ」の導入前後で、合格率が86.9%から6%上がったというデータを見せてくれた。特に女子高生層の合格率は77.8%から20%近くアップした95.7%になっている。


出てくるキャラクターも個性的で教習生の心を引き付ける(写真:南福岡自動車学校 / FOREST Hunting One)

「楽しい内容にすることで学習意欲が高まり、教習効果が上がり、安全運転にもつながる。技能教習が担任制というのも、譲れないこだわりです。

利益を追求するならフリー制が断然いいけれど、担任制にすれば指導員が教習生のことをしっかり理解して教えられるし、いい関係性が生まれる。すると、教習生は卒業したあとも『指導員がダメって言ってた』『指導員を悲しませたくない』と安全運転を心がけるようになるんですよね」(江上社長)。

交通安全のヒーローが経営改革のヒーローになった

現在、ミナミは教習所の枠を超え、教育を核に新たなビジネスを展開している。たとえば、「DON!DON!ドライブ」のコンテンツ提供を告知すると、すでに20社以上から引き合いがあり導入を始めた。また、これから需要が高まるカンボジアに教習所を設立し、ベトナムの教習所とも資本提携している。ほかにも、年間3000人の若者が集まる利点を生かし、人材不足に悩む地元企業と学生をつなぐマッチングサービスなど、新たな収益モデルを次々と打ち出した。

「正直にいうと、福岡に戻ってきたとき、地方の中小企業にいい人材はあまりいないと予想していました。でも、うちの社員はそれぞれに才能があり、適性を見極めてリーダーなどを任せると、非常に素晴らしい発想や行動力で仕事を進めてくれる。社員が輝いていく姿を見るのが、とてもうれしいんですよね。結果として、それが業績に結びついています。

もし免許が要らない時代が来ても、愛あるおせっかいができるうちの社員は、どこでも通用します」と胸を張る。会長を務める父については「30歳の私に会社を継承してくれた器の大きさはすごいし、感謝しています」と江上さんはしみじみ語る。

「いろんなことがあったけど、今は全部ひっくるめて楽しい」と笑顔を見せる江上さん。取材が終わると、黄緑のヘルメットと全身スーツを小脇に抱えて、さっそうと車で出動していった。安全運転のヒーローは、いまや経営改革のヒーローとなり、元気を振りまき挑戦を続けている。