阪急神戸線の特急新開地行き。かつては阪急も新開地より先、山陽電鉄線内まで乗り入れていた(筆者撮影)

地方交通再生の手段として話題に上ることが多い第三セクター方式と上下分離方式。この2つの手法を約半世紀前に取り入れた鉄道が100万人都市に存在する。神戸市を走る神戸高速鉄道だ。

ただしこの神戸高速鉄道、経営形態や運行形態は二転三転しており、本来の路線以外の線区や駅も管理していることをご存じだろうか。来年の開通50周年を前に、もう一度この個性的な鉄道をチェックするとともに、今後の展望を考察してみた。

4つのターミナルを結ぶ路線

神戸市内には第2次世界大戦前から4つの電鉄が乗り入れていた。しかし、阪急電鉄(当時は阪神急行電鉄)神戸線が三宮、阪神電気鉄道本線が元町、山陽電気鉄道本線が兵庫、神戸電鉄(神鉄、当時は神戸有馬電気鉄道)有馬線が湊川と、それぞれに別のターミナルを持っており、神戸市電によって連絡はしていたものの、高速鉄道によって結ぼうという議論が出はじめていた。

このうち、阪神は元町から湊川経由で兵庫に至る地下線を計画するが、戦争が始まったこともあって頓挫。すると戦後間もない1946年に今度は神戸市が、4つのターミナルを結ぶ計画をまとめた。

会社としての神戸高速鉄道が設立されたのは1958年。資本金のうち40%を神戸市、4電鉄が合わせて40%を出資しており、日本初の第三セクター鉄道だった。そして10年後の1968年、4つのターミナルを結ぶ東西線と南北線が開通した。

路線は阪急、山陽との接続部分を除いてすべて地下にあり、東西線は阪神の元町と阪急の三宮から西に延びた線路が高速神戸で合流し、西代で山陽と接続。従来の山陽のターミナルだった山陽兵庫から西代までの区間は廃止された。南北線は神鉄の湊川と新開地を結んだ。


神戸高速鉄道と各社の乗り入れ区間の変遷

神戸高速自身は車両を所有しないばかりか乗務員もおらず、駅の運営や線路の保守などに専念していた。ゆえに「トンネル会社」という呼び名がついた。上下分離方式にともない車両の運行に専念する事業者を第2種、路線の保有のみを行う事業者を第3種と呼ぶようになったのは1987年の国鉄分割民営化以降であり、神戸高速鉄道はそれ以前から第3種鉄道事業者に相当した希少な鉄道会社でもあった。

当初の運行は、平日昼間を例にとると、阪神と阪急それぞれの特急が梅田から山陽の須磨浦公園まで乗り入れ、山陽は姫路発の特急と普通が阪神の大石および阪急の六甲まで乗り入れた。特急ではあっても、神戸高速鉄道と相手線内は各駅停車だった。南北線は湊川まで来た神鉄の全列車が新開地に乗り入れた。

しかし、現在はそうではない。以前と同じなのは神鉄全列車が新開地終点となっていることだけだ。路線名も神戸高速東西線・南北線とは呼ばなくなった。

阪神・淡路大震災後の変化

変化のきっかけは1995年の阪神・淡路大震災だった。もちろん4電鉄の車両や施設も多大な被害を受けた。これを機に、山陽は西代-東須磨間を建設中だった地下線に切り替えている。しかし、並行して走るJR神戸線(東海道・山陽本線)が、全国のJRからの応援もあって一足早く復旧したことに加え、沿線の人口減もあって利用者は減少した。

その3年後の1998年、阪神と阪急は異なる対応を取った。阪神は山陽とともに、梅田と姫路を結ぶ「直通特急」を新設した。直通特急は神戸高速鉄道線内の一部駅を通過し、特急の折り返し駅である須磨浦公園も停車せず速達性にこだわった。

一方、阪急は乗り入れを新開地駅までに短縮し、山陽も阪急三宮まで普通列車を乗り入れるのみに縮小した。阪急が乗り入れを新開地までにした理由として挙げられるのは、編成の長さだ。すでに阪急神戸線は一部列車で10両編成を実現していたのに対し、阪神と山陽は6両が最長だった。神戸高速のホームは阪急三宮-新開地間は8両対応だったが、それ以西は6両が限界だった。

さらに2005年9月、村上成彰氏率いる投資会社、通称「村上ファンド」が阪神株の約27%を取得していることを公表した。村上ファンドはその後も株を買い進め、翌年5月には約47%に達した。

これに対して阪神は当初、京阪電気鉄道に対して経営統合の話を持ちかけたが合意に至らず、長年のライバルだった阪急に相談を持ちかけた。2005年4月に持株会社化していた阪急ホールディングス(HD)は申し出を受け入れ、翌年5月末にTOBを決定。直後の6月初めに村上氏がニッポン放送株をめぐるインサイダー取引事件で逮捕されたこともあってTOBは成立し、10月に阪急阪神HDが誕生した。

阪急と阪神の経営統合により、阪急阪神HDは神戸高速株の20%以上を持つことになった。これを機に神戸市は神戸高速の経営安定化には阪急阪神HDによる運営が適当と判断し、2009年に15%を阪急阪神HDに売却。これにより阪急阪神HDが株式の過半数を所有することになった。

以前から山陽には阪神が、神鉄には阪急が出資していたから、神戸高速を含めた5つの鉄道はすべて阪急阪神HDとつながりを持ったことになる。

東西線・南北線の名が消える


現在の新開地駅の表示。阪神のスタイルとなっている(筆者撮影)

同じ2009年には阪神なんば線が開業し、近畿日本鉄道奈良線との相互直通運転を開始した。ただし、近鉄車両の乗り入れは三宮までとなった。近鉄の車両は全長20m級、阪神は18m級と車両規格が異なることが大きい。阪急に続いてここでも編成の長さが影響したようだ。

東西線・南北線という呼び名が変わったのは翌2010年のことだ。三宮-新開地間は阪急神戸高速線、元町-西代間は阪神神戸高速線、(高速神戸-新開地間は重複区間)、新開地-湊川間は神鉄神戸高速線となった。駅の看板も西元町-高速長田間の各駅は阪神、阪急三宮-高速神戸間にある花隈駅は阪急のスタイルに変わり、両社が駅運営も担当することになった。

一連の動きの裏には神戸市営地下鉄の存在があると考えられる。1977年に最初の区間が開業した市営地下鉄西神・山手線は、神戸市中心部では長田、湊川公園、三宮を東西に貫き、神戸高速東西線と並行して走っている。神戸市としては地下鉄の運営に力を注ぎたいと思っていた矢先に阪急と阪神の経営統合劇があり、神戸高速については鉄道運営経験の豊富な阪急阪神HDに任せようという気になったのではないだろうか。


北神急行と神鉄の接続駅である谷上駅。写真の列車は北神急行線に乗り入れた神戸市営地下鉄の車両(筆者撮影)

神戸市営地下鉄西神・山手線は、東側の終点であり山陽新幹線と接続する新神戸からは北神急行電鉄北神線に乗り入れ、神鉄との接続駅である谷上に至る。この北神急行も、施設を保有する第3種鉄道事業者は神戸高速鉄道である。

北神急行はもともと神戸電鉄のバイパス路線として、阪急や神鉄などの出資により1988年に走りはじめた。トンネル建設の費用が経営を圧迫したこともあり、2002年に施設を神戸高速に委譲して上下分離化したが、その後神戸高速が阪急阪神HDの一員になったため、結果的に上下とも同じグループに属することになった。

しかしながら神戸高速は、神戸市も依然として出資する第三セクターである。この立場を生かし、駅の改良工事を行う際に国土交通省から改良工事費用の補助を受けるべく事業主体となっており、それが契機となって阪神の岩屋駅や甲子園駅などの一部施設も保有している。ただし、神戸高速が施設を保有する駅があるのは阪神と山陽に限られており、こちらも広い目で見れば阪急阪神グループ内でのやりとりということになる。

阪急の市営地下鉄乗り入れは?

今後、神戸高速に関する動きはあるだろうか。1つ考えられるのは、以前から噂にのぼっている阪急の市営地下鉄西神・山手線への乗り入れだろう。阪急は震災で被災し解体した三宮駅舎を高層ビルとして生まれ変わらせるプロジェクトを進めているが、その一環として神戸線を地下化し地下鉄と直通運転したいという展望も描いている。

阪急が山陽への乗り入れを中止した理由の1つに、山陽の駅ホームが6両までしか対応していないという長さの問題があった。市営地下鉄西神・山手線も山陽と同じ6両編成で運転しているが、ホームは8両分確保してある駅が多く、軌間も同じ1435mmなので制約は少なそうだ。西神のニュータウンと梅田が直結されれば沿線住民の利便性は増す。

もしも阪急神戸線の地下鉄乗り入れが実現すると、阪急三宮-高速神戸間はお役御免になるが、筆者はこれを神鉄の三宮乗り入れに活用してはどうかと提案したい。湊川から東にカーブして高速神戸に至るトンネルを掘り、阪急神戸高速線区間の軌間を現在の1435个ら神鉄の1067mmに直す必要があるが、新線建設に比べれば負担は少ない。神鉄は、鈴蘭台から西へ延びる粟生線の赤字が深刻な問題となっているが、神戸市の中心である三宮まで直行できれば状況が変わる可能性がある。

いまや阪急・阪神・山陽・神鉄・神戸高速のすべてが同じ企業グループの下にある。しかも来年は神戸高速開業50周年。スケールメリットを生かした改革を期待したい。