肺がんから復活した安田春雄プロ

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「大学病院で検査した時は、肺がんのステージIVでした。もう末期だというので、右下葉という肺の一番下の部分を手術で全部取ってしまったんです」

 そう話すのは1960〜1970年代に、「和製ビック3」の一角としてギャラリーを沸かせたプロゴルファーの安田春雄氏(74)だ。取材は安田氏が練習拠点とする万木城カントリークラブ(千葉)で行なったが、練習場でドライバーをフルスイングして完全復活をアピール。今年6月には、68歳以上の選手で競う日本プロゴルフゴールドシニア選手権に出場した。

「僕はヘビースモーカーで、1日2箱くらい吸っていてね。肺がんとわかったのは60歳を過ぎたばかりの2003年。2月のシニアツアー開幕に向けて1か月間の合宿を張ったんですが、その時に咳が止まらなくなった」

 かかりつけ医は“花粉症じゃないか”というだけだったが、ツアー開幕後、試合会場でも咳は止まらなかった。同じ組の選手のプレーの邪魔にならないように我慢したが、結局3ホール目で棄権。その後、診察を受けた大学病院で肺がんと診断された。

「2日後には手術でした。不思議と死ぬのは怖くなかったけど、胸にメスを入れて肋骨の一部を切除する手術を受けてしまうと、ゴルフができなくなると聞いて、そのことへの抵抗感はあったね。そうしたら、ちょうどその大学病院に胸腔鏡手術の世界的権威の先生がいて、穴を3か所開けて手術をしてもらいました」

 腹膜に転移していたら難しいといわれていたが、幸いにも転移はなかった。

「入院中は“1日でも早くトーナメントに復帰したい”としか考えていなかったね。1年休むとシード権がなくなるから。体力、筋力を失いたくないから、上質のステーキを病室に運ばせて食べたし、裏山を散歩して足の衰えを防いだ」

 その甲斐あって、今も衰えは見えない。

「エイジシュート? もう74なんだから、そんなのできて当たり前だよ」

 豪快に笑い飛ばすのであった。

●やすだ・はるお/プロゴルファー。1943年、東京都生まれ。中村寅吉プロに師事し、18歳でプロ入り。河野高明、杉本英世とともに「和製ビッグ3」と呼ばれた。1968年の中日クラウンズで初優勝し、国内通算15勝。

※週刊ポスト2017年10月13・20日号