村上茉愛【写真:Getty Images】

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世界選手権で63年ぶり金…歴史的快挙の21歳の「足」がスゴイ? 元体操日本代表が分析

 体操の世界選手権(カナダ・モントリオール)は、男子の白井健三(日体大)が金2つを含む3つのメダルを獲得するなど躍進したが、今大会、鮮烈なインパクトを残したのが、女子の村上茉愛(日体大)だった。種目別のゆかで日本女子63年ぶりの金メダルを獲得。一躍脚光を浴びたが、日本体操界の期待のヒロインはいったい、何が凄いのか。元日本代表の岡部紗季子さんに聞いた。

 日本女子にとって、歴史的な金メダル。男子は近年、躍進が続いていたが、「63年ぶり」という数字が示す通り、女子における価値は計り知れない。

「日本の女子は男子に比べ、世界と身体能力の差が大きい。女子の方が海外の選手は筋肉がつきやすいし、瞬発力に差が生まれます。陸上に近い面があります。五輪翌年に行われる世界選手権は、トップの国が新星を出してくる大会でメダルを狙いやすい環境にありましたが、ミスのない演技で結果を出したことは素晴らしいと思います」

 このように、快挙を称賛した岡部さん。体操になじみが薄いファンには、村上は彗星のごとく現れたような印象が強いが、ジュニア時代から将来を嘱望されてきた天才少女だった。

「14歳で日本選手権のゆかで優勝していて、H難度のシリバスという世界のトップレベルの限られた人しかできない技を10代からこなしていた。ずっと注目されてきた日本のゆかの第一人者です」

 今大会も、シリバスを見事に決めるなど、完璧な演技で種目別で優勝。では、世界を制した村上の凄さはどこにあるのか。岡部さんは「身体能力」と「空中感覚」と2つの要素を挙げる。

「まず、身体能力の面でいえば、足の筋肉がすごく強い。日本では跳馬も種目別で優勝している。昔から、筋肉がぎゅっと締まったような体つき。もともと筋肉がつきやすく、特に下半身が強い選手ですが、そのくらい恵まれた体が身体能力を支えていると思います」

目を奪われる屈強な下半身…「涙の落下」から48時間で切り替えた「心」も強さ発揮

 実際に屈強な下半身に目を奪われたファンも多いだろう。体操選手の体格は、しなやかさが目立つ選手と、村上のように筋力が目立つ選手と2つに分かれ、得意種目に傾向が生まれる。

「細くてすらっとしていて、筋肉がつきにくい選手は足に弱さが出ますが、代わりに段違い平行棒、平均台が得意だったりします。村上選手は外国人選手に負けないくらいの筋力があり、それによって生み出される下半身の安定感が着地につながってきます。着地の衝撃が大きいシリバスをこなせるのも、その部分が大きいです」

 もう一つの「空中感覚」については、こう説明する。

「自分が空中で、どんな体勢で、どの位置にいて、着地が取れるという感覚。幼少期から体操を始めると一番吸収しやすく、男子の内村選手も白井選手にも共通して優れています。空中感覚が優れていると、着地の安定性につながってくる。加えて、怪我もしにくいという面もあります」

 シリバスは抱え込みで後方2回宙返り2回ひねりという大技。当然、高さも必要となり、着地に難しさが出る。成功に不可欠な「身体能力」と「空中感覚」を備えているのが、村上の強さにあるという。

「一般的に抱え込みの2回宙返りは遠心力で体が開いてしまうので、手で足を抱える。ただし、シリバスはひねる必要があるので、体を小さく抱え込めない。その分、足で強く蹴って、自分の腹筋だけで小さく作らないといけない。わずかな時間ですが、動作が多くあり、バネだけではできない。すべてが備わっていないとできない技です」

 ミスのない演技を発揮した裏で「心の強さ」が目についたという。その2日前の個人総合で平均台で落下し、メダルを逃した。悔しさのあまり、涙していたが、その48時間後に見違えるような演技を見せた。

体操に失敗がつきものとはいえ、失敗しない選手が勝つのが体操。普通の選手は割り切れない。しかも、村上選手は試合で失敗する機会は2〜3年くらい、なかなか見なかった。その失敗でメダルが獲れず、つらかったと思いますが、同じ大会で切り替えたメンタルの強さが素晴らしかったです」

女子選手のピークは10代も、東京五輪は24歳…年齢とともに生まれる「伸びしろ」とは?

 世界選手権という大舞台で結果を残した村上。当然、期待されるのは20年東京五輪の金メダルだ。3年後に向け、何が課題に挙がるのか。

「3年後は24歳。体操選手は引退している選手が多い。女子選手は高校生くらいがピークで、20歳くらいから今までこなせていたゆかの1分30秒がつらくなったり、着地の姿勢が取れなくなったりということが年齢とともに起こる。怪我のリスクも増えるし、まずは体力的な維持をしてほしいと思います」

ほかの競技に比べ、女子選手のピークが早いといわれる体操選手。体力面の維持が求められる一方で、年齢を重ねるからこそ生まれる「伸びしろ」もあるという。

「何よりも村上選手の場合は経験を積んでいる。今回、個人総合で0.1点差でメダルを獲れなかった経験もすごく大きい。何が課題に残ったかという経験があると、さらに成長に生かせる。今大会に関しても、ミスが続いて予選で落ちてしまった若手選手もいて、そういう部分に若手とベテランの差が生まれる。体操的な選手にとっての精神的な強さは経験で作られる部分が大きいです」

 今大会は村上の躍進によって、世界に対して大きなアピールに成功した日本。今後は日本全体における女子の活性化も望まれる。

「日本もこれだけできるんだというアピールができた。今大会は、ほぼリオ五輪と同じメンバーの1軍で臨んでいますが、ほかの強豪は新星を投入している国が多く、五輪に向けて強化されてくる。そういう意味では、日本からもっと下の世代の若手の選手たちが出てきてほしい。選手層に厚みが出れば、東京五輪でも日本としてトップに食い込んでいけると思います」

 モントリオールの地で、夜明けを感じさせた日本女子。東京五輪でさらなる輝きを見せられるのか。今大会を出発点にして、また新たな戦いが始まる。