どんな疑問の声があろうと結果、グループ1位でワールドカップの出場権をもぎ取ったのだから、彼の手法は評価されて然るべきだ。(C) SOCCER DIGEST

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 ロシア・ワールドカップ出場を決めた日本代表。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は「縦に速いサッカー」や「デュエル」を強調し、結果を残したが、一方で日本人選手の特性を軽視した戦い方に疑問を呈する声もある。彼の志向するスタイルは、日本サッカーの未来にとって有益なのか。スポーツライターの二宮寿朗氏に見解をいただいた。
 
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 歴代の日本代表監督とは異なるアプローチである。
 
 ヴァイット・ハリルホジッチ監督は、従来の監督たちのような「積み上げタイプ」ではなく、言わば「一戦一型タイプ」。作戦面、コンディション面を判断基準にして、試合ごとに大枠のリストからメンバーを選出していくやり方だ。結果、グループ1位でワールドカップの出場権をもぎ取ったのだから、彼の手法は評価されて然るべきと考える。
 
 理想よりも、目の前にある現実を見据えたチーム作り――。
 
 イビチャ・オシム監督が組織力、敏捷性、技術力といった日本人選手の特長を活かす「日本化」を提唱して以降、その後を継いだ岡田武史監督やアルベルト・ザッケローニ監督も、それぞれ方法論、ベクトルは違うとはいえ、日本オリジナルの戦い方を模索してきた。しかし、理想を追い求めた結果、ブラジル・ワールドカップは惨敗に終わる。
 
 ここでリアリストが登場したのは、なんとなく運命的にも思えてくる。長所を伸ばすよりも、短所を引き上げる。ハリルホジッチはフィジカルやデュエルの質を高め、世界基準に近づけようとしてきた。見倣うべきは強豪国よりも中堅国。昨年視察したEURO2016でも、彼は印象深かったチームとして、アイスランド代表を挙げている。
 
「アイスランドは能力的に決して高いとは言えない。誰もイングランドに勝つなどと思っていなかったはずだ。それでも勇敢に全力で戦い、組織的なスピリットは非常に高かった。 彼らの野心と準備には学ぶ点がある。現代フットボールでは、良い守備がないと強豪国には勝てない。EUROが我々にそう教えてくれた」
 相手にボールを持たせたうえで、奪取からの速い攻撃でゴールを目指す。そうした特色はこれまでの日本になかったもので、新たな引き出しとなっているのは言うまでもない。
 
 アジアでは強者でも、世界の舞台では弱者になる。そのギャップが埋められないなかで、ハリルホジッチ監督はアジアでの戦いから強者の顔を捨てた。世界で強者になろうとするチャレンジがなければ、失われた2年半になるという意見もあるだろう。だが一方で、指揮官が己のやり方をプレゼンテーションし、ワールドカップ予選突破というひとつの成功体験を得たからこそ、「このやり方もアリだ」と説得力を持たせることができているのも事実だ。
 
 実際、今の代表チームは昔に比べて活動期間が短くなっている。海外組が増え、しかもプレーしている国はバラバラだ。そんな状況下において、主力選手を固定してしまうリスクは小さくない。採用する戦術に合わせてコンディションの良い選手を選ぶというのは、理に適っている。
 
 ただ、ハリルホジッチ監督の手法にすべて賛成というわけではない。これまで積み上げてきた財産を、もっと使ってもいいのに、とは思う。
 
 例えばザッケローニ監督は、メンバーをある程度固定して戦うことで、連係を高めた。特に香川真司が左、本田圭佑が中央、岡崎慎司が右という配置にこだわり、左で崩して、右で仕留める形を築き上げている。
 
 ならばオプションとして、右サイドに岡崎を起用するのも手だと思うのだが、ハリルホジッチ監督は頑なにそこはやろうとしない。ザッケローニ監督やハビエル・アギーレ監督が試した組み合わせの転用を、考えてみてもいいのではないか。引いた相手を崩す攻撃に課題を残しているのは確かなのだから、温故知新も有益であるはずだ。
 
 ハリルホジッチ流の手法は、新しい観点をもたらしたという意味でも、日本サッカーの未来に有益だと信じている。ただ、それもワールドカップ本大会で結果を出してこそ。「一 戦一型のカメレオン」で成功を収めて初めて、引き出しを増やした日本サッカーが、次のステップに進んだと言えるのではないだろうか。
 
文:二宮寿朗(スポーツライター)
 
※『サッカーダイジェスト』9月28日号(同9月14日発売)「THE JUDGE」より抜粋