東海大・駅伝戦記 第10回

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 アンカーの關颯人(せき はやと/2年)が残り500mを切ったところで掛けていたサングラスを上にあげた。後続の選手はまったく見えてこない。

「關! 關! 關!」

 ゴール地点で待つ選手たちが声を上げる。その声に導かれるように關が右手を突き上げてゴールに飛び込んできた。青学大に1分33秒差をつけての堂々たる勝利。東海大にとって10年ぶり4度目、待ちに待った出雲駅伝の優勝だった。

 レース前日、東海大の6区間の出走メンバーが発表された。

1区:阪口竜平(2年)
2区:館澤亨次(2年)
3区:松尾淳之介(2年)
4区:鬼塚翔太(2年)
5区:三上嵩斗(3年)
6区:關颯人(2年)

 このメンバーが発表された時、青学大の原晋監督は「4区に鬼塚かぁ……」と予想外の配置に思わずため息をついた。青学大の裏をかくメンバー編成は、いかに生まれたのか。前半区間に速いランナーを並べて前半勝負をかけてきた青学大に対抗するように、東海大は後半勝負型に編成されている。3区まで我慢して先頭についていけば、後半に關ら有力選手がおり、勝機が見えてくる。その勝負をかける4区に鬼塚を置いたわけだが、その裏には1区の阪口の存在があった。


1区でスタートする東海大・阪口竜平(手前右端)


 阪口は今シーズン絶好調を維持している。6月の個人選手権では5000mで優勝し、7月の網走ホクレンの3000SC(障害)で自己ベストを更新し、東海大記録を出した。9月の日本インカレでは5000mに出場し、日本人トップ、総合でも3位に入った。阪口自身も調子のよさを実感しており、早くから「自分が1区を走ることで鬼塚を他に回せる。それができるとよりチームが強くなる」と話していた。そして、出雲駅伝で1区をつかみ取った。

「阪口がキーマンになります」

 両角速(もろずみ・はやし)監督はそう言った。

 選手それぞれにはそれとなく事前に伝えていたが、最終的なオーダーは前日の朝に伝えた。

「勝ちたいです」

 両角監督は素直に気持ちを吐露する。このオーダーと選手に対する自信がうかがえる。その強い思いが勝利の女神に通じたのか、出雲本番でも、両角監督の狙い通りにレースが動いていくのである。

 出雲駅伝は気温27度、湿度72%という厳しい残暑の中でスタートした。

 1区、阪口は両角監督の狙い通り、先頭に立ち、集団を引っ張って走る。落ち着いて堂々としており、とても初駅伝とは思えない走りだ。

「普段、緊張しないんですけど、(この日は)実はすごく緊張していました。走っていても最初は緊張が残っていたんですが、何かペースが遅いなって感じたんです。それで何回か時計を見たんですが、キロ2分55秒だった。悪くないなって思い、そこからは余裕を持って自分のペースで走ることができました」

 阪口は昨年、夏合宿中に故障し、出雲駅伝は寮でテレビ観戦をしていた。同級生の關、館澤、鬼塚らが快走する姿を見て、うらやましくもあり、悔しさを味わった。

「2年になったら、3大駅伝全部走って結果を出す」と心に決めて、今シーズンはフルスロットルで走ってきた。結果を出してきた自信が、この日の走りにも反映されていた。時々、後ろを振り返り、ライバルの青学大と東洋大との距離を確認し、6kmを超えたところでスパートをかけて前に出た。

「監督の指示通り」で、グイグイ後続を引き離しにかかる。だが、神奈川大が必死についてくる。両角監督曰く、監督車があれば「どんどん行け」と言いたかったそうだが、阪口は襷(たすき)を手に握り、気持ちを前面に出し、2区の館澤にそれが伝わるようにと必死に走った。

 23分16秒、区間賞でトップ通過を果たした。両角監督がキーマンと期待した通りの走りだった。


「暑いけど、ガンガン攻めていくつもりでした」

 館澤は2秒差で後ろにつけた神奈川大を引き離すべく、最初からピッチを上げて走った。だが、この暑さの中で突っ込んだ走りを見せ、大丈夫なのかと不安になる。レース前日、館澤から気になることを聞いていたからだ。大会前日の午前中、館澤亨次は浜山陸上競技場にいた。多くの選手が大会2日前に刺激を入れて、この日は簡単に調整しているなか、館澤だけは「前日にやりたいんです」と独自の調整法を貫いていた。そして、汗だくになってトラックから戻ってきた時だった。

「いやー暑いですね。これ、ヤバいです。僕、暑さにめちゃ弱いんで」

 館澤は数日前に気合いを入れたというサイドの刈上げを気にしながら、そう言った。天気予報では翌日の本番も気温25度以上ということだった。ただ、表情に暗さはなく、メンタル的には落ち着いているように見えた。

 日本インカレの1500mで惨敗し、5000mでなんとか面目を保って5位に入った。その後もなかなか調子が上がってこなかったが、ここに来てやっと上がってきたのだ。

「日本インカレ以降、このままじゃダメだと思い、まず睡眠と食事の改善を始めたんです。以前はふとした時、グミとかどら焼きとかチョコを間食していたんですが、それをやめてヨーグルトとかハムとか食べるようにして、睡眠は8時間とるようにしました。そうすると体がだいぶ動くようになってきたんです」

 生活面での改善が館澤の動きをシャープにしてくれたという。そのおかげなのか、暑さをものともしない攻めの走りを見せた。

 ところが青学大の2区・田村和希(4年)が猛烈な走りを見せ、38秒あった差をどんどん縮めていく。館澤も懸命に粘るが、最終的に18秒まで詰められた。

「18秒差でチームに1位でつなげたので最低限の仕事はできたかなと思いますが、阪口が作ってくれた貯金を自分が使ってしまった。申し訳ないなって思いましたね。力を出し切って負けたので、実力がまだ足りないってことです」


 苦しかったが首位で通過し、3区の松尾に襷(たすき)を託した。

 松尾は3区を走る前、両角監督にこう指示を受けたという。

「区間賞は望まない。先頭でもらったら、しっかり先頭で鬼塚に渡すこと。もし抜かれても先頭が見える位置で鬼塚につなぐように」

 松尾は自分のペースを心がけて走った。向かい風が強かったが、そこで無理して離そうとはしなかった。3.5km辺りで一時、青学大に6秒差まで縮められたが、それでも慌てなかった。下りでペースを上げて、抜かれてたまるかという意地を見せたのだ。

 残り600m、青学大と東洋大が松尾の背後について本格的に抜きにかかった。

「後ろの足音がどんどん大きくなって、ヤバいなって思いましたね。正直、抜かれていく時のペースが速かったんで、その後なかなか追いつけず、それでも先頭が見える範囲で襷を渡す最低限の役割を果たそうと、『最低限、最低限』と言いながら走りました」

 青学大と東洋大の姿を必死に追った。中継点では首位の東洋大、2位の青学大に5秒差だった。映像を見ていた両角監督は、少しほっとしたという。

「5秒差はギリギリでした。10秒差になると鬼塚がいっぱいいっぱいで行かないといけない距離が長くなる。最後は松尾の気持ちを感じました」

 4区の鬼塚が「ラスト! 松尾」と叫んだ。

 松尾は握りしめた襷を鬼塚に渡し、「頼む」とささやいた。

(つづく)

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