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ノンフィクション作家の石井光太さんが、自ら生んだ子供を手放す「ワケあり」の母親たちを密着取材していく本連載。彼女たちが「我が子を育てられない」事情とは?

15人に1人が発達障害

厚生労働省の調べでは、発達障害の子供は、程度の差こそあれ、約15人に1人いるといわれている。見方を変えれば、親の中にもそれくらいの発達障害を抱える人がいるということだ。

養育困難の問題において、発達障害は精神疾患ほど議論されることはない。それは発達障害そのものが養育困難の主な原因になることが多いわけではないだろう。重度のADHDや自閉症スペクトラムならともかく、学習障害が直接の原因となることは考えにくい。

だが、養育困難の家庭への取材を進めていくと、遠因として「学習障害」が挙げられるケースが少なくない。学習障害が幼少期の様々な問題を引き起こし、それが養育困難家庭を生み出してしまうのだ。

今回は、そうした家庭の例から考えてみたい。

「お前みたいな馬鹿は一家の恥だ」

中部地方の一軒家で、岡園沙耶は3人姉妹の末っ子として生まれた。

家は、まずまず恵まれていた。父親は医師で、母親は専業主婦。経済的に困るようなことはなかった。

両親は教育に厳しかった。親戚もみな、一流企業に勤めていたことから、いい大学を出て、誇れるような職につくことを子供たちに求めた。それゆえ、姉妹は3人とも小学校受験をさせられ、私立のお嬢様学校へ入学させられた。中高の偏差値はいいが、「小学校受験は親の収入とコネがあれば入れる学校」だったという。

姉2人は中学までお嬢様学校で過ごし、高校は名門高校へ編入。そのまま揃って有名国立大学に入学するほど勉強ができた。だが、沙耶だけはどういうことか、勉強ができなかった。どれだけ予習、復習をくり返しても、成績は底辺を彷徨った。

見かねた両親は、沙耶の要領が悪いのだろうと考え、週に5日塾に通わせたり、家庭教師をつけさせたりした。それでも一向に成績は上がらない。中学に上がると、周りのレベルが高くなり、余計に成績の悪さが目立った。

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両親は連日のように沙耶に対して厳しく当たった。「あんたみたいな頭の悪い子は一家の恥だ」「きっと病院で取り違えが起きて別の親の子供をもらってしまったのだろう」「知的障害があるなら手帳をもらって家を出て行け」「姉たちと話をするな。馬鹿がうつる」……。罵る言葉は次第に激しくなり、テストの成績が悪い時は、真冬でも何時間も表に立たされたり、夜が明けるまで玄関で正座をさせられたりした。

沙耶はこうしたことから試験に恐怖心を抱くようになり、テスト期間が近づくと原因不明の発疹を出して、痙攣を起こすようになった。病院で診てもらうと、医師からこう告げられた。

「勉強勉強と言われ続け、試験の成績を気にするあまり、ストレスで精神に異常をきたしています」

母親は医師に沙耶の成績のことを相談した。医師によって検査が行われ、次のようなことを言い渡された。

「沙耶さんは学習障害です。それに障害とまではいきませんが、IQも低いようです。無理に勉強させるより、彼女にあった道を進ませるのがよろしいのではないでしょうか」

両親は医師の言葉をはっきりと聞いていたはずだ。だが、2人はそれを受け入れることはなかった。家に帰るなり、「学習障害のわけがない。お姉ちゃんたちだってできるんだ。おまえがちゃんと勉強していないだけだ」と言い出し、これまで以上に勉強を強いるようになった。

沙耶は小学校6年生の頃から、ストレスのあまりリストカットをするようになった。だが、彼女がカッターで切ったのは手首ではなく、太ももやわき腹だった。一度だけ手首を切った時、母親に「そんなに死にたいなら、今すぐ首を切って死んで見せろ! 馬鹿でもそれくらいできるだろ!」と罵られた。それ以来、両親に見つかるのが恐ろしく、見つからない箇所を切っていたのである。

援交させられ金を巻き上げられる

中学を卒業した後、沙耶は成績不良のため付属の高校へ進学できず、県立高校へ進学した。学校へ通ってさえいれば、誰でも入学できるような偏差値の低い高校だった。これが彼女を狂わせた。

これまでどれだけ家庭に不満を持っていても、お嬢様学校だったために非行に走ることがなかった。非行を教えてくれたり、一緒にしたりする同級生がいなかったのである。だが、県立高校には選りすぐりの不良たちが群れをなしていた。

彼女が夜の街に魅了されるまで1ヵ月もかからなかった。友人たちとともに繁華街をたむろするようになったのである。そして先輩たちが行っていた援助交際グループに加わり、先輩が取ってきた客とホテルへ行って小遣いを稼ぎだした。先輩が3割取って、自分が7割。だが、金が貯まることはなかった。彼女は言う。

「お金はもらっていたんですが、私、なんかよくお金の勘定ってわかんないんです。それで先輩とかに、『これ買って』とか『ここの飲み代払っておいて』って言われてお金出してたんで、1日に4、5人お客さんとってもいつもお金がありませんでした」

私が見る限り、彼女は物事を深く考えようとしないタイプだ。IQの低さも関係しているのかもしれない。

物事を深く考えることなく、その場の空気に流されるだけ。質問をしても「そーかもしれません」「ですかねー」と曖昧な答えばかりして、ヘラヘラと笑みを浮かべてばかり。悪い表現をすれば、簡単にだまされるタイプである。

きっと先輩たちもそれを見透かして援助交際をさせ、お金を巻き上げていたのだろう。やがて彼女はいくら客をとってもほとんど分け前をもらえなくなった。

何度か補導されたことが原因で、18歳の時、沙耶は親から学校を止めさせられ、家から追い出される。頼る先は、寮のある風俗店だけだった。援助交際を続けたことで、性に関する道徳観や倫理観が壊れてしまっていたのだろう。

暴力団員の同居人は生活保護受給不可

風俗店で働きはじめたが、またすぐに彼女は「食いモノ」にされる。客の暴力団員と知り合い、貢がされるのである。暴力団員は覚せい剤の売人だったが、自分も極度の依存症になっていてお金がなかった。それで彼女が風俗店で働き、それを生活費にしていたのである。

同棲を初めて1年後、彼女は男の子を妊娠した。どうしようかと思って男に相談したところ、予期せぬ言葉が返ってきた。

「俺の子なら産んでいいよ。ちょうど子供が欲しかったから」

沙耶も温かな家庭に憧れていたので、「うん」と答えた。だが、これは後先のことを何も考えない出産だった。

産後、沙耶は男に赤ちゃんを預けて風俗の仕事で生活費を稼ぐつもりだった。だが、男は薬物におぼれてまったく育児をしてくれない。赤ん坊が死にかけたことも何度かあった。

沙耶と男は相談して、生活保護を受けようと考えた。だが、役所に申請しに行った際、こう言われた。

「暴力団員と一緒に暮らしている人には、生活保護の受給は認められません。受給を望むのなら男と別れてください。それであれば、一旦母子生活支援施設に母子で入ってもらって生活保護を受けることはできます」

沙耶は暴力団員の男と相談し、形だけでも別々に暮らすことにした。そして、沙耶は赤ちゃんをつれてアパートを出て、母子生活支援施設に入居したのである。

だが、彼女は男との関係を絶ったわけではなかった。施設に黙って風俗店で働き、その金を男に貢いでいたのである。施設側はすぐにそれを察知し、児童相談所も含めて話し合いを行った。施設の側が出した選択は次の2つだった。

・男性と完全に縁を切る。
・子供を乳児院に入れて男性と暮らす。

沙耶が選んだのは、後者だった。つまり、赤ちゃんを施設に預け、母子生活支援施設を出て男性と暮らすことだったのである。

この選択をした理由を、沙耶は次のように語る。

「乳児院に赤ちゃんを入れても、私は親なので面会に行くことはできます。なので、彼氏と住みながら風俗の仕事をし、休みの日は会いに行くってことができる。それであれば、別にいいかなって思って……」

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沙耶は心から赤ちゃんを愛し、そして男性を愛している。この2人がいなくなれば、自分は生きていけないと思うとまで語っている。だからこそ、男性といながら毎週赤ちゃんと過ごせる道を見出したのだ。

今、彼女は風俗の仕事をしながら、週に1回どころか、2日に1回くらいのペースで赤ちゃんに会いに行っているという。

母子の関係を解消した方が良いのか?

この事例からわかるように、沙耶はアイデンティティが薄く、常に人に流されるようなタイプだ。学習障害がきっかけで教育熱心な両親との関係が崩壊し、IQの低さもあってか人から利用されるような人生を歩んできた。そんな彼女にとって、貢ぎさえすれば一緒に暮らしてくれる暴力団員は、唯一つながっている人間なのだろう。

沙耶には育児の能力がない。だが、同時に赤ちゃんを心からかわいがっている。そのため、赤ちゃんを手放しながら、成長を見守るという選択をしたのだ。

ただ、赤ちゃんにとって、はたして沙耶の愛がよかったのかどうか。

沙耶が母子の関係を解消すれば、赤ちゃんは特別養子縁組で別の夫婦のもとで育つことができる。だが、彼女の愛情があるかぎり、赤ちゃんはずっと施設で暮らしながら沙耶だけでなく、暴力団員の父親とも関係を持たなくてはならない。小中学校になって親元に戻されることもあるかもしれない。それが長い目で見て、子供の人生にとっていいことなのかどうか。

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子供を手離すといっても、様々な形がある。完全に手が切れる場合もあれば、いい意味でも悪い意味でも、つながりを持ち続ける場合もあるのだ。

今の日本には、極度の虐待事案でないかぎり、児童相談所が親の意向を無視して子供との親子関係を一方的に切り離し、特別養子などに出すことはできない。欧米などに比べると、親の権利がまだまだ強いのだ。

いずれにせよ、沙耶の運命を決めたのは、学習障害だった。両親がこれを受け入れることができさえすれば、沙耶が糸の切れた凧のように夜の街をさまよい、欲望の蟻地獄に引きずり込まれずに済んだだろう。

そう考えると親の理解というのが子供ばかりでなく、孫にまで大きな影響を及ぼすことがわかる。

親がきちんとその子の特性を受け入れれば、学習障害を抱えていたとしてもその子にあった生き方ができる。だが、そうでなければ、子供は人生を踏み外し、さらに孫にまで大きな悪影響を与えてしまうことがあるのだ。

人はそれぞれ個性があるというが、親になるものは個性の認め方をしっかりと身に着ける必要があるだろう。

* 石井光太さん記事バックナンバーはこちら http://gendai.ismedia.jp/list/author/kotaishi

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