川崎フロンターレのMF中村憲剛。一人少なくなった後もチャンスを演出し続けた【写真:Getty Images】

写真拡大 (全2枚)

選手たちの脳裏に蘇ってきた約1ヶ月前の苦い記憶

 川崎フロンターレが前身のヤマザキナビスコカップ時代の2009シーズン以来、8年ぶり4度目の決勝進出を決めた。ホームの等々力陸上競技場にベガルタ仙台を迎えた8日のYBCルヴァンカップ準決勝第2戦で、退場者を出して一人少ない状況ながら3‐1で勝利。第1戦の黒星から2戦合計スコアで5‐4と逆転した90分間には、大黒柱のMF中村憲剛が経験した6度の“2位”を触媒として、2000年代から紡がれてきたフロンターレの進化の歴史が凝縮されていた。(取材・文:藤江直人)

----------

 あらためて数えてみると、ベガルタ仙台のゴールに迫った回数は実に「12」に達した。退場者を出して10人になった後半7分以降の川崎フロンターレが、カウンターを発動させたシーンだ。

 しかも、そのうち3度は6分間が表示された後半アディショナルタイムに繰り出されている。最後まで殺傷能力の高いナイフをちらつかせることができたと、大黒柱のMF中村憲剛は胸を張った。

「相手が違うし、スタジアムも今回はホームの等々力だったけど、それでも『引いたらやられる』というのを、あのときに全員が感じたと思うので。ブロックを作って守りますけど、どこかのタイミングで相手の数的優位というものを消していく作業をしていかなきゃいけないので」

 ベガルタの先勝で迎えた8日のYBCルヴァンカップ準決勝第2戦。もっとも、4日の第1戦で3点のビハインドから2点を返していたフロンターレは、精神的にもやや優位に立っていた。

 アウェイゴールの関係で、1‐0で勝利すれば来月4日のファイナルへ進出できる。そして、先発に抜擢された東京五輪世代の20歳、MF三好康児が青写真通りに前半29分に先制点を叩き込む。

 後半開始早々の4分にも、再び三好がゴールネットを揺らす。2戦合計スコアで4‐3と逆転した直後に、前半の段階で警告を受けていたDF奈良竜樹が2枚目のイエローカードをもらってしまう。

 選手たちの脳裏に、約1ヶ月前に刻まれた苦い記憶が蘇ってくる。フロンターレの先勝で迎えた9月13日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝第2戦と、状況はあまりにも酷似していた。

 中村が言及した「あのとき」とは、まさに浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムで喫した悪夢の逆転負けのことだ。流れが一気に変わったのは、DF車屋紳太郎が一発退場した前半38分だった。

 この時点でスコアは1‐1で、2戦合計でもフロンターレが4‐2でリードしていた。鬼木達監督は中村をベンチへ下げて、MF田坂祐介を車屋が担っていた左サイドバックに投入して逃げ切りを図った。

 結果としてこのさい配が裏目に出る。カウンターの起点となるパスの配球役が不在となったフロンターレは防戦一方となり、やがて耐えられなくなり、後半25分以降にまさかの3連続失点を喫した。

 クラブ史上初のACLのベスト4進出を逃した悪夢から、チームとして何を学んだのか。成長の跡を問われる状況で、鬼木監督はまずボランチの森谷賢太郎に代えてDF板倉滉を投入した。

堅守速攻型にシフトしたフロンターレを後押ししたベンチワーク

 人数で勝るベガルタが攻勢に出て、14分にフロンターレから期限付き移籍中のMF中野嘉大が1点を返す。もう1点を失えば再逆転を許す状況で、キャプテンのFW小林悠が全員を集めた。

「しっかりとブロックを作りながら、3点目を取りにいこう」

 自陣の中央で檄を飛ばした小林もまた、ACLで味わわされた悔しさを成長への糧に変えようとしていた。副キャプテンのDF谷口彰悟とともに、再び同じような状況に直面したときには、戦い方をはっきりさせようと幾度となく話し合ってきた。

「ズルズルいくよりは、多少時間を使ってでもみんなで集まって、意思を合わせようという話をしていた。そういう場面が失点した後に来たので、みんなで確認できたのは大きかったと思う」

 ベンチのさい配も、堅守速攻型にシフトしたフロンターレを後押しした。三好に代えて長谷川竜也、小林に代えてハイネルと、前への推進力に長けたドリブラーを投入して戦い方をより鮮明にさせた。

「後ろのバランスを崩すことなく前で点を取りにいって来いという形に、オニさん(鬼木監督)も変えてくれた。あのときの自分は(ピッチを)出た人間なので、みんなに託すしかなかった。今日は残してもらったというか残ったので、勝つために自分がもっているものをすべて出しました」

 再びレッズ戦を引き合いに出しながら、フル出場した中村が力を込めた。12回を数えたカウンターの1発目は、長谷川が投入された直後の23分。ハイネルが入った38分以降は、さらに顕著になった。

「1人少なかった割には、後ろが大きく破綻することはなかった。逆に相手のほうが、どうしたらいいかちょっと迷っている感じがしたので、これはいけるかなと。自分たちがバランスさえ崩さなければいけるかな、というのはありました。ACLのあの悔しさは、無駄じゃなかったと思います」

中村憲剛の覚えたデジャブ感。かつてのフロンターレの姿

 アディショナルタイムに入る直前には、長谷川が相手の戦意を奪う3点目を叩き込んだ。スピードを武器にするアタッカー陣を後方からのパスで操りながら、中村はちょっとしたデジャブを覚えていた。

「ここまでカウンターをバンバン仕掛けるウチも珍しいけど、だいぶ前はウチもそういうチームだったので。ちょっと昔っぽかったけど、それを思い出したのも僕だけだったかな」

 2005シーズンにJ1へ再昇格したフロンターレは、司令塔の中村が繰り出す縦パスから、ジュニーニョ、鄭大世(現清水エスパルス)らFW陣が敵陣へ迫る典型的な堅守速攻のチームだった。

「往復ビンタの張り合いなら、どこのチームにも負けない」

 当時の中村が寄せていた絶対の自信が、2006、2008、2009シーズンのJ1の2位、2007、2009シーズンのヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)準優勝の原動力にもなった。

 それでも、タイトルには手が届かない。時間は流れて、昨シーズンまで4年半指揮を執った風間八宏前監督(現名古屋グランパス監督)のもとでボールを保持し、相手を握り倒すスタイルを体得した。

 ヘッドコーチから昇格し、今シーズンからフロンターレを率いる鬼木監督は前任者の遺産を継承。同時に攻守の切り替えの速さや球際での激しさを注入させながら、チームをさらに進化させてきた。

 ベガルタとの第2戦をたとえれば、2点差をつけるまでがいま現在の、奈良が退場してからは2000年代のフロンターレだった。図らずも後者を体現できた価値に、歴史を知る中村は言葉を弾ませる。

「一人減ったから負けました、ではなくて、一人減ったけどチームの引き出しが増えて勝ったというのは、今後のチームにおいてすごく大きなこと。本当に偶然だったかもしれないし、本来ならそう(堅守速攻型に)したくないけれども、逆に引き出しを自分たちで作れたことがね」

アカデミーの選手として準優勝を記憶に焼きつけていた三好と板倉

 堅守速攻という経験値を全員が脳裏に刻んだことで、11人で戦うときに必要な状況が訪れれば、中村をして「相手を泳がせて、カウンターで仕留められるチーム」に試合中で変貌を遂げられる。

 鬼木監督のもとで、泥臭ささを体得しつつある今シーズン。攻撃でも新たな幅をもたせ、なおかつ8年ぶり4度目の決勝進出を果たせた価値ある勝利に、中村もかつてない手応えを感じている。

「今年のチームに関しては正直、いままでとは違うな、と感じている。試合を重ねるごとに、自分たちがやるべきことをしっかりやれば、タイトルに近づいていると実感できるというか。隙のない、渋いチームになってきているので」

 ベガルタとの第2戦では、実はもうひとつ、積み重ねられてきた歴史がプラスに働いていた。2007、2009シーズンの準優勝を、三好と板倉は会場だった国立競技場のスタンドで記憶に焼きつけている。

 同じ1997年生まれの板倉より1年遅れて、2007年に三好はフロンターレのU‐12に加入した。当時のコーチが2006シーズン限りで現役を退き、指導者に転身したいま現在の鬼木監督だった。

「決勝戦は2度とも、アカデミーの選手全員で観戦しましたし、アカデミーながらも悔しい思いもしていた。あれだけすごい選手たちがいても、勝てないのかと。あのときも思いましたけど、自分がその立場になったので、アカデミーの子どもたちが来る前でタイトルを取れる、というのを見せたいですね」

 埼玉スタジアムを舞台に、ともに初タイトルをかけてセレッソ大阪と対峙する11月4日の決勝戦で観戦するであろうU‐18以下のホープたちへ、クラブ生え抜きの三好は初の戴冠を見せたいと誓う。

 J1に定着した2005シーズン以降の歴史が、タイトルに無縁だった悔しさを介して、いま現在をへて未来へと紡がれようとしている。三好の熱い決意を聞いた中村は、再び表情を綻ばせている。

「そういう選手が扉をこじ開ける、というのは素敵だよね。そういう選手が歴史を覆すのは。僕はもういいよ。アイツらが頑張れるように、伸び伸びとプレーさせるだけだから」

「優勝したときには、まず憲剛さんにカップを掲げてほしい」(小林悠)

 三好の先制点を、相手の意表を突くノールックのヒールパスでアシストしたのは中村だった。ヒーローインタビューを受けている20歳を待ち、寄り添いながら一緒に挨拶へ向かったのも中村だった。三好が照れながら笑う。

「やっと来たな、と憲剛さんから言われました。待っていたぞ、という感じで。嬉しかったです」

 2009シーズンの決勝戦で悔しさを味わわされたメンバーで今シーズンのチームに残っているのは、自分の他には登里享平と田坂、ベガルタ戦ではベンチ入りしていないDF井川祐輔しかいない。

 そのなかでもJ2を戦っていた2003シーズンに中央大学から加入し、以来、フロンターレひと筋でプレーしてきたバンディエラ、中村が胸中に募らせてきたタイトル獲得への思いは誰もが知っている。

 延長戦の末に鹿島アントラーズに屈し、二冠獲得を許した今年元日の天皇杯決勝を含めて、準優勝に泣くこと実に6度。いつしか“シルバーコレクター”と揶揄されるようにもなった。

 2010シーズンに拓殖大学から加入し、中村が長く務めてきたキャプテンを今シーズンから引き継いだ小林が、勝利の余韻が残る取材エリアで胸を熱くさせるようなプランを明かしてくれた。

「優勝したときには、まず憲剛さんにカップを掲げてほしい。僕はキャプテンですけど、別に2番目でいいので。真っ先に憲剛さんに、という気持ちはあります。タイトルを取りたいという気持ちは一番強いと思うし、そこは譲りたいと考えています」

 直近の対戦ではセレッソに5‐1で快勝しているが、一発勝負の決勝戦は何が起こるかわからない。奈良も出場停止となる。ゆえに慢心しているわけでも、相手を甘く見ているわけでもない。

 それでも、分析を含めた準備をしっかりと整え、万全な心技体で臨めば――成長の途上にあるいま現在のフロンターレならば、勝機は十分にあるとチームに関わる誰もが手応えを深めている。

 そして、クラブの悲願を成就させたときには、喜怒哀楽のすべてを知る大黒柱がロイヤルボックスの中央でカップを天に突き上げて、全員で咆哮をとどろかせる。最高にして理想のシナリオは、もうできあがっている。

(取材・文:藤江直人)

text by 藤江直人