V・ファーレン長崎の前田悠佑

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 面白いことを言う人だと思った。「僕はJリーガーになったのが遅かったので、まだまだJリーガーとしては“若い”んですよ。だから、ここからもっともっと成長できると思っていますし、それをポジティブに捉えながら、日々の練習なり試合なりをやっているのかなとは思っているんです」。前田悠佑。32歳。職業は、“Jリーガー5年生”。3度目となるJ1昇格争いの渦中に身を置きながら、全力で、それでいて飄々と、さらなるステージを追い求める気概は、少しの揺るぎもない。

 10代の後半を過ごしたのは福岡県立筑前高校。「『どこ出身?』って言われて、説明するんですけど誰も知らないんですよ。『ヤフオクドームの隣にあるよ』と言えば、県内の人はみんなだいたいわかってくれるんですけど(笑)」と自ら語る県立高校のサッカー部で3年間を送る。最後の選手権予選はベスト8まで進出するも、東福岡高に0-7で大敗を喫し、高校サッカーに終止符は打たれた。

 20代を迎えたのは西南学院大学。サッカー部を強くしたいという監督の熱意に影響を受けたことは確かだが、「たまたま受けて、たまたま受かった」ことも隠さない。2部リーグ所属ながら、3年の夏には総理大臣杯に九州代表として出場する。ただ、初戦で平山相太(現仙台)や藤本淳吾(現G大阪)を擁した筑波大学に0-4で敗戦。「全然歯が立たずに、ボコボコにされました」と前田。これが学生時代に唯一経験した全国の舞台。2017年シーズンのJリーグ選手名鑑を熟読しても、“筑前高校”と“西南学院大学”の文字は、前田のプロフィール欄を除いて目にすることはない。

 大学4年時には、いくつかのJクラブに練習参加したものの、芳しい返事をもらうことは叶わず、九州リーグに在籍していたホンダロックSCに加入。社業とサッカーを両立させる日々がスタートした。「朝8時から夕方5時まで仕事をして、6時から練習が始まって、8時くらいに終わるんです。そこから家に帰って、また朝から仕事をすると。それの繰り返し」の毎日。当時の所属は“安全衛生課”。主たる業務は工場の安全と衛生の管理であり、パソコンの前に座ることもあれば、「『そこは危険だよ』とか『ここを直してください』とか言いながら工場内を見回ることもあった」そうだ。前述のプロフィール欄。資格の項目には“第一種衛生管理者”がどことなく誇らしげに記載されている。

 サッカー面では明確な結果が付いてくる。入社2年目。チームは地域決勝を勝ち抜き、JFL復帰を手繰り寄せる。2シーズンの九州リーグで重ねたゴール数は23。「昔はそういうプレーヤーだったんです。自由にやらせてもらっていたので」と本人は笑うが、その数字がチームにおける存在の大きさを何よりも物語っている。

 そこから3シーズンはきっちりJFLに残留。2009年の天皇杯2回戦では、前田が決勝PKを沈め、東京ヴェルディ相手に白星を手にした。「『もうこのまま安定しながらサッカーをやるのもいいのかな』という部分もありながら、『でも、やっぱりサッカーだけをやりたいな』という部分の葛藤がありつつ」、気付けばホンダロックでのプレーも5年が経っていた2011年シーズンのオフ。同じJFLを戦っていたV・ファーレン長崎から正式なオファーが届く。

 実は長崎からのオファーは初めてではなかった。前述した入社2年目の地域決勝。ホンダロックと共に昇格を決めた長崎の強化部から、その場で獲得の打診を受ける。結果的に1度目の話は流れたが、2度目のオファーは「本当に贅沢な話なんですけど、ホンダロックでは『やることはやらせてもらったな』という“やり切った感”があって、『ここしかないな』というタイミング」と重なった。妻の「何とかやっていけるんじゃないの?」という力強い言葉も背中を押す。「本当にサッカーに情熱がないと、たぶん耐えられない環境でしたけど、そこがあったから今があるんですよね」というホンダロックでの5年間を経て、前田はプロサッカー選手としてのキャリアを踏み出す決断を下した。

 プロ1年目はなかなか出場機会を得るまでに至らなかったものの、チームは見事にJFL優勝を果たし、悲願のJリーグ加盟を手中に収める。28歳で手にした“Jリーガー”という職業。迎えた2013年シーズンの開幕戦。後半41分から途中出場を果たし、早々にJリーグデビューも果たす。

 高木琢也監督との出会いも語り落とせない。監督自ら「相当走らせたからね」と笑った就任初年度。前田も「『何だ、コレは?』と(笑) マジでヤバかったです」と苦笑しながら、当時を思い出す。ただ、「今までウチに来たヤツらは数々いるんですけど、走った量では絶対負けないですね。アレがあるから、32歳になっても『まだまだやれるかな』というベースを作らせてもらったかなと思います」と続けた言葉から、指揮官との信頼関係が垣間見える。

 以前、高木監督がこう話していたことがあった。「前ちゃんは昔から考えれば、本当に成長したと思うよ」。そのことを本人に伝えると、「成長している実感はないです(笑) まだまだいろいろとキツめのアドバイスをもらいますし、毎試合毎試合僕にとってはラストチャンスのつもりでやっているので、全然伸びたとかいうのはないです。必死にやっているだけですね」と話した直後、「でも、昔は本当に『何だ、コイツは』という感じだったと思いますよ。メンタル的にも弱かったですし、監督からちょっと厳しく言われたら、シュンとなっていたようなプレーがたぶん出ていたと思うので、それは言われても仕方ないのかなと思いますね」と過去の自分を振り返る。

「ということは、メンタルの部分も成長してるんじゃないですか?」と尋ねると、「そうですね。そうか、そうか。感じてないだけで成長してますね」と前田は快活に笑ったが、「自分では気付かないですね。気付かないというか、『成長したな』と感じちゃうとそれで終わっちゃうので。常に上には上がいますから」と言い切った姿に、“Jリーガー”としての確かな矜持が滲んだ。

 クラブとしての成長も実感している。「全然変わりましたよ。一応クラブハウスもありますし、グラウンドもありますから。昔に関してはそういうのもなかったし、1時間以上掛けてグラウンドまで行って、練習して、また帰って、2部練をやったりもしていましたし、そういった面を考えると相当変わりました」。それでも、視線はさらに上を見据える。「社長も変わりましたし、もっともっとプレーしやすい環境が整ってくると思うんですよ。これから入ってくる選手はどんどんやりやすくなってくるはずなので、選手もそうですけど、チームとしても成長しないといけないし、クラブとしても大きくなっていけると思います。こういうクラブがあることは、長崎という土地にとっても凄く良いことですから、もっともっと成長していけたらいいなと思っています」。もはや長崎の中では、数少ないJFL時代を知る最古参。クラブへの愛着も人一倍強い。

 “Jリーガー”になって5年目の今シーズン。コンスタントに試合出場を重ねていた5月末から、前田はカカトのケガで1か月近い戦線離脱を余儀なくされる。「試合に出れない悔しさと、練習ができない悔しさが大きくて、メンタル的にやられる部分はあった」時間の中で、あることの重要性に改めて気付かされる。それは「ホーム戦の時のボランティアの人や、いろいろサポートしてくれている人たち」の存在。「喜ばしいことなんですけど、今まではメンバー外になるということがあまりなかった中で、離脱していた時期にそういう部分を見ることがより多かったので」、支えてくれる人たちのありがたさを痛感した。「なおさら『上に上がりたいな』と。『J1に上がってあの人たちと一緒に喜びたいな』ということを強く感じられた」1か月が、前田の決意をより色濃いものにさせたことは間違いない。

 J2第36節。FC町田ゼルビアとのアウェーゲームは、オウンゴールで先制したものの、終盤に同点ゴールを許す展開で、勝ち点の上積みは1にとどまった。試合後。前田は「アウェイということを考えると、勝ち点1を持って帰れたことはプラスに捉えて、次はホームでできるので、そこでしっかり勝ち点3を取ると。たぶん上位陣も全部勝つことは不可能ですし、そこで慌てずに、僕らがしっかり自分たちのやることを変えずにできれば、絶対また上に上がれると思うので、そこは見失わないようにやりたいと思います」と前を向く。

 実はこの日のメンバー18人の中で、2年前のJ1昇格プレーオフを知る選手は前田しかいなかった。当時の経験を踏まえ、自身の果たすべき役割をこう語る。「やっぱり今からの試合はメンタル的な勝負になってくると思うんです。そこでブレないことと、何ができて、何ができないのかをチームで感じて、それを毎試合続けていくことが重要になってくると思うので、自動昇格が一番いいんですけど、もしまた倍のプレッシャーが掛かるプレーオフに行ったとしても、チームのプレーができるメンタリティを今から身に付けていく、そういうことを伝えていく役割を、やっていかないといけないのかなと思います」。自分のため。クラブのため。そして、クラブを取り巻く人々のため。残された6試合への覚悟は決まっている。

 冒頭の言葉を聞いたのは今年の2月。面白いことを言う人だと思った。8か月前の話を蒸し返すと、「若いです。若いです。勉強中ですよ。まだ“Jリーガー5年目”ですから」と少し笑った後、こんな想いを教えてくれた。「僕みたいなキャリアでも“Jリーガー”になれるんだぞ』というのを少しでもわかってもらえればいいかなって。どうしても“Jリーガー”ってキャリアがある人がなれるものだと思いがちで、僕もそういう風に思っていましたけど、実は誰でも下から上まで経験できるチャンスは持っている訳で、そういうことを数人でもいいので(笑)、気付いてもらえればなと。経歴を見たら全然知らんような名前のチームばかりで。でも、『J1まで行ったんだぞ』みたいな。そういうのは目標にもしやすいかなと思うので、これからJリーグを目指す選手たちに、少しでもその可能性を伝えられればいいのかなと思いますね。でも、僕にもまだまだ先があるので(笑)」

 前田悠佑。32歳。職業は、“Jリーガー5年生”。唯一無二のキャリアを歩みながら、誰もが憧れるJリーグの舞台まで辿り着いた男の「まだまだ先」には、あるいは本人の想像すら超えてしまうような、限りない可能性が秘められている。



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