兄弟ともに哲学を持っていた ZUMA Press/AFLO

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 混沌とする世界情勢にあっても、歴史の偉人たちは叡智を結集し、難局を乗り越えてきた。その時、彼らが武器としたのは「言葉」だった。長年、各国のリーダー、英雄たちを取材してきた落合信彦氏が、アメリカのリーダーたちが遺したメッセージを、未来を担う読者へお届けする。

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 アメリカ合衆国第35代大統領のジョン・F・ケネディは、就任演説で彼の政治哲学、歴史観、理想と夢、そして現実的かつ具体的政策などすべてを盛り込んだスピーチを行った。東西冷戦の真っ只中、ケネディは西側諸国の結束を訴える。そしてソ連を筆頭とする東側諸国に対しては協調を説く。その上で国民にこう語った。

「わが同胞アメリカ国民よ、国家があなた方のために何をするかではなく、あなた方が国家のために何ができるかを問うてもらいたい」

 いかがだろうか。次の選挙で当選することしか頭にない、「議員であり続けること」を最重要課題とする今の政治屋たちには決して紡ぐことのできない言葉である。アメリカがわが世の春を謳歌していた時代にありながら犠牲を求める。繁栄と自己満足にひたっていたアメリカ国民に、冷戦という現実の厳しさを心得ながらも、知られざる未来に立ち向かっていく決意を抱かせたのだ。

 そんなケネディが1963年に非業の死を遂げた後、アメリカに残された最後の希望はロバート(ボビー)・ケネディであった。

 ケネディの後を継いだジョンソン大統領は、ケネディが慎重だったアメリカ正規軍のヴェトナムへの投入を決断する。ヴェトナム戦争は急激にエスカレーションの一途を辿り、泥沼化。アメリカ国内は八つ裂きの状態にあった。ボビーにとって一番の問題はヴェトナムをいかに解決するかであった。

 ヴェトナムに関する彼のスピーチは、政策面よりもモラルの哲学の面から語ったものが多い。道義的に間違っているからストップするべきという主張だ。1967年3月、上院でボビーは議員たちに訴えた。

「不完全なこの世界は、時には戦争という行為を必要とするかもしれぬ。しかし、心に正義を持った人間は、それらの行為がたった一人の子供にもたらす苦しみと痛みから目をそむけてはならない。(中略)

 ヴェトナムの子供たちを焼き殺しているのは、われわれの化学兵器であり、村々を破壊しているのはわれわれの爆弾なのだ」

 このスピーチを思い起こす時、米大統領の劣化を嘆かずにはいられない。今年4月6日、米中首脳会談の最中に、アメリカの駆逐艦からシリアのアサド政権支配下の空軍基地に向けて59発のトマホークミサイルが発射された。

 内戦状態にあるシリアで、政府軍が化学兵器を使用して多数の死者が出たことへの対抗措置だというが、その説明を鵜呑みにする者はいないだろう。トランプはそれに先立つ4月2日のフィナンシャル・タイムズのインタビューで、北朝鮮の核・ミサイル開発について「中国が解決しなければ、我々がする」と述べ、中国が北朝鮮に対する圧力を強化しなければアメリカは軍事行動を辞さないと仄めかしていた。

 シリア攻撃はその本気度を見せつけるためだけに行われたと見る向きは多い。シリアの国営通信社は、そのミサイル攻撃で市民9人が死亡し、うち4人は子供だったと報じた。

 駆け引きのためにミサイルをぶっ放す、それがトランプだ。ボビーは軍事行為が招く悲劇や痛みから目をそむけることなくきちんと正視し、そして正義のための決断を下した。そうしたボビーの精神を受け継ぐ者がいないアメリカは、もはや世界の警察官にはなれない。

 話をヴェトナム戦争に戻そう。ジョンソンが軍事的勝利だけを追っている以上、ヴェトナム問題の真の解決を図るにはボビー自身が大統領になるしかなかった。大統領選出馬を決意したボビーが最初に臨んだインディアナ州の予備選から私はボランティアとして参加したが、そこで兄に劣らぬ政治家としての覚悟を見た。

 インディアナ・キャンペーンが始まる1968年4月4日の夕方、前日にひと足先にインディアナポリス市入りしていたわれわれボランティアはボビーを迎えるため空港に行った。その時、われわれはまだ知らなかったが、最悪の事態がもち上がっていた。キング牧師がテネシー州のメンフィスで白人にライフルで撃ち殺されたのだ。

 インディアナポリス空港にボビーの乗った飛行機が到着した。タラップを降りてゲートに向かおうとしたボビーに、インディアナポリス警察署の署長が立ちはだかり、こう言った。

「セネター・ケネディ、あなたは命を狙われている。すでに二人のスナイパーがビルの屋上で見つかり私の部下が捕らえた。まだまだいる可能性がある。今日は町に入らない方がいい」

 その夜、ボビーはインディアナポリスの黒人街のど真ん中でスピーチを行うことになっていた。キング牧師が殺されたとあっては、黒人も黙っていないかもしれない。しかし、ボビーは署長を見据えてこう言った。

「命というものは意味がある時に使って初めて価値があるのだ。私は行く」

それを聞いた署長の顔が真っ青になっていくのがわかった。彼はわきにどき道を空けた。 現代の政治家たちは理想のために命を使うのではなく、自らの政治生命を守ることが第一の目的になっている。

 安倍首相の行った内閣改造などその典型だ。山積する政治的課題に取り組むためではなく、加計、森友といった疑惑によって下がった支持率を回復させるための内閣改造だ。

 疑惑を招いた張本人は安倍自身なのに、他の閣僚を入れ替えれば政権維持が可能だと思っているのだ。有権者を馬鹿にするにもほどがある。 理念ある素晴らしき政治家はどこに消えたのか。

※SAPIO2017年10月号