私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...




手に入れた物よりも、手に入らない物の数を数え始めたのはいつからだろうか。

「東京は、権力者に可愛がられた者が勝つ」

今でも、私は真理亜に言われたこの言葉をふと思い出す。

私はこの東京で、何を得て、何を失ったのだろうか...



「彩乃に紹介したい女の子がいるから、『キャンティ』に20時集合で。」

某音楽会社のCEOである松田さんから連絡が来た時、私は会社で必死に資料集めをしていた。

平凡なOLでありながら、東京でもかなり有名人の類に入る松田さんとは、大学時代にアルバイトしていた場所で知り合った。

“スレてないところがいい”と言って、何故か松田さんは私を気に入ってくれ、昨年大学を卒業し、社会人になった今でもこうして何かの集まりがあれば呼んでくれる。

しかし、今日は男性ではなく女の子を紹介してくれると言う。

一体、どういう風の吹き回しかしら?と思いながら、慌てて仕事を片付け、私は西麻布へと向かった。

23歳という若さで、東京の老舗中の老舗である名店へ足を踏み入れられるのなんて、選ばれた女性のみの特権。

そんな幸せと優越感に浸りながら、背筋を伸ばして地下へと続く階段を降りた。

私は薄暗い店内を見渡し、松田さんの姿を確認するのと同時に、彼の隣に座る一人の女性に目を奪われた。

それが真理亜だった。

一見派手な顔立ちに、くっきり引かれたアイライン。小柄ながらも、何故か目を引かれ、彼女と数秒間見つめ合った。

これが、すべての始まりの夜だったー。

この出会いが私の心を引っ掻き回すことになるなんて、この時の私は全く想像していなかった。


東京で、新たな物語が始まる。それは女同士の嫉妬の争いの始まり...


初ディナーは『CHIANTI 』で


「彩乃、こちら真理亜ちゃん。今日上京したばかりなんだけど、同じ年でしょ?仲良くしてやって。」

松田に紹介された真理亜が、サラサラとなびく長い髪を掻き上げながら「宜しくお願いします」と微笑む。

その仕草はまるで、スローモーションのように見えた。

「き、今日上京して来たんですか?」

「そうなんです。このお店が東京での、記念すべき初ディナーです。」

・・・ちょっと待って。

『キャンティ』が東京での初食事?

真理亜の発言と、人を巻き込むような独特のペースに、思わずこちらのペースも乱れる。

「このスープ美味しい〜。ここ、有名なお店なんですか?」

呑気にスープを飲んでいる真理亜を見て、鼻で笑ってしまった。こんな有名店すら知らないなんて、所詮田舎者だ。

とは言え、東京出身の人だって、この店に来たことない人はたくさんいる。 そもそも、数時間前までどこかの地方にいたくせに、どうして東京の中心人物であるような松田さんと知り合いなのだろうか。

「共通の知人の紹介で。」

聞けば、松田さんがお世話になっている音楽協会の会長が関西出身で、真理亜は神戸時代にその会長と知り合い、そこから松田さんと繋がったと言う。

それを聞いた途端、さっきまで私が感じていた優越感は、音を立てて崩れていった。




「真理亜ちゃん、結局家はどこにしたの?」

「麻布十番にしました。大使館とかも多くて治安良さそうだから、親も安心だという理由で。」

その答えを聞いて私は、今度は持っていたフォークを落としそうになる。

23歳、最初に住む家が麻布十番...。私なんて、池尻大橋がやっとなのに。

不意に、昔感じた苦い感情が、ヒリヒリと私の胸を焼いていく。

私は中学校から、カトリック系の私立の女子校に通っていた。いわゆる“良いところのお嬢さん”ばかりが集まるその学校に、いつしか馴染めなくなっていった。

いや、表面上は馴染んでいたと思う。馴染めるように、一生懸命取り繕っていたのかもしれない。

しかし実際のところ、大企業の社長や銀行頭取の愛娘達が集まるその学校の中で、一般企業勤めの家庭で育った私は肩身が狭かった。

その頃からだろうか。

いつの間にか、無理をして少しだけ自分を大きく見せるというワザが身についたのは。

「彩乃さんは、どこに住んでいるんですか?」

真理亜の質問に、ふと我に返る。

屈託無い笑顔で聞いてくる真理亜に対し「池尻です」と、私は小さく答えた。


私より、なんでこの子が可愛がられるの?男の懐に上手く入る女


東京で、港区で生きるために、おさえておくべき人物


記念すべき私たちが出会ったその日は、そのまま松田さん行きつけの、青山にある会員制のバーへ移動した。

ここは松田さんが楽しむためのバーであり、松田さんの顔見知り以外はVIPエリアには入れない。

店に入り、そのままカーテンで仕切られた奥の空間へと突き進むと、すでに何人かの有名起業家やフォトグラファー、個人的に好きだった元日本代表のサッカー選手たちが集っており、次々と松田さんに挨拶に来た。

中には、有名な俳優もいた。

そんな彼らと一緒にいると、私のテンションは上がる。まるで自分までもが特別な人間になれたような気がするから。

東京は、時として不思議な街である。

日本で最も人口が多いはずなのに、たまにこの街は、ほんの一部の人だけで回しているのかという錯覚に陥る。それくらい、コミュニティーが狭い。

「ここはね、俺と一緒に来ないと入れない場所だから。」

松田さんが、小声で真理亜に囁いている。うっかり忘れていたが、真理亜は今日東京から出てきたばかり。

私は、23年間東京で生きてきて、ようやくこのVIPエリアへのアクセス権を手に入れたのに...

飛び交うシャンパンとテキーラ一気の声が、遠のいていった。




気がつけば深夜2時を回っており、そろそろお開きの時間だ。

ふと真理亜を見ると、松田さんが「送っていくよ」と言っている。私はタクシー代を貰い、一人でタクシーに乗り込んだ。

二人に見送られながら、何故か急に虚しくなる。

私の実家は、東京にある。東京と言っても、少し外れの方だ。大学を出たら一人暮らしをすると決めており、池尻大橋に念願の部屋を借りた。

どうして私は、一人で頑張って家賃を払わなければならないのだろうか。

真理亜のような女性は学生時代からたくさん見てきた。20代のうちから妙に良い家に住んでいる女性たち。

彼女たちには皆、バックアップしてくれる人たちがいた。どうせ真理亜もそんな感じだろう。

そう思っていた1週間後、私は真理亜のSNSを見て思わず携帯を握りしめた。

三田にある『綱町三井倶楽部』で大々的に行われていたハイブランドのカクテルパーティーで、この前のバーにいた元日本代表選手との2ショット写真が投稿されていたから。

慌てて真理亜にメッセージを送ると、サラリとした返事が返ってきた。

-この前のバーで出会ったフォトグラファーさんに連れて行ってもらったの。今度、彩乃ちゃんも一緒に行こうね❤

私も同じ場にいたはずなのに、どうして真理亜だけ...?

いつの間にか、私の心は嫉妬という黒い感情で覆いつくされていた。

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