元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週、外交官の元彼・康作に本心を見抜かれていた奈緒。さて、今回は・・・?




ー結婚式って、やっぱり素敵よねぇ。

奈緒は、大学時代に所属していたサークルの先輩を祝うため、結婚パーティーに参加していた。

「しばしご歓談ください」と司会が言ったのを合図に、奈緒はさっそく新郎友人たちの左手薬指に目をやった。

新郎は、外資コンサルから総合商社に転職した男だ。その友人となると巷の結婚紹介所なんかよりよっぽど、ハイクラスな男性が揃っている。

ーざっと見たところ、かなり指輪率低いじゃない。

彼らに話しかけるタイミングを見計らっていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。

「奈緒ちゃん・・・?お久しぶりね」

奈緒が振り向くと、サークルの2つ上の先輩・玲子が立っていた。

黒いレースのワンピースに真っ赤な口紅、髪の毛をピシッとまとめた玲子は、「私はCA」という強いオーラを放っており、奈緒は萎縮してしまう。

CAは、独特のメイクとヘアスタイルを崩さず、現役であろうとOGであろうと、一目でCAとわかる「私はCA」オーラの女性が多い気がする。

「わあ、玲子さんお久しぶりです。あれ?今日は、宏樹さんと一緒じゃないんですか?」

奈緒が聞くと、玲子の顔が強張り、妙な空気が流れた。

「ええ、そうなの。詳しい話はちょっと・・・。積もる話もあるし、パーティーの後、お茶でもどうかしら?」

「え、この後ですか?」

奈緒はすぐに返事ができなかった。

この後運命の出会いがあるかもしれないのに、二次会を玲子さんに先約されるなんてついてない。

ーでも、NOとは言えないよなぁ。

一瞬考えた後、「私も玲子さんとお話したいのでぜひ!」と、渋々ながら笑顔で答えた。

玲子は、奈緒が昔付き合っていた男・宏樹の妻である。

元彼である宏樹と玲子さんの結婚生活に、少しだけ興味もあった。


宏樹の妻から明かされた真実とは・・・?


元カノと元妻の謎の会合


パーティー後、二人は『シクスバイオリエンタルホテル』に向かった。

「パーティーって満足に食べられないわよね。お腹空いちゃって・・・何か頼んでもいいかしら?」

奈緒が了承すると、玲子は前菜にメイン、パスタを次々にオーダーし始めた。

「奈緒ちゃん、確か飲めるわよね?赤ワインのボトルでも頼みましょうよ。すいません、渋みとコクが程よくて、メインのお肉に合うもの、ボトルでお願いします」

それから乾杯を終えると、玲子は堰を切ったように話し始めた。

「実はね、宏樹と3ヶ月前に別れたのよ。おめでたい場でこの話は、気が引けるでしょう?」

驚いて玲子の左手薬指を見てみると、確かに指輪はない。奈緒は、男性の左手薬指だけは瞬時に確認してしまう自分のクセを苦々しく思った。

玲子は、あっという間にワインを3杯飲み干し、メインのステーキを頬張りながら勢いよく話し続ける。

「奈緒ちゃん、昔、宏樹と付き合ってたから分かると思うんだけど、あの人、かなりのグルメじゃない?それが理由で別れたのよ。仕事の面では感謝もしてるんだけど、ちょっとね・・・」

そう言って語尾を濁した。

奈緒はその続きを待っていたが、彼女は「ごめん、お化粧室に行くわ」と言いながら席を立った。

-なんだか、今日は長くなりそうだなぁ。

奈緒はテーブルに置かれたワインボトルをぼんやり見つめながら、玲子がお化粧室から帰ってくるまでの間、宏樹との日々を回想していた。



奈緒は女子大時代、他大学と共同のテニスサークルに所属していた。

宏樹は2つ上の先輩で、サークルのOBOG会で再会し、その後付き合い始めた。奈緒は23歳、宏樹は25歳だった。

宏樹は学生時代からすでにいくつかのビジネスをしており、現在はフリーのWEBデザイナーとして、その道ではかなり有名らしい。

どこか保守的な奈緒にとって、会社に所属しない働き方は不安だったが、宏樹は普通の25歳には真似できない、財力と時間、人脈があり、奈緒の経験値をぐっと引き上げてくれた。

玲子が言っていたように、宏樹はとにかくグルメで、美味しいもののためなら、全国どこにでも飛んでいく男だ。

今でも奈緒は、レストラン選びの参考にするため宏樹のインスタグラムをフォローしているが、直近では、『カイノヤ』のためだけに鹿児島へ行き、2週間前は秋田の『日本料理たかむら』に行っていた。

宏樹と付き合ったおかげで、奈緒は23歳にして、新橋の『京味』や京都の『未在』も経験済みだった。




ある日、宏樹と『ビストロボンファム』で食事を終え、赤坂溜池タワーレジデンスにある宏樹の部屋に帰り、ふたりで紅茶を飲みながら寛いでいた時のことだった。

「なあ、奈緒。ここに一緒に住まないか?仕事も辞めて、家事なんかやってくれたら嬉しいんだけど」

-プ、プロポーズ・・・!?

突然の出来事に呆然としながら、宏樹と目が合ったらすぐに答えを言わないといけない気がして、慌てて窓の外に目をやった。

そこには、東京の夜景が一面に広がっていた。

強い光と弱い光が織りなす、美しくもどこか切ない東京の夜景。それを眺めながら答えを必死に探していると、宏樹が奈緒の肩を抱き寄せてきた。

「ありがとう。喜んでお受けします」

奈緒が決心したように、ゆっくりと口を開くと、次の瞬間、とんでもない言葉が返ってきた。

「喜んでお受けしますって、どうしたの。結婚でもないのに」

「え、結婚じゃないの・・・?どういうこと?」

「結婚を考えるステップだけど、今すぐに結婚はしない。条件は・・・」


宏樹の突きつけてきた条件とは・・・?


捨てる神あれば、拾う神あり


お化粧室から戻った玲子は再びワインを飲み始めたが、とろんと眠そうな目と、ほんのり上気した頰が妖艶で、奈緒は思わずドキリとしてしまう。

今なら、普段聞きにくい話に玲子が答えてくれるチャンスかもしれない。

奈緒は、ワインを一口ゴクリと飲みこみ、玲子に話を切り出した。

「あの、玲子さん。前から気になってたこと、聞いてもいいですか?」

「もちろんよ、何かしら?」

「過去の話を蒸し返して悪いんですけど、玲子さん、宏樹さんと付き合ってすぐに仕事辞めて、同棲始めましたよね。結婚してないのに家事を強いられたり、自分の収入がなくなることに不安とかなかったんですか?」

あの夜、奈緒が宏樹から告げられた条件はこうだった。

・家賃、生活費は宏樹が負担する。
・宏樹の地方遠征にいつでも付いていけるように、仕事を辞める。ただし地方への旅費や食事代は宏樹が負担する。
・家事はすべて奈緒が担当する。食品の購入は宏樹指定のスーパーに限り、おかずは5品以上、旬のものを必ず取り入れる。

サークル仲間によると、宏樹が彼女にこれらの条件を突きつけて踏み絵を強いることは有名で、歴代の彼女は怒って宏樹のもとを去ったという。

しかし、玲子だけはすぐに条件を呑み、仕事も辞めて宏樹に尽くし続けた。

周囲は、正気の沙汰とは思えないと面白おかしく騒ぎ立てていた。

奈緒は、ずっと聞きたくて聞けなかったことを、今思い切って聞いてみたのだ。

が、玲子は全く反応しない。

さすがにまずかったのだと反省し、「少し言い過ぎました。ごめんなさい」と謝って玲子に視線を向けると、なんとスヤスヤと眠ってしまっていた。

-うそでしょ・・・!

「玲子さん、起きてください」

強めに肩を叩いて玲子を起こそうとするが、玲子はすっかり夢の中らしく、ムニャムニャ言っているだけだ。

「送って行きますから。お家どこですか?」

何を言ってもあんにゅいな反応しかない。

玲子が起きるまでお店にいるのも忍びないし、自宅も知らないため送って行くことも出来ない。

奈緒は仕方なく、清澄白河にある自分の家に玲子を連れて帰ることに決め、タクシーを呼んでもらうことにした。

支払いをすませながら、奈緒は唇を尖らせた。

ワインも食事もほとんど玲子が食べたうえに、タクシー代も払うなんて散々だ。

「明日、絶対に玲子さんから徴収しなくちゃ」と心に決めて、残りのワインを一気に飲み干した。




店員からタクシーの到着を知らされ、相変わらずムニャムニャ言っている玲子を何とかタクシーに押し込む。

「すみません、荷物とってきます」

運転手に伝えて小走りでまた店内に戻ると、そこに一人の男性が立っていた。年齢は35歳前後だろうか。

奈緒は、何か(玲子が)失礼なことでもしてしまったのか、文句を言われるのかと身構えた。

だが意外なことに、男性はにっこりと笑った。

「大変でしたね。荷物重いでしょう。僕が運びますから」

言うと同時に、奈緒と玲子の荷物をタクシーまで運んでくれた。

奈緒が慌ててお礼を言うと、男性は名刺を取り出し「気をつけて」とだけ呟いて奈緒に手渡した。

-Shinya Kasano

某外資コンサルのシカゴ本社勤務。

名刺の裏に書かれたLINEのIDを眺めながら、奈緒は「捨てる神あれば拾う神ありだわ」と、何かが始まる予感で胸を躍らせた。

▶︎NEXT:10月17日 火曜更新予定
次週、酔いから覚めた玲子のマシンガントークが止まらない!その頃、奈緒は新たな出会いに・・・。