「最近、良い出会いがない」

未婚・美人の女性に限って、口を揃えて言う言葉である。

しかしよくよく話を聞いてみると、その言葉の真意はこうだ。

「理想通りの、素敵な男性がいない」

フリーランスでバイヤーをしている亜希(32)も、そんな注文の多い女のひとり。

ふさわしい人”を探して迷走する亜希。メガバンク勤務の宮田賢治とデートをするも、「海外志向がない」という一点だけで幻滅してしまう。

彼には、ときめかない。そう結論づけていた亜希だったが、知らぬ間に宮田賢治は別の女性と付き合っていることを聞かされ、偶然にも二人が仲睦まじく歩く姿を目撃。

しかし賢治から再びデートに誘われ、「あの子は彼女じゃない」と言われる。




自分で自分がわからない夜


「あの子は、彼女じゃないよ」

賢治は、一切の動揺を見せず、さらりとそう言った。

彼が、こんなにも上手に嘘をつく男だったとは。

穏やかで、誠実そう。賢治の印象といえばむしろそれしかなかったのに、あっさりと裏切られた思いがする。

「いやいや…だって見たもの、私。楽しそうに、仲良さそうに歩いてた」

-なんで私、浮気現場を目撃した彼女みたいなことを言ってるんだろう...

ムキになって詰め寄った後でふと我に返り、亜希は心を落ち着けるようにして、目の前の白ワインを流し込んだ。

賢治のことなど、なんとも思っていないはずだった。あの綺麗な子が、賢治の彼女であろうがなかろうが、亜希には何も関係ない。

しかしどうしても、確認せずにいられない。

「…本当に、彼女じゃないの?」

考えるより先に口から溢れた言葉は、そうであって欲しいという願望にしか聞こえなかった。言ってしまってから、亜希は自分で自分がわからなくなる。

ディナーは、そろそろ終盤だ。夜が更けるにつれ、カウンターに並ぶ他のカップルたちの親密さも増している。

「あのね、亜希さん」

賢治が、亜希の顔を覗き込むようにして身体を近づけ、ふいに改まった表情を見せた。

「誤解されたくないからはっきり言うね。俺、亜希さんが好きなんだ」


賢治のまっすぐな告白で、二人の関係は進展する?


年下男からの、ストレートな告白


-亜希さんが、好きなんだ。

その言葉は驚くほどに滑らかに、少しばかり酔った亜希の細胞に染み入るように響いた。

こういう感覚は、とても久しぶりだ。

それは非常に心地良く、感情のまま流されたいという気分になる。

そう、若い頃はこういうとき、感情のまま抵抗することなく流されて舞い上がった。…そうして、何度も痛い目にあった。

-賢治の言葉を、信じていいのだろうか…?

32歳、東京婚活市場で揉まれ続け、酸いも甘いも知ってきた経験が、亜希に警告を発する。

「で、でも、お互い好意もないのに、わざわざ休日に会ったりする?彼女、若くて綺麗だったし、賢治くんもまんざらでもないんじゃない?」

彼女は亜希の目から見ても、可愛かった。あんな美人がどうして賢治と?と疑問に思ったくらいだ。

しかし賢治は、亜希の詰問を遮るようにして断言するのだった。

「彼女は、同じ融資部の後輩なんだ。誘われて一緒に映画を観たけど、それだけだよ。確かに可愛い子だと思う…けど、俺が好きなのは、亜希さんだから」




年下の彼からの真っ直ぐな告白は、亜希の胸を想像以上にときめかせた。

しかも、若くて可愛い子に好意を向けられながら、それでも自分を好きだと言ってくれている。その事実が、亜希の自尊心を大いにくすぐる。

しかし心とは裏腹に平静を装おうとするのが、30歳を過ぎ、長年のブランクにより恋に臆病になってしまった女の悲しい性である。

「嬉しいけど、よくわからない。一体、私のどこが好きだっていうの?賢治くんより歳も上だし...」

攻撃は最大の防御というが、その通りかもしれない。

亜希は、恐れているのだ。信じて、裏切られた時の痛みを。傷つくくらいなら、最初から信じない方がいい。

そんな風に思うばかりに、自分が好きになってしまう前に、相手の気持ちばかりを入念に確認しておきたくなる。

「好きになるのに、理由が要るの?」

防御の姿勢を崩さず頑なな亜希に、賢治は困ったように笑って逆質問する。

「亜希さんと一緒にいると楽しい。それだけじゃ、ダメなの?」

-誰かを好きになるのに、理由などない。

賢治に当然のようにそう言われてしまうと、亜希は反論できなかった。そして「ああ、そうだよな」と思うと、肩の力が抜けていく気がした。

学歴、社会的地位、高給、家柄、優れた見た目…etc それらのどれだけ多くを併せ持っていても、「恋に落ちる」という非科学的で非合理的な感情の揺れを引き起こすための十分な条件ではない。

人によっては、必要条件ではあるのかもしれないが…。

「理由なんか要らない、か…」

そう言って笑ったら、賢治も柔らかな笑顔で頷いてくれた。ふたりの間に流れる空気が、温かい。

賢治のことが好きなのか、今はまだわからない。ただ、賢治が自分を好きだと言ってくれたことは素直に嬉しい。若くて可愛い彼女より、自分を選んでくれたことも。

そして今、賢治と一緒にいたいと思う。

その感情に、理屈も名前も、つける必要なんかないのだろう。


賢治との関係進展。久しぶりの恋愛に、浮かれる亜希。


この案件、逃すべからず


「それでそれでそれで!?」

週明けの火曜日、朝8時過ぎ。

神宮前の『アイランド・ヴィンテージ・コーヒー青山店』の店内に、エミの甲高い声が響いた。

亜希もエミも仕事が忙しく、夜はプライベートの誘いも多くてなかなか予定が合わない。

そんなわけでどうしても話したいことがある時は、エミの出勤前にこうして集まり、朝からマシンガントークをするのである。

アサイーボウルとラテを前に、亜希は賢治との急展開を包み隠さずエミに報告した。

「それでって...?それはもちろん…そういうこと♡」

うふふ、と亜希は意味深に微笑んでみせる。

賢治との二度目のデート。『フロリレージュ』を出た後、彼に誘われ、亜希は飯田橋にある賢治のマンションに行ったのだ。そして、朝まで一緒にいた。

「ちょっと!やだ!おめでとう亜希!」

大興奮のエミは、亜希の手をとり飛び上がらんばかりである。

「亜希。この際、賢治くんが英語できないとか、そんなことはどうでもいいんだからね?」

エミは諭すような口調で、亜希にそんなことを言い含める。

初めてのデートで亜希が海外志向のない賢治に幻滅したことを話した時は、エミも「私も英語できない男とか無理」などと一緒になって言っていたはずだが…。

「亜希、しばらくは賢治くん案件を最優先で動いて。若くて可愛い子より、32歳の亜希を選ぶなんて、本気でレアなんだから!その彼、絶対に逃しちゃダメ!」

「本気でレアって…」

なかなか失礼なことを言ってくれるが、実際その通りであることは亜希だってわかっているから反論はしない。

「エミが鈴虫寺に誘ってくれたおかげよ。住職の言葉を噛み締めて、もうあれこれ条件つけるのはやめるって心に誓います」

宣誓をするように右手を挙げる亜希。

...しかしそう言いながら亜希は心の中で、賢治の家に行った時のことを思い出していた。

言葉にすると顕在化してしまいそうだからエミに話さないが、実はあの夜、いくつか気になってしまったことがあった。

まずイラっとしたのは、盛り上がって事を終えた後で、彼がすぐに爆睡を始めたことだ。

酔っ払っていたし、疲れていたのもわかる。しかしちょっとムードに欠けるし、亜希に対する気遣いが足りなくないだろうか?

それから…とても細かいことだけれど、亜希がシャワーから出た後、こちらから言うまで飲み物を出してくれなかったのも気になった。

思い出し始めるとまだまだ出てきそうで、亜希は慌てて頭をふる。

-考えない、考えない…。

「もしかして亜希、スピード婚もあり得るんじゃない!?」

先走るエミに苦笑いしながら、亜希は必死で頭に浮かぶ”注文”を追い払った。

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付き合いを始めた亜希と賢治。しかしハッピーエンドはまだ遠い?