昨年にはロンドンにいる恩師コンテの下を訪ねてもいたピルロ。はたしてその第2の人生は? (C) REUTERS/AFLO

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 偉大なレジスタの勇姿をピッチ上で見られるのも、残りわずかだ。ニューヨーク・シティに所属する元イタリア代表MFのアンドレア・ピルロが、イタリア紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のインタビューで、今年12月に現役生活に幕を下ろす決断を語った。
 
 1995年に地元クラブのブレッシャでプロデビューを飾ったピルロは、その後、インテル、レッジーナなどでプレー。2001年にミランへ移籍すると、当時チームを率いていたカルロ・アンチェロッティの下でトップ下からレジスタにコンバートされて才能が開花する。ロッソネーロでは、チャンピオンズ・リーグとセリエAを二度ずつ、クラブワールドカップを一度制覇するなど、黄金時代を牽引した。
 
 2011年夏にはユベントスへ移籍し、初年度からチームのセリエA優勝に大きく貢献。セリエA4連覇を達成したビアンコネーロ(白と黒の意)の中心選手として君臨した。そして、2015年夏からはMLSのニューヨーク・シティでプレーしていた。
 
 また、2002年9月7日のアゼルバイジャン戦で初キャップを刻んだイタリア代表でも、2006年のドイツ・ワールドカップを優勝。世界一の称号を手にしていた。
 
 そんな様々な栄光を築いてきたレジスタも38歳。本人もさすがに肉体的な衰えを感じているようだ。今シーズンもMLSの32試合で15試合の出場に留まってもいる。そんな元イタリア代表MFは、ガゼッタ・デッロ・スポルト紙のインタビューで、「時が来たと実感している」とMLSのシーズンが終わる12月の引退を口にした。
 
「もう時が来たんだ。僕は毎日、身体のどこかに問題を抱え、些細な事でも練習ができなくなっている。この歳だと、もう十分やったと言える。僕は50歳まで続けることはできないよ。何か別の道を探すつもりだ」
 
 では、引退後は何を目指すのか? 『サン』紙など複数の英国メディアは、ピルロはユーベとイタリア代表で師事したアントニオ・コンテが率いるチェルシーのアシスタントコーチとして第2のキャリアを始めると伝えている。
 
 しかし、当人は、「まだ分からない。あらゆる報道は噂に過ぎない。いくつかのアイデアはあるが、時間をかけて決めるつもりだ」とはぐらかしながらも、コンテへのリスペクトは忘れなかった。
 
「コンテは絶対に世界最高の指揮官の一人だ。あらゆる物事に対して、説得力のある説明をしてくれるんだ。彼の約20分間のビデオセッションは、トレーニング場で行なうセッション3日分の価値はあるよ。アンチェロッティやリッピの下でやった時も良かった。プランデッリだって良いサッカーをしていた。ドナドーニの下でも上手くやれたと思う。でも、コンテとやれたことは特筆に値するよ」
 
 12月の引退後にはイタリアに戻って休暇を取るというピルロ。はたして、その第2のキャリアはどのように彩られていくのか? その決断に注目したい。