オダギリジョー×阪本順治監督が語る『エルネスト』に込めた情熱 「生き様を感じ取って欲しい」

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 キューバ革命の歴史的英雄であり、今なお世界中の人々を魅了し続けているエルネスト・チェ・ゲバラ。ゲバラが命を落としたボリビア戦線で、唯一の日系人として行動を共にし、ゲバラより“エルネスト”の名を与えられたフレディ前村ウルタードを主人公とした映画『エルネスト』が現在公開中だ。医師を目指しキューバへ留学したフレディ前村は、ゲバラの人間性に魅了され、社会の不平等是正と貧困の根絶を胸に、ボリビア軍事政権へと立ち向かってゆく。

 リアルサウンド映画部では、本作を手掛けた阪本順治監督と主演のオダギリジョーにインタビュー。日本とキューバ合作による本作はいかに誕生したのか。フレディ前村にオダギリをキャスティングした経緯から、撮影の裏側、ふたりの映画への情熱についてまで話を聞いた。

■阪本「無謀な企画もオダギリ君の気に入るところだと思いました」

--本作の主人公・フレディ前村ウルタードのオファーを受けたときの心境は?

オダギリジョー(以下、オダギリ):こういった挑戦的な作品に呼んで頂けることが本当にうれしかったです。役者は事務所には所属していますけど、個人事業主だと思っているので、仕事をやるもやらないも自分の気持ちで決めればいい。今まで自分のワガママで仕事を選んできましたが、その延長線として本作のオファーを阪本監督が出して下さった。今までの作品の選び方や向き合い方を見ていただいて判断してもらえたと思うので、非常にうれしかったです。この作品に関わらないと、ずっと後悔するだろうなとの気持ちがありました。

阪本順治監督(以下、阪本):オダギリ君が出演してきた近年の作品を見ていると、いろんなものを削いできている印象でした。もっと若いときは、自分がやりたい仕事と任される仕事にズレもあったと思う。彼とはこれまでも仕事をさせてもらっていましたが、キャリアを重ね、研ぎ澄まされたものをまとっているこのタイミングでとことん向き合ってみたいなと。本作の無謀な企画も、きっと彼の気に入るところだと思いました。

オダギリ:(笑)。

阪本:日本語のセリフは一言もなく、全編スペイン語で外国人として生きなくてはいけない。撮影までにやるべきことは山ほどありましたが、彼ならそれに応えてくれると信頼していました。また、原作『革命の侍』を読み、フレディ前村のことを調べていくと、彼から発せられた言葉や嘆きみたいなものと、オダギリ君のパーソナルな部分が重なっていったんです。自分もこの業界も、そして社会も、「このままでいいのか?」という問い。時代も環境もまったく違いますが、似ている面があったと思います。

オダギリ:フレディに対しては確かに、共感できる、自分にもこういうところがあるとは感じました。阪本監督からは「そのままでいい」という言葉を何度もいただいていましたが、それは自分の中にあるフレディらしい部分を通して演じてくれ、という事だと理解していたので、原案の『革命の侍』と監督が書いた台本からヒントを集め、自分なりのフレディ像を固めていきました。

阪本:フレディがどういう生き方をしてきて、選択をしてきたのか。オダギリ君はそれを自分自身でしっかり理解していた。そこに齟齬があれば意見を言っていたと思いますけど、現場で何か言ったことはありませんでした。キャスティングをした時点でその点は信頼していましたね。

■オダギリ「阪本監督はいつも自分に厳しく、映画に誠実」

--オダギリさんは阪本監督作品へは本作が3度目となります。これまでとの違いはありましたか?

オダギリ:大きく違う、ということはなかったですね。監督はいつも自分に厳しく、映画に誠実に向き合う方です。

阪本:「随分違いました」って言ったら、以前は何だったんだってなるよな(笑)。

オダギリ:(笑)。『人類資金』のロシアでの撮影でも、本作のキューバでも、場所がどこであろうと監督の演出が変わることはなかったです。当然、日本とはまったく違う環境での撮影になるので、想定通りにいかないことのほうが多いです。でも、トラブルが起きても監督は柔軟に対応されていました。改めて、監督の凄さを感じましたね。

--台本にはない、急遽追加されたシーンも多かったと聞きました。

阪本:ひとつはラストカット。実はあのシーンは前日の夜に思いついて、これはラストになるなと。他のシーンを削ってでも入れたいと思いました。

--フレディ前村がこちらを振り返り、アップでその表情が捉えられた非常に印象的なカットでした。

阪本:セリフもないし、なんでもないと言えばなんでもないシーンなんです。でも、このシーンがなかったら、読書でいうところの読後感がまるで違うものになっていたと思います。撮影中の夜は、翌日のシーンばかり考えているわけではなくて、最終的にどういう世界観でまとまるのか、劇場を出る前にどういう思いを引きずってもらえるのか、その全体像を気にしています。想定外のことが度々起こった現場でしたが、これまでの作品でも、撮影後に“予習と復習”を行ってきたので、このシーンも思いつくことができたのかなと。

--撮影中はオダギリさんとも連日話し合いを?

阪本:いやいや、先に伝えるとなんとなく仕上がりを想像してしまうので、細かいことは話していません。大胆なときは「実は明日、リハーサルなしで一発で撮るから」なんて伝えることもあるけど、結局それはこっちの都合であって、本人には関係ないからね。ホテルのベランダで他愛もない会話はしていましたよ。

オダギリ:子供時代のこととかでしたね。

阪本:直接撮影に関する話ではないんだけど、多分ミリ単位でそういった話が演出に関わっていた気はしますね。

--例えばどんなエピソードが?

阪本:それは僕だけに喋ってくれたことなので、言えないですけど(笑)。

■阪本「現在の日本映画界に一石を投じることができれば」

--フレディ前村が初めて民兵として参加した海岸警備のシーンや、終盤のボリビア戦線でのシーンなど、戦場の描写もこれまでの日本映画では描かれることのなかったスケール感です。

阪本:正直、どこまで“リアル”にできたかは分かりません。キューバ危機の際、フレディ前村たちは国からの強制ではなく、自らの意志を持って民兵として参加しました。海岸で地対空砲を構えるシーンも、撮りながら実際の彼らは一体何を思っていたんだろう、とずっと考えていました。それは町中のシーンを撮っていても、かつてあった砲台の名残なんかを見ても、“いま未知の体験をしている”との感覚がありました。革命を志した若者たちの残り香に触れ、用意していた脚本が崩れていった面もあったのですが、それは楽しくもありました。

--彼らの必死さをみると自分がいかに平和に暮らすことができているのかを痛感します。

オダギリ:時代も環境も違いますからね。無邪気に生きているな、と僕もよく思います。でも、それが先人達が築いてくれた現代の幸せだと思うので、そこと比べるのも難しい話だと思います。ただ、今の日本の若者はぬくぬくと育っているから、あの時代に共感できないかというと、そういうわけではない気がします。政治に興味を持って、デモに参加したりしている若者も沢山いますからね。そういう意味では、正しいものと正しくないものに対して、しっかり向き合って戦う意思は、いつの時代にもあって当たり前のこと。この映画が何かを考えるきっかけになればうれしいです。

阪本:学生運動を経験したことのある年齢層の方たちは、この映画に郷愁を感じるかもしれないけど、若い世代の方にとっては希望の物語にもなると思います。本作の取材中、キューバやボリビアの革命博物館、チェのお墓など、どこに行っても必ず日本人の若者がいたんです。チェのTシャツを着ていても、その人が誰なのか分からない若者もいれば、そうやって足跡を辿っている若者もいる。チェは決して過去の英雄ではなく、今なお生きている。それは“悲劇”の匂いがしないから。チェのそういった生き様、それに感化されたフレディ前村ウルタード、ふたりの“エルネスト”の生き様を感じ取ってもらいたいです。

--現在の日本映画界では、漫画やヒット小説などを原作とした映画が非常に増えています。そんな状況にあって、本作は異質な映画といえるかもしれません。

阪本:映画は“商品”でもあるという事実は昔から変わりません。確実に売れるものから映画化されていくのは当たり前です。でも、僕が若い頃は、作家性の強いものからオリジナリティの強いものまでいろんな選択肢がもっとあったように思います。つまり、観たい映画を選べたんです。今は、ちょっと時間が空いてシネコンに行っても、似たような作品が多く、今日は観なくていいかと思ってしまうことが多い。もちろん、単館系映画館に足を運べば、尖った作品はあります。でも、もっと多種多様に映画を選べた時代と比べると、間口は広いけど、“奥行き”のなさを感じます。それはこれからもしばらく続くのかなと。作り手としてそう感じる以上、現在の日本映画界に一石を投じることができればと考えています。本作がどういう結果をもたらすかはわかりませんが、こういった映画を望んでくれる方もたくさんいるはずだと思いたいです。

(取材・文=石井達也)