「僕が最後に来たときと比べると、ずいぶんとたくさんの建設中のビルがあるね。東京オリンピックへの準備が進んでいるのかな……」

 長い足を折り曲げて乗り込んだ車内から、流れる湾岸線の景色を眺めつつ、ミロシュ・ラオニッチ(カナダ)は感慨深げにつぶやいた。


楽天オープンに参戦するために来日したラオニッチに話を聞いた

 2014年以来、久しぶりに訪れた東京――。

 今季の前半はハムストリングを痛め、複数の大きな試合や大会の欠場を強いられた。夏からは左手首の故障が悪化し、全米オープン直前に手術を決意する。

 その手術からの完全復帰を、そしてシーズン終盤戦の巻き返しを期する長身カナディアンに、種々の思いが巡る胸中を明かしてもらった。

―― 全米オープン開幕の4日前(8月24日)に左手首の手術をしたと聞きました。その経緯を教えていただけますか?

ミロシュ・ラオニッチ(以下:ラオニッチ) 手首の痛みはここ数年間、抱えていたものなんだ。数日痛みが続くこともあれば、数ヵ月は痛みを感じないこともあった。でも、今年のウインブルドン準々決勝の前日に、今までとは異なる……もっと深刻な痛みを感じたんだ。

 さらに(8月上旬の)ワシントン大会のときには、ほとんど毎日痛みを感じるようになった。手を切るような鋭い痛みで、冷やしても治療をしても消えてくれない。これは抜本的な処置が必要だと思って精密検査をしたところ、酷使の蓄積によるケガだとわかった。

 治療の第一選択肢は、手術だという。ただそれも、難しいものではない。関節部に浮遊している剥離した骨の破片を取り除き、アライメントをする。回復も早いので、シーズン終盤を戦い抜くのに十分な時期に復帰できると言われた。だから、手術こそが賢明な判断だと思ったんだ。

 まだ術後1ヵ月ほどしか経っていないので、時折痛みを覚えることもある。でも、手術の前に感じていた痛みとはまったく違うものだし、確実に回復していると感じているよ。

―― 今季はラオニッチ選手だけでなく、多くの上位選手がケガに苦しんでいます。何か原因があるでしょうか?

ラオニッチ 理由はいろいろあると思うけれど、個人的には、僕は現行のツアースケジュールに大手を振って賛同はできないね。もちろん、個人差は大きいと思う。たとえば僕のように220ポンド(約100kg)の体重の人間が11ヵ月間、常に飛行機などで移動を重ね、試合では毎日のように走り回るのは決して簡単なことではないんだ。

 特にテニスは他のスポーツと比べても珍しいほどに、毎日のようにコンクリートの上を走る競技。ゆえに関節に強いる負担が実に大きい。そのような側面から考えても、11ヵ月のシーズンは長すぎる。開催地や期間も、特定の場所や時期に集中させるべきだと思う。そうすれば選手たちも、リカバリーや身体のケアにあてる時間を増やせるからね。

 僕自身は、回復やケガ防止の最適な手法が何なのかを常に模索してきた。いろんなことを試してきたが、それでもまだ、結論を得られたとは言えないんだ。

―― 今季をケガで早く終えた選手のなかには、錦織圭選手も含まれています。彼とラオニッチ選手はライバルだと言われ、錦織選手もラオニッチ選手のことを強く意識すると言っていました。

ラオニッチ 僕と彼とは、キャリアにおける重要な試合を多く戦ってきた。2014年のウインブルドン4回戦は、僕が初めてグランドスラムでベスト4へと進むうえで大切な試合だった。その数ヵ月後には、今度は全米オープンの4回戦で対戦し、そのときは圭が勝ち、そのまま決勝まで行った。僕らの試合は常に接戦だし、ライバルと呼ぶにふさわしい関係にあると思う。

 だから圭のことは、常に気にかけているよ。彼のテニスを学び、解析し、その成長や改善の過程をつぶさに追ってきた。なぜなら、またいつか、彼とはキャリアの重要な局面で交錯することがわかっているからね。彼は非常にハードワーカーだし、常に成長している。

 同時に僕らは、ケガに悩まされてもきた。彼が今いる状況やそのつらさもわかっているし、だからこそ彼のことを、より尊敬もしているんだ。なぜなら彼はケガをするたびに、より強くなって戻ってくるからね。

 そんな僕らに足りないのは、真の頂上決戦だと思う。僕らはまだお互いに、世界の1位や2位ではない。グランドスラムやマスターズのような大きな大会の決勝で対戦したいね。

―― 今年はロジャー・フェデラー選手(スイス)やラファエル・ナダル選手(スペイン)が復帰し、同時に若手の台頭も目立つシーズンです。現在のテニス界の勢力図をどう見ていますか?

ラオニッチ 判断が難しいところだね。なぜなら過去16ヵ月、常にトップ選手の誰かが欠けていたから。昨年はロジャー、次いでラファが抜け、今年は僕に圭、スタン(・ワウリンカ/スイス)やアンディ(・マリー/イギリス)、ノバク(・ジョコビッチ/セルビア)がケガをした。

 そのぶん、若い選手たちがチャンスを掴める状況にある。僕らが若手として出てきた10年前のように、常にロジャーやラファ、ノバクが支配していた状況とは変わってきている。僕らのころは、本当にチャンスが少なかったからね。

 パワーバランスそのものが変わったかと言われれば、そんなに変わってはいないと思う。はたして離脱中のトップ選手たちがふたたび、同時期に万全な状態でツアーに戻ってこられるのか……それはわからない。いずれにしても、他の選手に与えられたチャンスが以前と比べて大きくなったのは間違いないと思う。

―― それはもちろん、ラオニッチ選手たちのチャンスも大きくなったということですよね?

ラオニッチ もちろんだよ。今のテニス界の状況が、ケガを治して万全の状態でツアーに復帰するうえでの大きなモチベーションになっている。来年だけでなく、今後数年にわたって僕らには大きなチャンスがあると思う。

 大切なのは、ケガなく長期間を通していいプレーをし続けること。今年の全米オープンを欠場せざるを得なかったのは、正直、大きな失望だった。ノバクやアンディ、スタンもいない全米は、誰にとっても大きなチャンスだった。それなのに、僕もケガをしてしまったのだから……。

―― ケガでテニスを離れるのは残念ですが、同時にラオニッチ選手は映画や芸術、ビジネスなど実にさまざまな分野に関心があり、休んでいる間もいろんなことを吸収しているようです。そのような性質は、どのように獲得したのでしょう?

ラオニッチ 単に好奇心旺盛なんだと思う。そして興味を抱いたからには、最良の物を知りたいとも思っている。幸運なことに、僕はこれまでさまざまな分野に精通した多くの人に出会い、いろいろな世界を見る機会を得てきた。そしてチャンスを得た後には、自分で本を読んだり、ドキュメンタリーを見て、より深く知るようにしているんだ。

 また、さまざまな世界に触れられる環境に身を置くよう心がけてもいる。僕はテニス選手ではあるけれど、人間性はそこだけでとどまる必要はない。いろんなことを吸収したいと思っているからね。

―― テニス以外でもっとも関心があることは?

ラオニッチ 将来的にはファイナンスビジネスに関わりたいと思っている。その世界には常に興味があるし、なかなか自分に向いているんじゃないかとも思っているんだ。両親がエンジニアだということもあり、子どものころから数字は得意で慣れ親しんできた。テニスキャリアを終えたあとはMBA(経営学修士)を修得し、経済学を学び終えようと思っている。

―― テニスの話に戻りますが、ラオニッチ選手は昨年、ジョン・マッケンロー氏を短期コーチに招いてネットプレーに磨きをかけました。次のステップはなんでしょう?

ラオニッチ まずは健康でいることが第一。僕のここまでのキャリアを振り返ると、常に3歩進んだら2歩下がり、4歩進んだら3歩下がってきたように感じる。だからまずは、常に前進できるような健康状態を保つこと。

 次には……まだいろいろと必要だけれど、引き続き攻撃的にネットに出ていくこと。これが昨年、自分が成功できた一番の理由だと思うからね。いずれにしても、僕がなぜケガが多いのか……この最大の謎を解くことが一番のカギかな。ケガの悪化を恐れてしまうと、新しいことを試そうにも思い切って舵を切れないからね。


―― 最後にうかがいます。「ビッグ4」がテニス界を支配し、史上もっともレベルが高いと言われるこの時代に生まれたことを不運に思うことはありますか?

ラオニッチ とんでもない。僕は負けず嫌いだからね。不運に感じる以上に、相手が強いほど、「ならば、どうすれば彼らを倒せるんだ」と考えるほうだよ。

 生まれた時代を変えることは、僕にはできない。与えられた状況を受け止め、自分ができることだけに力を注ぎ、どうすれば現状を打ち破り、次に進めるかを考える……。それが、僕の流儀なんだ。



【profile】
ミロシュ・ラオニッチ
1990年12月27日生まれ。ユーゴスラビア出身、カナダ国籍。196cm・98kg。3歳でカナダに移住し、8歳からテニスを始める。2008年にプロに転向し、2011年2月のサンノゼ大会でツアー初優勝。2016年は全豪オープンベスト4、ウインブルドン準優勝と飛躍し、自己最高の世界ランキング3位となった。

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