「あっ! お兄さんもですか? ウチらもです。ってことは仙台に帰る?」
 松島海岸駅の夜。テンション高め&ちょっと酒くさい30代女性の声と、上り電車を待つ中年ラン鉄がひと言ふた言。怖いほど静かなホームに、明らかに地元の人じゃな酔っ払い、数人。

宮城電気鉄道がルーツの孤高


 仙台の夜といえば、東北一の歓楽街、国分町を思い浮かべる。が、相変わらずなラン鉄は、ネオン輝く色気ムンムンナイトに背を向けて、仙台駅の「さびしい方」の側、東口を徘徊する。
(仙石線にでも乗ってみるか)
 まっとうな人は、こんな発想、ない。自分のアホさ加減に、合唱…。
 仙石線の地下ホームは、家路へと急ぐ通勤通学客でいっぱい。首都圏を走っていた205系電車に乗る。
(な〜んか別モノ感があるな〜)
 東北線、常磐線、仙山線、新幹線と連絡するターミナル、仙台駅。なんで仙石線だけ地下を走ってるの?
(はっはーっ、宮城電気鉄道と!)
 仙石線は、大正期に生まれた宮電の路線が前身という。通勤通学客を乗せた仙石線の中で、思わず叫んだ。
「日本最初の地下鉄道ってマジか!?」
 スマホはなんでも教えてくれる。なんと、日本初の地下鉄と伝えられる東京地下鉄道銀座線よりも2年半早くに開業しているというじゃないか!
 さらに、仙石線は、宮電時代からず〜っと直流の電気を採用。交流を使う東北では珍しい存在だというのだ。
 ちょっとやそっとじゃ相容れないといった感じの仙石線。少しわかった。
 スマホから車窓に目を移すと、電車はその歴史的な地下ルートをとっくに抜けていた。松島海岸に着くころには、車内はがら〜んと。
 仙石線散歩なんて、この中年男ぐらいだろと思っていたら、あれれ、いた。出張か何かで仙台に泊まると思しき、客がひとり、ふたり。松島海岸駅に掲げられた観光マップを見ては、駅前をキョロキョロ…。そんな挙動の人たちとは違い、地元の人たちは、まっすぐに大型バスへと吸い込まれていく。

宮城野貨物駅と名物食堂で童心


 仙石線は、震災の傷跡がまだ残っている。電車は、松島海岸のひとつ先、高城町で終点。高城町と陸前小野の間は、現在も不通で、その間を代行バスが結んでいる。地元客は、この代行バスへと乗り換えていたんだ。
 日本三景、風光明媚な松島の景色も、夜ってことであきらめ、駅前にかろうじてともる灯りを目指す。
 シレッと入った赤提灯には、地元の人たち数人。楽天イーグルスの映像をじっと見つめ、無言で酒をあおる。
「お客さんのような人、珍しくないよ。寄ってくれるだけでうれしいですよ」
 おでんの湯気が立ち上る店、長居せず、ふたたび仙石線ホームへ。そこにいたのが、冒頭のチョイ酔い男女だ。
「このあとホテル戻って、ちょっと2次会やって、朝から仕事って感じ」
 やってきたガラガラの電車は、仙石線だけにある2WAYシート車だった。
 仙台へそのまま戻るのも無粋かと、またも酔狂。宮城野原駅で降りてみる。仙台貨物ターミナルをひとりボーッと眺める時間といく。
 一大貨物ターミナルの真夜中は、不気味なほど。かすかに感じる油のにおいと、ずらりと並ぶ赤信号。まさに鉄道ヤードって感じ。一瞬、そのひとつが青色を示せば、ダダダダダダと、高速貨物列車が通過していく
 貨物基地をさ迷い、旅客駅まで歩くと、腹が減る。これじゃあ、子どものころと変わらないじゃん、オレ…。
 ここは一発、「半田屋」へ。学生もサラリーマンも、じいさんばあさんも愛する地元の人気店で、シメごはん。
(ひと昔前の学食みたいだな…)
 仙台。国分町の色気におぼれるのもいいけど、学生時代を思い出させるセピア色の時間も、アリかな。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2014年4月号に掲載された第21回の内容です。

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