女性の結婚率は、35歳を境に急激に下降する。

だがしかし。そんな悲観を抱くことは一切なく、麗しき独身人生を謳歌する女がいた。

恭子、35歳。

彼女が歩けば、男たちは羨望の眼差しで振り返り、女たちは嫉妬する。恭子は一体、何を考えているのか?

外資系ラグジュアリーブランドで働く恭子と、部下の周平は一度は距離を縮めたものの、周平の元彼女・瑠璃子の仕掛けた罠にまんまとはまっていく。

そして瑠璃子は、失恋した周平を慰め、自分のマンションに連れて行くのだった。




「瑠璃子、おはよう。さっきね、恭子さんとすれ違ったんだけど、今日も最高に美人だったぁ」

いつもより遅めの時刻にオフィスに到着すると、PRの同僚がすかさず私の元に駆け寄ってきた。

彼女は社内でも1、2位を競う恭子さんファンで、その様子はさながら教祖様を崇拝する信者だ。

私は彼女に冷ややかな視線を送った。

「そう?美人で若々しい30代の女なんて、他にもごまんといるじゃない」

「瑠璃子はわかってない。恭子さんの素敵なところは、見た目だけじゃないのよ。あれだけ綺麗なのにキャリアも見事で、ほんとに憧れる」

同僚は少しムキになってそう言った。

キャリアか…。

正直、彼女の言うことにも恭子さんの生き方にも全く共感ができない。責任も重圧も、男に尻込みされるような役職もまっぴらごめんだ。それなりのやり甲斐にそこそこの給料。ポジションなんてなくても今を生きるのには十分なのだ。

「おはよう」

噂をすれば、恭子さんだ。彼女は部下たちに笑顔で挨拶をしながら、席に着いた。

同僚がふと、私を見て首をかしげる。

「ところで瑠璃子、いつも出勤は早めなのに今日はどうしたの?寝坊?」

私は待ってましたとばかりに声をはりあげる。

「実は、昨夜周平が泊まりに来てて…朝一緒に家を出てきたからバタバタだったのよ」

私の声は恭子さんに届いただろうか。ちらりと目を遣ったが何食わぬ顔でPCに向き合い、メールチェックをしている。

「ええーー!瑠璃子、ついに周平君とヨリ戻したの?おめでとう!!」

オフィスに響き渡った同僚の声。今度は否が応でも聞こえたはずだ。恭子さんの眉がわずかに動いたのを見逃さなかった。


周平を巡る女の闘い。結末やいかに?!


突然降ってきたチャンス


ランチタイム直前に、私はマネージャーから呼び出された。

用件は、プレス向けのイベントについてだった。今回初めてコレクションの発表を日本国内で行うことになり、私たちPRチームはずいぶん前から準備に追われている。

「瑠璃子ちゃん、今回のイベントの企画なんだけど、今の内容だと本社から承認が降りないのよ。思いきって会場を変えてみようか」

急な提案にとまどう私に、マネージャーはそっと囁いた。

「イベントを成功させれば、アシスタントマネージャーのポストも遠くないわよ。前から瑠璃子ちゃんに任せたいなって考えていたの」

マネージャーが去った後も、私はミーティングルームの椅子に座ったまま、呆然としていた。

社歴から考えて、アシスタントマネージャーの話は理奈さんに行くものだとばかり思っていたのだ。なのに理奈さんではなく、この私にチャンスがやってきたことに、胸が高鳴るのを抑えられない。

でも、キャリアになんて興味ない。私は恭子さんみたいになりたいわけじゃないんだから。必死でそう言い聞かせた。



『クリスクロス』でチームランチをしている時、理奈さんが興奮した口調で言った。

「今朝小耳に挟んだんだけど、周平君とヨリ戻したって本当なの?」

私が無言で小さく笑うと、理奈さんは目を丸くした。

「本当なんだ…。周平君が瑠璃子を選ぶとはねえ。意外だわ」

聞き捨てならない一言に、思わずカッとなる。

「どういうことですか」

すると理奈さんはサラリと言った。

「だって周平君、言っていたのよ。仕事ができるキャリアウーマンが好みだって。私や瑠璃子みたいなタイプには興味なさそうだったわよ。彼は絶対恭子を好きだと思ってたんだけどなあ」

理奈さんと一緒にしないでよ、と言いたいのをぐっと堪え、黙々とサンドイッチを食べる。しかしそのあとも、理奈さんの言葉が頭から離れなかった。



オフィスに戻ると、恭子さんが部下にてきぱきと指示をしている姿が目に飛び込んできた。じわじわと胸の奥から願望が湧き上がってくる。

あれが私だったら-。

それからの私は、イベントを成功させることに必死になった。




本社をアッと言わせる会場の提案。雑誌をぺらぺらめくっているうちに、都内の重要文化財である洋館の写真を見つけて、これだ、と閃いた。

和洋折衷というイベントテーマともぴったり一致している。マネージャーもかなり気に入ったようでGOサインが出た。しかし実際問い合わせしてみると、予算が大幅にオーバーしていたのだ。

恭子さんだったらどうするだろうか。担当は違うといえど、これまで数々の顧客向けイベントを成功させてきている彼女なら、確実に解決策を知っている気がする。

だけど、恭子さんに頭を下げたくない。

パレスホテルの『ロイヤルバー』で、ようやく恭子さんを打ち負かした気がした。このままゴールのテープを切るのは、彼女ではなく私なのだ。


キャリアでも恭子に負けないと誓う瑠璃子は、イベントを成功させられるのか?


会場手配の件で八方塞がりだった私は、思わず理奈さんに泣きついた。すると意外にも簡単な答えが返ってきた。

「ああ、あそこの建物だったら、恭子の名前を出したら一発よ。確かオーナーが前の会社の上顧客で、かなり親しくしてたはず。大幅なディスカウントもしてもらえるかもよ」


恭子の宣戦布告


希望の会場は無事手配され、イベントは大盛況のうちに幕を閉じた。マネージャーはもちろんのこと、ディレクターも社長も、イタリア本社も大喜びだ。

今までに味わったことのない達成感を噛み締めながら片付けをしていると、恭子さんが近づいてきた。

「瑠璃子ちゃん、お疲れ様。よく頑張ったわね」

「恭子さん…」

直接ではないが、今回の成功は結局恭子さんのおかげだったことは否定できない。私は何と言っていいかわからず口ごもった。

その瞬間、ダンボールの端で指先を切ってしまった。すかさず恭子さんが鞄から絆創膏を差し出す。

「良かったら、これ使って」

-あれ?確か、前にも似たようなことが…。

その瞬間、何年も前の出来事を思い出した。この会社に入社するための最終面接の日のことだ。




オフィスのあるビルに到着し、面接会場に向かって緊張しながら歩いていた。そのとき私は、ストッキングが大きく伝線していることに気がついたのだ。

どうしよう、でもこのまま行くしかない。すると、廊下であたふたと動揺している私の元に近づいてきた女性の姿があった。

「良かったら、これ使って」

ストッキングのパッケージを差し出したのは、恭子さんだった。私が御礼を言う間もなく、彼女は颯爽と去っていった。

なんて美しくて格好いい女性がいるのかと、息を飲んだ。絶対にこの会社に入って、彼女と一緒に働きたいと強く思った。

そうだ、本当はずっと、私は恭子さんに憧れていたんだ-。

「瑠璃子ちゃん、ぼーっとしてどうしたの」

恭子さんに呼ばれて我に帰る。

「大丈夫?今日のイベントはよほど疲れたのね。でも、努力して何かを成し遂げるときって気持ちいいよね」

恭子さんはにっこり笑って、続けた。

「瑠璃子ちゃんを見てたら、私も初心に戻って、自分のモットーを思い出したの。欲しいものは絶対に手に入れるっていう私のモットー」

一体、何を言おうとしているんだろう?恭子さんの言いたいことの意味がわからず、私は彼女の顔を見つめる。

「だから、ごめんね。やっぱり周平君は譲れない」

恭子さんはきっぱり言うと、身を翻して会場から出て行った。

その姿を見つめながら、私は呟く。

「やっぱりあの人は、一筋縄じゃいかないわね…」

ひとつ、恭子さんに言っていないことがある。私と周平は、付き合ってなんかいない。

周平が泊まりに来たあの晩、私たちの間には何にもなかったのだ。

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瑠璃子に宣戦布告をした恭子。再び周平と歩み寄れるのか?