商業映画が太刀打ちできない作品も 「MOOSIC LAB」と「PFFアワード」に見る、日本映画の多様性

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 シネコンの隆盛とリーマン・ショックによる経済情勢の変化が、大作と低予算作品の二極化を進めた結果、映画は“多様性の危機”に瀕してしまった。巨額の製作費をかけて、大量宣伝をおこなう一部の作品に観客の関心と動員が集中し、そういった作品とは異なるテーマやスタイルを持つ小規模作品がほとんど埋没してしまったからだ。もし多様性がすっかり失われたとしたら、いったいどんなことが起きるのだろうか? おそらく人々は年がら年じゅう悪と闘い、異星人の侵略におびえながら、恋愛に胸ときめかせつづけたりするのだろう、映画のなかで。

 そんなのまっぴらだって。

参考:窪塚洋介の“全盛期”はいま訪れようとしている? そのキャリアと日本映画の大きな変化

 多様性の衰退はいまや各国で見られる現象ではあるけれど、例えば海外でサンダンスやSXSWといったインディペンデント映画祭が多種多様な映画のありようを示しているように、日本でも映画の多様性を感じさせてくれるのはインディペンデント映画や自主映画においてだ。いや、日本映画の多様性はもはやインディペンデント映画や自主映画にしかない、とすら言っていい。2017年8月から9月にかけて、インディペンデント・自主映画を対象にしたふたつの映画祭の出品作品を観た。審査員を務めた「MOOSIC LAB 2017」の全作品、そしてこれは興味本位から「PFFアワード2017」の全入選作品、計35作を観たなかには商業作品が太刀打ちできないようなものもいくつかあった。

 「音楽×映画の実験室」というコンセプトのもと、新進の監督とミュージシャンがコラボレートする映画を募り、2012年からコンペティションを開催している「MOOSIC LAB」(以下ムーラボ)は、今年長編部門と短編部門の2部門を併設した。主な受賞結果は次の通り。

「MOOSIC LAB 2017」長編部門

グランプリ『聖なるもの』(岩切一空監督)

準グランプリ『なっちゃんはまだ新宿』(首藤凛監督)

審査員特別賞『Groovy』(吉川鮎太監督)

観客賞『少女邂逅』(枝優花監督)

「MOOSIC LAB 2017」短編部門

グランプリ『ぱん。』(阪元裕吾監督、辻凪子監督)

準グランプリ『破れタイツのビリビリラップ』(破れタイツ監督)

審査員特別賞『デゾレ』(村田唯監督)

観客賞『GREAT ROMANCE II』(川村清人監督、飯塚貴士監督)

 長編部門グランプリを受賞した『聖なるもの』は、前作『花に嵐』が劇場公開され、大きな話題を呼んだ岩切一空監督の新作。4年に一度、映画研究会に現れる「怪談の少女」と出会った大学3年生の主人公が、彼女を起用した映画作りに取り組む、その怪奇で奇妙なプロセスが描かれていく。『花に嵐』と同様、映画サークル所属の「僕」(扮するのは岩切自身)が撮影した、POV形式のフェイクドキュメントというスタイルは、なによりもまず岩切の作品の魅力だ。彼はそこにオカルト、笑い、恋愛といった雑多な要素を詰め込み、かわいい女子たちの姿を記録することに執着しながら、青春期ならではの葛藤を浮かび上がらせる。ムーラボが輩出した人気監督のひとりに、2013年『おとぎ話みたい』でグランプリを受賞した山戸結希がいるが、既に独自の話法を確立し、みずから作品にも出演する岩切には、彼女に匹敵するようなカリスマ性が感じられる。

 長編部門準グランプリを受賞した首藤凛監督の『なっちゃんはまだ新宿』は、首藤のみずみずしい感性が吹きこぼれるような、今回のムーラボで最も激しく心を動かされた一作だった。同級生の少年に片思いする高校生の少女が、部屋のタンスのなかにいた少年の恋人「なっちゃん」と遭遇する驚きの序盤から、やがて物語は社会人になった主人公の不安へと焦点を移し、最終的に大人へと至る過程で誰もが忘れ去ってしまう人物とか風景とか、そういったかつて愛しかったものの存在を観る人の心のうちに呼び覚ましていく。と同時に、実は気づいていないだけにすぎない、いま愛すべき存在のことも。突飛な発想と展開が、せつなくも鮮やかな青春劇として結実しているのは、監督の確かな技量あってこそだろう。

 吉川鮎太監督による審査員特別賞受賞作『Groovy』は、自殺防止のための音楽を研究開発する男に密着した疑似ドキュメンタリーだが、男の不可思議きわまりない日常をディテール細かに描写し、風変りではあっても現実味を失わない世界観を構築しえた点に、作り手の冴えが見られる。主人公に扮した『退屈な日々にさようならを』などの監督、今泉力哉による怪演もまた一興というか。

 一方の短編部門グランプリ受賞作『ぱん。』は、自主映画対象の映画祭で数々の受賞歴を持つ阪元裕吾監督と、間寛平劇団の座員というプロフィールが異彩を放つ辻凪子監督によるナンセンスコメディ。いや、これは衝撃的だった。パン屋でアルバイトする少女が悪逆非道な店長に復讐するストーリーを、15分という尺ながら意外性だらけの展開で構成し、最後までそのおかしさと爆発力にゆるみがない。

 準グランプリ受賞のラップミュージカル『破れタイツのビリビリラップ』も、まくしたてる関西弁と終始途切れぬ勢いで、15分間を痛快に駆け抜ける。ガールズ監督ユニットの破れタイツが監督・出演し、画面からはみ出すような自身の魅力を的確にとらえている本作は、観る人を巻き込む吸引力において強力だ。

 片や、審査員特別賞を受賞した村田唯監督の『デゾレ』は、別れの一瞬に直面した3人の女性たちの心情を、繊細なタッチで、淡く、残酷に切り取っている。映像の隅々まで行き渡ったそのエモーションは、短編だからこそ鮮やかで、なおかつ痛切だった。

 上記の受賞作以外では、小川紗良が監督・出演する長編部門出品作『BEATOPIA』が、音楽で通じ合う男子高校生ふたりの青春を地方都市の暮らしのなかに描き出し、爽快な余韻を残してよかった。男子の素朴さ、初々しさ、そして青春のかけがえなさが、てらいのない素直な表現によって、観る人の胸に共鳴する。

 長編部門で三賞を受賞した岩切、首藤、吉川の3人は、いずれも昨年開催された「PFFアワード2016」の入選監督で、岩切は『花に嵐』で準グランプリ、首藤は『また一緒に寝ようね』で審査員特別賞受賞を果たしていた。監督として本格的な活動をおこなう手前の、自主映画を作る学生たちや駆け出しの監督たちにとって、PFF(ぴあフィルムフェスティバル)は長きに渡って登竜門の役割を担いつづけている。「PFFアワード2017」の主な結果はこちら。

「PFFアワード2017」

グランプリ『わたしたちの家』(清原惟監督)

準グランプリ『子どものおもちゃ』(松浦真一監督)

審査員特別賞『同じ月は見えない』(杉本大地監督)『狐のバラッド』(藤田千秋監督)『沈没家族』(加納土監督)

観客賞『あみこ』(山中瑶子監督)

 惜しくも選に漏れたものも含めて、印象深かったのは次の作品だ。

 まずグランプリを受賞した清原惟監督の『わたしたちの家』は、今回「PFFアワード」に入選した作品のなかで、クオリティにおいて頭ひとつ抜きん出ていた。ある1軒の家を舞台に、14歳の少女と母、記憶を失った女と彼女が身を寄せる女、2組の女性たちの物語が同時並行して綴られるのだが、それらはかすかに触れ合い、それぞれの気配を残しながら、決してひとつのストーリーには収斂されない。いくつかの謎を提示し、女性たちの不安や緊張を画面に浸透させつつ、ふたつの時間のうちに観る人を漂わせていく。優れているのは、清原の感性が純度と鮮度を失わないまま、この作品に息づいているように感じられるところ、確かな技術に裏打ちされた、一見思索的な作品でありながら、表現が感覚的で伸びやかなところだ。

 藤田千秋監督による審査員特別賞受賞作『狐のバラッド』も、藤田の感性が怖れ知らずな奔放さでぶちまけられた、でたらめすれすれの自由な作品だった。みずから演じる大学生の主人公が卒業制作の題材を探し求めるこの物語は、分不相応な成り上がりを夢見る旧友とか、なぜかセーラー服姿のおっさんとか、おかしくも愛すべき人たちとのやりとりを交えながら、ふいに将来への不安に揺れる若者の姿を浮き彫りにする。

 加納土監督の審査員特別賞受賞作『沈没家族』は、共同の保育者たちによって子育てをおこなう試み「沈没家族」の実態を、かつてそのようにして育てられた加納自身が探求するセルフドキュメンタリー。とにもかくにも「沈没家族」という実験の革新性に惹きつけられるが、当事者でありながら適度な客観性を保つ加納の視線が、そこに関わった人たちの人間的魅力を伝えてあたたかい。

 これを描きたくてどうしようもなかった、とでも言うような作り手のやむにやまれぬ衝動を感じさせるのは、ジェムストーン賞(日活賞)などを受賞した武井佑吏監督の『赤色彗星倶楽部』だ。十数年に一度という赤色彗星の到来を迎え、彗星同士は引きつけ合うという性質を見つけた男子高校生は、天文学部の仲間たちとともに彗星核を作ろうとする。でもある悲しい出来事によって、彼らの計画は頓挫してしまい……。ここにあるのは、ひとたび過ぎ去ってしまえば二度と返ることのない青春の儚さであり、それゆえに激しい光を放つ青春の眩さだろう。

 顕微鏡をのぞけば、フウセンカズラは風船になり、人々は冒険の旅に誘われる。そんな想像力の発露を、中尾広道監督による27分の短編『風船』では目の当たりにする。日常の淡々とした描写に、水彩で描かれた風船やタヌキの絵が溶け合う、映画と絵本が融合したような世界。商業映画ではめったにお目にかかれない無二の作風は、アート系と呼ぶにはあまりに愛らしい、ゆるアート系の趣だ。

 多様な作品が存在する映画の生態系は、こうやってインディペンデント映画や自主映画の領域において維持されている。いや、考えてみれば、雑多な個性から生まれる作品が、ある特定のテーマやスタイルに縛られ、ある特定の感情を伝えるためだけに作られるとしたら、そもそもそこに無理と不自由があるのだろう。映画が多様でなければいけないのは、豊かな映画文化を継承していくためではなく、それが人間によって生み出される映画のありのままの姿だから。

 ムーラボ、PFFアワード、それぞれの受賞作のなかから、『聖なるもの』『なっちゃんはまだ新宿』『少女邂逅』『わたしたちの家』の劇場公開が早くも決定している。(門間雄介)