アウディ「A8」には高度な自動運転機能が搭載されている

完全な自動運転を世界で最初に実用化するのはどこか――。

市販モデルとしては世界で初めて自動運転機能を搭載

多くの自動車業界関係者が議論を続ける中、ドイツのアウディがいち早く手を挙げた。2017年7月、同社は最高級セダン「A8」の新型を発表するとともに、市販モデルとしては世界で初めてとなる高度な自動運転機能を搭載したと表明したのだ。

当時、筆者は拙著『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』を執筆中だったので、このニュースは衝撃的だった。内容によっては多くのページを書き直さなければいけないと腹をくくった。しかしアウディの発表内容を見て、一部を加筆するだけで問題ないという結論に達した。

自動運転のレベルについては、現在は米国のモビリティ専門家による非営利団体SAE (ソサエティ・オブ・オートモーティブ・エンジニアズ) が制定したレベル0〜5の6段階が多く使われる。レベル0が完全手動、レベル5が全域完全自動で、その間に4つの段階がある。

レベル0:運転者が全ての運転タスクを実施
レベル1:システムが前後・左右いずれかの車両制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル2:システムが前後・左右の両方の制御に係る運転タスクのサブタスクを実施
レベル3:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合の運転者は、システムの介入要求等に対して、適切に応答することが期待される
レベル4:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
レベル5:システムがすべての運転タスクを実施(※限界領域内ではない)、作動継続が困難な場合、利用者が応答することは期待されない
※ここでの「領域」は必ずしも地理的な領域に限らず、環境、交通状況、速度、時間的な条件なども含む
(出所)官民ITS構想・ロードマップ2017

SAE によれば、レべル2では操縦と加減速のどちらか1つ以上についてAI(人工知能)を中核とする自動化システムが担当する一方、人間の運転者は運転環境を監視し、残りのすべての運転タスクを実行することとある。そしてレべル3では運転のすべてを自動化しつつ、自動化システムが人間の介入を要求した際には人間の運転者が適切に応答することとしている。

スバル「アイサイト」や日産自動車「プロパイロット」など一部メーカーが市販車に搭載している運転支援システムはレベル2相当とされている。一方、アウディの新型A8は、発表時のニュースリリースによると、一定の条件下でドライバーに代わって運転操作を引き受けると明言しており、システムが機能の限界に達した場合にはすぐドライバーに運転操作に戻るよう通知がなされるというから、レベル3に相当する。

運転主体が人間からシステムに移行する。これは大きなステップアップだ。だからアウディの決断はわが国でも注目されるはずと、最初の一報を見たときは思った。

それがあまりニュースにならなかったのは、自動運転技術の搭載が2018年と1年先になること、多くの国でレベル3は合法化されておらず走れない国ばかりだったことに加え、自動運転が機能する条件のためだろう。高速道路あるいはガードレールと中央分離帯のある自動車専用道路で、信号がなく歩行者もおらず、車速は60km/h以下。つまり渋滞している高速道路などに限定されるという条件だったのである。

レベル3の自動運転はすでに公道を走行している

それでも一部の人はアウディの発表は英断と評価していたが、筆者は異なる考えを持っていた。その程度のレベル3なら、すでに公道を走行している例を知っていたからだ。しかし実際にその車両に乗ったことはない。自動運転の書籍を出した以上、確認する必要があると感じ、スイス南東部の都市シオンに向かった。


市内を走るアルマ(筆者撮影)

シオンは人口約3万人という山に囲まれた小さな街で、ジュネーブから鉄道や自動車で約2時間の場所にある。自動運転車が走るのは旧市街で、使用している車両は日本でも7月にソフトバンクグループのSBドライブなど東京で実験走行を行った仏ナビヤ社のアルマだ。

黄色を基調としたボディカラーは市内を走る路線バス「ポストバス」と同じだ。ポストバスはスイス国営の郵便会社が、郵便物と旅客をいっしょに運ぶために走らせているもので、郵便専用車も同じ黄色になっている。

アルマは15人乗りの電気自動車で、ハンドルもペダルもない。日本ではシステムが運転する完全自動のレベル4と位置づけられている。しかしスイスでは現状、運転手のいない車両の公道走行は認められていないので、オペレーター役の男女が乗っていた。公道を走るのでもちろんナンバープレートを装着していた。


女性オペレーターがゲームのコントローラーのような端末を持っている(筆者撮影)

発車時間になると女性オペレーターが、手に持っていたゲームのコントローラーのような端末のボタンを押した。電車のような両開きのドアが自動で閉まり、スムーズに発進した。道路に沿ってハンドルを左右に切りながら進む。しかしオペレーターは何も操作していない。車幅ギリギリの細い路地に進入するときも、システムにお任せだった。

人通りの多い歩行者専用道ではどうなるのか

路地を出ると人通りの多い歩行者専用道に出た。車両は時に徐行し、時に停止して歩行者との接触を避けながら進む。遠くから歩いてくるときは少しずつ速度を下げ、横から突然飛び出してきたときは急停車する。かなり臨機応変な対応ができるようだ。

この間、オペレーターは前方を確認してはいたが、端末を操作することはなかった。その後、自動車も走行する車道に出たが、ここでもシステム任せだった。基本はシステムが運転を行い、いざというときだけ人間が運転を代わるレベル3を公道上で、しかも混合交通の中で見事に達成していた。

確かに最高速度は20km/hと遅いし、ルートの各所には自動運転車が走行することを示す標識が立ってはいるが、一般人を乗せて公道を走る世界初の完全自動運転車という主張は認めざるをえなかった。

再びアウディ新型A8発表時のニュースリリースに目を通すと、「市販モデルとしては世界で初めてとなる高度な自動運転機能が搭載」とあった。

シオンで走っているナビヤ・アルマは一般向けに市販されず、シェアリングを含めた公共交通用として供給される予定になっている。さらに実験車両であれば米国などでもレベル3相当の自動運転車は走っている。アウディもこうした状況は知っており、市販モデルという言葉を加えたようだ。

誰が最初に公道上で実用化するかが注目の1つに

「そこまでして世界初をうたう必要があるのか?」と思う読者がいるかもしれない。しかし自動運転の世界もまた競争社会であり、誰が最初に公道上で実用化するか?が注目の1つになっている。以前から自動運転の研究開発に積極的だったアウディは、なんとしても世界初の称号を獲得したいという気持ちが強く、条件付きで今回の発表としたのだろう。

アウディが属するフォルクスワーゲン(VW)グループ全体がそのようなメッセージを発しているわけではない。ベントレーやランボルギーニが自動運転に言及しないのは、人の手を介したものこそ高級という考え方からすれば当然だが、VWブランドからもアウディのようなアナウンスはない。


ここから考えられるのはグループ内での役割分担だ。VWグループは自動運転の先導役をアウディに任せたということなのだろう。これはルノー日産三菱グループにおける日産自動車にも当てはまりそうだ。

日産はレベル2相当の運転支援システムを「同一車線自動運転技術」と呼んで宣伝している。こうした動きに対しては国土交通省が「現在実用化されている『自動運転』機能は、完全な自動運転ではありません!!」とニュースリリースを出すなど異論も多くあるが、日産は上記のフレーズを使い続けている。ルノーや三菱自動車にこのような動きはない。

多くの自動車メーカーにとって自動運転の実用化は重要事項であり、今後もさまざまな宣伝活動が繰り広げられるであろう。ユーザーはこうした情報に対し冷静に向き合うことが大切だ。同時に自動運転は自動車メーカーだけのものではないことも知っておくべきだろう。そう書きたくなるほど、シオンを走るナビヤ・アルマの自動運転レベルは想像以上だった。