今月4日は、朝鮮半島の「秋夕(チュソク)」だった。日本の盆休みのようなもので、旧正月と並ぶ祭日だ。この日は北朝鮮でも韓国でも、様々な料理を作って先祖の霊前に供える。ところが、今年の北朝鮮の秋夕は少し様子が違った。

生活苦から逃避

国際社会の対北朝鮮制裁で物価が高騰し、充分に供え物を作れなくなっているというのだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、例年のこの時期は秋夕需要で物価が上がり、しばらく経てば元に戻るものだったが、今年は物価が上がるばかりで下がる気配がなく、商人も消費者も不安がっている。

情報筋は、ガソリン価格の高騰が物価上昇を招いたと見ている。商品の運送にはソビ車(個人運送業者の車両)が使われるが、ガソリン価格の高騰が、物価にも反映されたというのだ。

また、農作物が凶作との噂が広がったことや、経済封鎖から来る不安心理も、物価上昇を煽っている。

供え物には欠かせないコメ、小麦粉、肉類、果物、お菓子の価格が軒並み上昇している。ある時点で1万5000北朝鮮ウォン(約195円)だった豚肉1キロの価格が、翌日には2万ウォン(約260円)になったほどだ。

消費者は少しでも安いものを求めてあの店この店を渡り歩いたり、供え物の品数を減らしたりした。また各家庭では、自宅の庭で栽培した穀物で供え物を作ったり、主食を一時的にコメからジャガイモに変えたりして、浮いた材料を供え物に回すなど工夫をこらしたという。

北朝鮮でも所得の格差拡大が著しいが、それは供え物にも如実に現れる。

咸鏡北道の場合、供え物に費やす費用は、貧しい家庭が6万ウォン(約780円)、平均的な家庭が最高で20万ウォン(約2600円)、富裕層では最高で100万ウォン(約1万3000円)に達する。

量を見ると、貧困層ではコメ2キロ・小麦粉3キロ・豆1キロ・豆腐3丁・果物2種類となっている。これが富裕層ではコメ6キロ・小麦粉5キロ・豆3キロ・豆腐15丁・果物6種類になる。さらに、富裕層は豚肉を5キロほど買い込むが、貧しい人々には肉を買う余裕はないという。

北朝鮮は、大量の餓死者を出した1990年代の「苦難の行軍」と呼ばれる大飢饉以降、食糧事情が大幅に改善した。しかし、国家による配給システムは破たんしたままで、庶民は現金で食べ物を買わなければならない。

国民経済のなし崩し的な資本主義化が進行し、貧富の格差が広がっている今、貧困層は食べ物の価格がわずかに上昇しただけでも大きな影響を受ける。

(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち

北朝鮮社会はこのような苦境を経験しながら、庶民が商売にいっそう精を出すなどして、国家に頼らず生き抜く力を着実に高めてきた。しかしそれと同時に、経済的な困難が社会にネガティブな変化をもたらしたのも事実だ。

たとえば1990年代末の大飢饉「苦難の行軍」の頃や、2009年の貨幣改革により経済が大混乱に陥っていた頃には、餓死を免れるために多くの女性が「生計型売春」に走らざるを得なかった。

また、覚せい剤などの薬物蔓延も心配だ。自身、覚せい剤を使用しているという咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、「(覚せい剤を)1回キメれば、生活の苦労も忘れ、気持ちがいい。こんな世知辛い世の中、覚せい剤なしでは生きていけない」と語り、薬物が生活苦からの逃避手段となっていることを認めた。

このような荒廃から、社会を回復させる力を北朝鮮の金正恩体制はほとんど持たない。早く経済制裁を解除できるよう、核兵器開発を止めさせることは、北朝鮮の人々を救うためにも必要なことなのだ。