―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意したが、優良物件の男たちとのデートはうまく行かず、元彼に心なびくものの、「結婚」という言葉を出した途端に引かれてしまう。そして麻里は、とうとう自分を騙した既婚男・浩一を利用し、運命の男に出会ったはずだが...?




―なんで、連絡が来ないのよ...?

先週末の、優樹との劇的な出会いから一週間。

あれほど話が盛り上がり、たしかな手応えがあったにも関わらず、優樹からの連絡はなかった。

単純に麻里が前のめりであっただけという可能性もゼロではないが、10代の頃から東京恋愛市場で相当の場数を踏んで来たのだから、自分に興味を持った男を見極めるくらいの勘は備えている。

あの日の優樹の様子や反応を冷静に思い返してみても、その後の発展はともかく、少なくとも一度は誘われてもいいはずだ。

―なんで...。なんでなんでなんで?

控えめに言ってもかなりモテる自分が、普段よりもずっと愛想を振りまき、あれほどピュアでロマンチックな気分に浸ったというのに。

優樹だって「また会いたい」と、熱い視線で自分を見つめていたではないか。

あるいは、実は彼の方が一枚上手で、ただ思わせぶりな態度をとられただけなのだろうか。いや、どう考えても、優樹はそんな男ではないはずだ。

―私のこと、忘れちゃったわけ...?

やっと現れた白馬の王子様。彼だけは、どうしても見過ごせない。

麻里は悶々とした思いを抱えながら、ひどく頭を悩ませていた。


待てど暮らせど鳴らないスマホ。そんなときは...?


イイ女は、“誘われて”こそ赴くもの?


「そんなに深く考えないで、自分から誘ってみればいいじゃない。彼、草食っぽい男だったし」

頭を抱える麻里に、親友のみゆきはアッサリと言い放った。二人は表参道の『amankula TOKYO』に集合している。

ここは身体に優しいスーパーフードのドリンクが楽しめるカフェで、二人は“チアシード&アサイースムージー”を片手に、お決まりの近況報告をしていた。




「えっ、私が自分から誘うの...?そんなのあり得ないでしょ」

優樹からの連絡を待ち続け、毎日幾度となくスマホと睨めっこしていた麻里であったが、自分から連絡するなんて発想は皆無だった。

どんな出会いにせよ、イイ女は“誘われて”こそ赴くものだ。ガツガツ自分から男に媚びるなんて、モテない女の典型行動ではないか。

「麻里、もうそんな悠長に構えてる時間はないのよ。私たちの目標は年内婚約でしょ?あとたったの3ヵ月よ?連絡がないなら、自分からするしかないじゃない」

「まぁ、そうだけど...」

イマイチ納得できない麻里を尻目に、みゆきはご機嫌な様子でスムージーを味わっている。

「ところで、みゆきはどうなの?何か進展あった?」

麻里が聞くと、彼女は待ってましたとばかりにニンマリと満面の笑みを見せた。

「実は私ね...雅也さんとイイ感じなの」

「ウソーっ!!雅也さんって、あのアフロ氏のことでしょ?!」

あまりの驚きの報告に、麻里は人目も憚らず奇声をあげてしまった。みゆきの相手というのは、優樹と出会ったとき一緒にいた、一風変わった音楽マニアのアフロヘアの男である。

「失礼ねぇ、アフロじゃないわよ。ちょっとパーマがかかってるだけでしょ。実はあの食事会の次の日ね、さっそく誘われて”ULTRA“に行ってきたの。それが意外にすっごい楽しくて...」

「ウルトラ...?」




“ULTRA”というのは、数年前から日本に上陸した世界最大級の音楽フェスである。

世界中のトップDJが出演するとのことで港区界隈のパーティーピープルも毎年湧いているが、麻里も一度、元彼のサトシに誘われてVIPテーブルを陣取ったことがある。

周りには芸能人やモデル、得体の知れないセレブ風の男女がうじゃうじゃと集い、音楽にそれほど興味のない麻里でも、その場の雰囲気を味わい人間観察をするだけで楽しかった。

「雅也さんね、今度の“エド・シーラン”の来日コンサートのチケットも取ってくれたのよ」

そういえば、みゆきは学生時代ダンスサークルに属しており、クラブで踊るのが大好きだったことを思い出す。

ちょっとした趣向がリンクするだけで、理想の高い女心が、これほど簡単に傾くものなのだろうか。

そんな彼女の幸せそうな得意顔を眺めていると、麻里ものんびりとしていられないような焦燥感に駆られた。


とうとう優樹に連絡した麻里。その反応は...?


恋の期待が高まり、僅かな違和感に気づかぬ女


「...うーん...。彼は今、ちょっと面倒なプロジェクトが佳境で、忙しいのかもね...」

既婚者の浩一は、歯切れの悪そうな口調で言う。

みゆきのハイテンションに焚きつけられ、自分から優樹に連絡してみようとしたものの、やはり無駄なプライドに邪魔され、まずは紹介者である浩一に探りを入れるため電話をかけてみたのだ。

「あの食事会のあと、優樹くんは私のこと何か言ってませんでしたか?」

「いやぁ、楽しかったって丁寧にお礼を言いに来たよ。麻里ちゃんのことも、すごい可愛いって言ってたけど...」

「けど?なんですか?」

「もう一人の佐伯くんはどう?彼も麻里ちゃんを絶賛してたよ」

―あの、牛乳瓶底メガネのガリ勉くんね。

自分で紹介しておきながら、浩一はなぜ煮え切らないコメントを繰り返すのだろうか。

「私、優樹くんがいいんです。自分から連絡してみるので、浩一さんもバックアップして下さいね。よろしくお願いします」

浩一の態度に少々ムキになった麻里は、電話を切ると、ひどく緊張しながらも「えぃっ」と優樹にLINEを送った。

「優樹くん、麻里です。先週はありがとうございました。もし時間あれば、明日ランチかディナーでもいかがですか?」

当たり障りのないメッセージで様子を伺っても良かったが、みゆきの言う通り、とにかく時間がないため単刀直入な文面にした。明日は日曜日であり、もはや週末は1日も無駄にできない。




すると、これまでの心配はよそに、優樹からの返信はものの3分で届いた。

「麻里ちゃん、連絡嬉しいです、ありがとう!明日大丈夫です^^お店考えるので、ディナーどうかな?何か食べたいものがあったら遠慮なく教えてね」

メッセージを見た瞬間、麻里は天にも昇るような歓びを味わった。たかがLINEの返信一つで、これほど一喜一憂するのも初体験である。

―明日は、とうとう優樹くんとデートなのね...!

スマホを胸に抱きしめベッドの上で一人興奮する麻里に、優樹からさらに新着メッセージが届く。

「早速だけど、麻布十番の『ラパルタメント ディ ナオキ』を予約しちゃいました。もしも好みに合わなかったり、他に行きたいお店があれば変更するので言ってね」

やはり、勘違いなどではなかった。

返信の速さ、誘いに対する迅速な対応、そして何よりも、優樹のテンションの高さが文面からきちんと伝わって来る。

舞い上がる気持ちを必死で抑えながら、麻里は今夜予定されていた別の食事会と、明日デートの誘いを受けていた商社マンへの断りLINEを素早く送った。

もう、これまでキープしていた男たちも、出会いの場もすべて不要だ。

代わりに、今夜は溶岩浴ヨガ、明日の昼間は美容院を予約しよう。明日は万全の態勢でデートに臨み、この運命の出会いを必ずモノにするのだ。

―ついでに、新しい秋服でも買っちゃおうかしら...♪

決して恋愛偏差値の低くない麻里ならば、この時点で、いくつかの違和感に気づいても良かったはずであった。

しかし、恋に一直線な女は、少々愚かになるのが世の常なのだ。

▶NEXT:10月15日 日曜更新予定
運命の男・優樹とのデートで感じた、不穏な気配とは...?!