清潔感が大事です(写真 : Naypong / PIXTA)

“エグゼクティブ・ビジネス・パーソンは見た目が100%! 水分量が少なく皮脂量が多い、連日のひげそりで傷んでいる、といったメンズ肌の特徴に合わせたスキンケアは必須です”
〜デュボワ氏 エステサロンのオーナー〜

先だって、エマニュエル・マクロン大統領のメークに3カ月で340万円とのニュースが入ってきました。そればっかりじゃない、就任早々の人気沸騰も冷めて、最近の凋落はパリも秋が来たというところかもしれません。
背広にはおカネをかけなくても(フランスが4万円スーツの大統領にお熱の訳)、メークはしっかりキメていたってことですかね。フランソワ・オランド元大統領も少ないヘアにカネをかけていた、ニコラ・サルコジ元大統領だって実は塗りまくっていたとか? 昨今の大統領たちのヘア&メーク浪費ぶりもあらわになって、ほんとびっくりです。

よその国のことですし、一国のプレジデントなのです。金額こそ大きく感じますが、より美しく身だしなみを整えるのは義務ともいえますものね。ブゥブゥ言うことではありません。ただし、贔屓(ひいき)のマクロンには一言。「あなたはまだ若いのだから、素の若さのほうが強みなのよ。あなたが今あるのは妻のブリジットのおかげかもしれないけど、お化粧まで教えてもらう必要はないでしょう」とね。

ネイルの手入れ、脱毛…エグゼクティブは大変!

洒落者のパリジャンは、この20年で変わりました。フェースクリーム、シェービングクリーム、アフターローションあたりで済ませていたのが、外見で中身までも査定するアメリカ風にすっかり染まってしまいました。ことにビジネスマンのエグゼクティブたちは大変みたい。ネイルの手入れと脱毛――胸・背中・手足のムダ毛には気を使っています。ヒゲを脱毛する向きもいますが(パリで女子に不評な「無精髭」が流行る理由)、これはパートナーの好き好きで変わります。

パリのエステサロンのほとんどがメンズメニューを導入済みです。お客さんの2〜3割、多くて半数がメンズといったところでしょうか。サロンのカップル用キャビネットは常設が当然ですし、メンズ専門エステもちゃんとあります。

日常のスキンケアでは栄養クリーム、アイクリームからアンチエージング美容液まで、女性と変わらぬ幅広いラインの導入が進んでいます。香水店のメンズコーナーでは、ブランドのメンズアイテムがギッシリです。パリジャンの特徴は“香りづけ”ですね。日本だったらデオドラントで仕上げのところ、ラストのフレグランストッピングはマストです。

メンズの場合はイチもニもなく清潔感です。野性味ムンムンの渋いセクシーがいいって? ちょいワル親父なんて前世紀の遺物ですよ。いまどき女性は望んでいません。スマートでクリーン、フレッシュフレグランスでセンシュアルをゲットしましょう。女性はフケ・耳毛・鼻毛には想像以上にチェックしていますよ。この1点だけでも、つねに注意を払ってくれる愛する人との共同生活をオススメするほどです。

日本文化の中での男子の美容を考えてみる

さて、やまとおのこ。「パリジャンに見倣ってがんばりましょう」なんて、軽薄なことを私は申しません。むしろ、日本文化の中での男子の美容または化粧ということを考えてみたいのです。

もう30年以上も前のことになりますが、土曜の昼下がりにラジオを聞きながら本を読んでいたら、DJの久米宏さんの「えっ、男の子もシャンプーで髪洗うんですか?」と驚かれる声が耳に入ってきました。そんな時代になっちゃったのかという慨嘆の口調でした。私も「えっ、じゃあ男の子はなんで洗ってるの?」と驚きました。男性化粧品はあっても、メンズ専用シャンプーはまだなかった頃でした。学校でクラスメートに聞いたら、ほとんどは母や姉のシャンプーを使っていましたが、久米さん世代は普通のせっけんで頭を洗っていたようです。

隔世の感という言葉はこんなときに使うんですね。お化粧も自由にできなかった男の子、質実剛健のイメージですが、大昔からそうだったのでしょうか?

「武士道というは死ぬことと見つけたり」で名高く、武士道を説いた江戸時代の『葉隠』という書には「風体の執行(しゅぎょう)は不断鏡を直したるがよし」の一句があります。武家奉公の基本は風采をあげることにあるから、つねに鏡を見て風体をチェックしろと言うのです。

この風習はそれ以前から行われていたようで、日本で織田信長や豊臣秀吉に会見したポルトガルのルイス・フロイスは「われわれの間では貴族が鏡を見ていれば柔弱な行為と考えられるが、日本人の貴族(武士)は衣服を着るために、誰でも鏡を置くのが普通である」と不思議がっています。

それどころか『葉隠』には「写し紅粉(こうふん)を懐中したるがよし」と書かれています。化粧用の口紅やほお紅などを懐に入れておきなさい。時によって、酔い覚めや寝起きなどの顔色の悪い際に、またいざというときには、口紅やほお紅を薄く引いて、風采を整えるようにしなさいと教えています。

この章句を三島由紀夫の『葉隠入門』は、そのように敵に対して恥じない道徳は、死のあとまでも自分を美しく装い、自分を生気あるように見せるたしなみを必要とするので、切腹の死化粧にも通ずるものである――と解説しています。

けれど自己陶酔した作家の個人的な美意識と、武士道とはなんの関係もありません。「風采があがらない」とは、容貌や容姿を整えていない人は風格に欠けるということです。戦国が終わって泰平の世となって武士道は成立しました。武家奉公人に求められたのは武術の腕ではなく、藩を代表して幕府や他藩と交際する周旋の才だったのです。才よりも先に風采があがっていなければ、交渉もなにもどうしようもありません。さらに他藩よりも主君や上役、また同役に下僚たちから信頼を得るためにも、風采をあげることは必須だったのです。

忠義の忠は「心の真ん中」を意味します。忠義とは「真心をつくす正しいもの」を意味します。江戸時代の武士は女房子どもよりも殿様第一だったのでしょう。その忠義の真心を貫くために、いつも鏡を見て、口紅やほお紅を携帯していたのです。自分を飾り立てるためではなく、御奉公の誠のための化粧というのですね。

鏡を見るのが柔弱だなんて、ヨーロッパの男子は三島のように、自分の見栄でしか考えられないのでしょうか。伝統もある、歴史も古い。日本男子、なかなかやるではありませんか。

男だからこそ美しくあるべき


世の中は変わりました。隔世の感です。日本男子のみなさん、いま真心を捧げるべき対象は誰ですか? ピンポン! 妻でなければ恋人、パートナーしかありませんよね。真心をつくすべき人のために美しくありたい、それでこそ「やまとおのこ」です。

男だからこそ美しくあるべきです。美は表象ではなく意思あるいは“覚悟”なのです。スキンケアに清潔を心掛けるだけでもパートナーが喜んでくれます。喜んでくれたら、気も上がるというものです。

いまや男も女もない、女性だって、真心をつくすべき人のために、より美しくなりましょう! 同時にパートナーをさらにいい男にしちゃいましょう。

「ほかの女性に狙われるから嫌」だって? ちっちゃい、ちっちゃい。狙われるような男性が自分のパートナーであることは誇りです。女の度量が計られます。

いい匂いのするいい男性を増やして、日本をさらに明るく、センシュアルな国にしていこうではありませんか!