反移民政党に反対するデモ参加者。ベルリンで撮影(写真:ロイター/Hannibal Hanschke)

9月24日に行われたドイツ連邦議会(下院)選挙では、ネオナチすれすれともいわれる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が初の国政参加を果たしたことで、ドイツ内外に衝撃が走った。極右政党の国会入りは戦後初。しかも全709議席中約100議席獲得で、第3党の位置である。2015年以来100万人を超える難民を受け入れた「太っ腹」ドイツには、排他的政党を支持する相当数の国民がいたのである。

困っている人に手を差し伸べる国民と他者を敵視する国民という両極化があらわになった選挙結果となったが、こうした状況を解消するべく、ドイツの高級週刊新聞ディー・ツァイト(本社ハンブルク、発行部数50万部)があるプロジェクトを立ち上げている。

電子版「ツァイト・オンライン」の編集室が置かれているベルリンで、プロジェクトの共同マネジャー、フィリップ・ファイグル氏に話を聞いた。

米大統領選やブレグジットへの反省

ファイグル氏が同僚のクリスチャン・バンゲル氏と「D17」を始めようと思ったきっかけは、昨年11月の米大統領選や、その半年前に英国で行われた、欧州連合(EU)に加盟し続けるか離脱するかの国民投票だった。

米大統領選で、なぜ世論調査会社やメディアはドナルド・トランプ共和党候補の勝利を予測できなかったのだろうか? 英国のEU国民投票でも、なぜ離脱(「ブレグジット」)の勝利を察知できなかったのか?


フィリップ・ファイグル氏(写真:ツアイト・オンラインのサイトより)

今年年頭、ツァイトの編集スタッフは、ドイツで米大統領選やブレグジットのような現象が起きないようにするのにはどうしたらいいかと頭を悩ませた。9月末にドイツで下院選挙が控えていたからだ。

米大統領選や英国民投票では事前予想が大きく外れた。「ドイツ下院選の予想をそのまま信じてしまったら、大きな驚きになる可能性がある」(ファイグル氏)。

また、複数の米国人ジャーナリストに大統領選の報道について聞いてみると、米メディアの一部は「国内の半分を十分に理解していなかったと感じた」と言われたという。

米国や英国では「社会の両極化」が発生していることが指摘された。ファイグル氏自身が「ドイツでも両極化が発生している」と感じていた。


ツァイト・オンラインの「#D17」のページ(ウェブサイトより)

そこで、米大統領選やブレグジット投票で明白になった「予想の不正確さ」「メディアが国全体の声を把握していない」「社会の両極化」に対処するために、今年2月、D17を立ち上げたという。

地方の声を全国へ

D17は3つの目的を持っていた。まず、地方ジャーナリズムの活性化だ。「メディアが大都市のことしかわからない」状態を防ぐためだ。これを「ハイマートリポーター」(「ホームタウンのリポーター」の意味)と「ウーバーランド」(「陸上の」の意味)で形にした。

「ハイマートリポーター」では、ツァイト・オンラインの記者が生まれ育った土地に戻り、現地リポートを書いた。通常、記者が地方に行って記事を書くとき、その土地の歴史などをほとんど知らないままに現地入りするが、現地出身の記者を送ることで、記者はその土地に住む人に特別の共感を抱き、よりよい記事が書けるのではないか、と思ったという。記者当人からすれば出身地に「特別の思いがあるはずだから」。

「ウーバーランド」用には全国各地の地元メディアに向けて書くフリーランスのジャーナリストに寄稿してもらった。地元メディアの記者やフリーランサーは通常、特定の地域に向けて書くことになるが、全国紙であるツァイトに掲載されることを前提に全国の読者向けに地方の記事を発信した。ツァイトにとって、初めての試みである。

意外なことが起きた。たとえば、ドイツ南部のある村で、政府が森林地帯を環境保護地域として指定しようとしたところ、地元住民が強く反対した。保護区に指定されると規則がたくさんできて、自由に指定区域を使うことができなくなることを懸念した。住民たちによる、大規模な抗議デモが発生した。大都市に住むジャーナリストからすれば、森林地帯を環境保護地区にするのはいいアイデアに思えた。しかし、地元住民からすればそうではなかったのである。

これを記事化したところ、ドイツの田舎の小さな村の出来事だったが、「トランプ米大統領の記事よりも、はるかに多くの人に読まれた」という。

ドイツの人口分布をみると、10万人未満の市町村に住む人が全体の70%を占める。ツァイトの編集スタッフはほとんどが大都市圏に住み、発想も大都市に住んでいることを前提としていた。しかし、実はこの70%にこそ、読者の大きなニーズがあったのである。

そこで、この70%の場所に記者を派遣し、原稿を書かせるようにした。「どんなアプローチをして、どんな表現を使うかについて事前に議論した」。外から突然やってきた記者が地元住民をインタビューし、「この田舎の村は何とすてきなのだろう」というような書き方はしないことにした。「地元住民にとって重要な問題を真剣にリポートする」ようにしたという。

「地方で起きていることを全国の読者に向けて書く――これがジャーナリズムの実験としては今年最大の成功だった」

両極端な意見を持つ人同士を結ぶ

欧州に急増する難民・移民を助けるため、アンゲラ・メルケル独首相は2015年以降、100万人余の難民を受け入れてきた。これほどの規模の難民を受け入れたことで、ドイツ国内では支持派と不支持派の流れができた。

ドイツ下院選で、メルケル首相率いる保守勢力から票を奪ったのは、反移民・反イスラム教を明確に打ち出すAfDだった。

社会の両極端化・分断化をなくすためにツァイト・オンラインがD17プロジェクトを通して実践したのが、「ドイッチェランド・シュプレヒト」(「ドイツ、語る」の意味)である。互いに両極端の意見を持つ人をマッチングさせる仕組みだ。

5月、ツァイト・オンラインは読者に複数の質問を投げかけた。「ドイツの難民受け入れ数は多すぎると思いますか?」「西欧諸国はロシアを公平に扱っていると思いますか?」など、「はい」または「いいえ」で答えられるような質問である。4週間後、約1万2000人の読者が回答を送ってきた。

回答者が実在する人物であることを確かめた後、「質問に対して正反対の回答をした人で、互いにそれほど遠くない地域に住む人」を選び、2人組のカップルを作った。

「相手に会って、話し合ってみてほしい」と依頼したところ、600組がこれに応じた。

大規模な「お見合い」が、6月18日にドイツ各地で行われた。ツァイト・オンラインが会話の様子を撮影した写真を送ってほしいと頼み、続々と写真画像や感想を述べるメールが送られてきた。「とても貴重な体験だった、楽しかったと言ってくれた。話し合いの後に、友人同士になったという人もいた」(ファイグル氏)。

ツァイト・オンラインの特設画面には読者から送られてきた数々の写真が掲載されている。ファイグル氏が個人的にこのプロジェクトで最も興味深く感じたのがこの「ドイツ、語る」だという。


「ドイツ、語る」のコーナーには読者から送られてきた写真が掲載されている(ツァイト・オンラインのサイトより)

「サイト上にはコメント欄があって、読者はさまざまな感想、意見を載せてくれるが、実際に読者同士が1対1で会うのはまったく異なる体験になる」

ツァイト・オンラインの記者も5組の議論の場に参加し、その模様をサイト上でリポートした。

選挙の予想をシリアスに受け取るな


投票日直前のツァイト紙の1面

ファイグル氏が最後に紹介してくれたのが、選挙予想をそのまま信じないようにするための防衛策だ。

今回のドイツの下院選挙では事前の選挙予想がほぼ実現したものの、メルケル首相の与党勢力の下落度(311議席から246議席)、そして右派政党AfDの予想外の健闘(ゼロから94議席)は多くの人にとって衝撃となった。

「支持率、得票率の予想には必ず3%程度の誤差が出る」ため、世論調査会社の調査結果を掲載する場合、「どれぐらいの誤差の可能性があるかを同時に載せた」という。

また、「5人と魚」と題する試みも行った。投票結果の予想には5人の専門家の意見を載せるとともに、水槽に入れた魚の動きも掲載した。魚が水槽の一方の側に長くいれば「メルケル勝利」、逆の側にいればライバルとなった「社会民主党のマルティン・シュルツ氏勝利」と見なした。「魚を予言者にして、毎日、予測してもらった」。


魚が選挙を予測する?(ツァイト・オンラインのウェブサイトより)

しかし、魚を使った本当の目的は「選挙予想をあまりまじめに受け取るな、と言いたかった」。

D17のプロジェクトは年内いっぱいは続く。来年以降、地方ジャーナリズムの開拓など、部分的に残してゆく予定だという。