行政院長任命後の褚清徳氏(右)。蔡英文総統(中)との共存共栄は可能か(撮影:劉咸昌)

2017年9月8日、台湾の行政院長(首相に相当)に、台湾南部の都市・台南市長を務めてきた褚清徳氏が就任した。1959年生まれの57歳。これまで与党・民主進歩党(民進党)のホープといわれた男だ。2016年に蔡英文総統が就任したが、1年半足らずで支持率は30%に低下。鳴り物入りで就任したにもかかわらず、台湾国民の満足度は高くない。このような窮状を救うために、頼清徳氏を行政院長に就任するとのうわさが、これまでかなり流されてきた。


当記事は台湾「今周刊」の日本語訳です

そのうわさが現実になった。実力も人気も十分な新行政院長だが、不安も当然ある。台湾の歴代の行政院長はいずれも短命だ。総統に代わって批判の矢面に立たされることもしばしばで、“政治の消耗品”扱いされる存在でもあったからだ。頼清徳氏がこのジンクスを打ち破り、台南市長時代に見せた数々の手腕で「頼神」と呼ばれるほどの実力を行政院長として発揮できるのか。

神と呼ばれた台南市長時代の手腕

蔡英文総統が9月5日に頼清徳氏の行政院長就任を宣言、その後の記者会見では前任と後任の行政院長を壇上に並ばせた。異例なことだが、これは新旧の引き継ぎが滞りなく行われていることをアピールするためのものだった。前行政院長の林全氏の在任期間は15カ月。これまで与党だった国民党が不当に取得した党資産の処理や公務員を中心とした年金改革、大型インフラ建設計画などを進めたが、いずれも大きな抵抗を受け続けた。

林全氏は、彼が最も重視していた税制改革案を提出した後、「総統による人材配置に有利なように」との理由で辞表を提出した。これが意味するのは、「柱と梁(はり)は完成させた。あとは後任者がきれいな家を建ててくれ」ということだ。ある民進党の立法委員(国会議員)は、「林全は反感を受ける仕事をやり終え、後任に仕事がやりやすいように整えてから去っていった」と評価する。

が、行政院長というポストはこれまで、せっかくの逸材を損なわせる場といわれてきた。過去2代の総統時代を見ると、陳水扁政権で最初の行政院長だった唐飛氏の在任期間はわずか4カ月。次の馬英九政権での最初の行政院長だった劉兆玄氏は1年4カ月など、行政院長の平均任期は1年半程度だ。そのため、頼清徳氏の所属する民進党内の派閥「新潮流派」の長老は、頼清徳氏が行政院長になることにあまり賛成していないようだ。というのも、新潮流派としてようやく育てた将来のスターが、行政院長という職で潰されることを心配したのだ。

それでも、頼清徳氏は深い思索を経た後、誰もが反対したにもかかわらず、政治のより深層にかかわる道を選んだ。誰もが高い評価を与えていた台南市長という快適な世界から、中央政界のジャングルに踏み込むことになった。そんな彼の行く手を阻む厳しい課題は、以下のような9つがある。

挑戦1 労働基準法をどう処理するか

林全氏は在任中、蔡英文総統の選挙公約である労働者の完全週休2日制を実現するため、労働基準法の改正を推進した。その結果、改正後に企業の人件費が増加すると同時に、一部のビジネスパーソンにとっては残業代が減ったと、労使双方から不満が集まった。頼清徳氏は今年7月、「労働基準法は再改正すべきだ」とはっきりと表明、「これはわれわれの責任だ」と強調した。だが、具体的にどう改正するのかは、いまだはっきり説明していない。

頼清徳氏は再改正に意欲を見せるが、そのハードルの高さを甘く見るべきではない。民進党の一部の委員(議員)らは、残業時間を3カ月に1度清算する「労働時間貯蓄制度」の方式で改正することを提案している。しかし、労働者団体はすでにこれを拒絶しており、強行するなら選挙で民進党に投票しないと宣言している。頼清徳氏は企業と労働者のどちらの立場に立つことになるのか。あるいは、労使双方を満足させられる解答があるのか。労働政策で最初の試練を迎えそうだ。

「婚姻の平等を支持する」と断言したが

挑戦2 年金改革を甘く見るべきではない

公務員の年金改革は、すでに立法院(国会)で可決・成立している。だが、軍人と労働者の年金改革は、まだ法改正を終えていない。総統府国家年金改革委員会は、立法院の次の会期で軍人の年金改革案を審議するよう希望しており、これに反対する軍人による街頭デモが激しくなることが予想される。それに伴いこれまでの徴兵制から募兵制への移行のスピードにも影響を与えそうだ。また労働者保険年金も破産の危機に直面している。頼清徳氏としては、こうした難題に向き合わざるをえない。

公的機関でこれまで働いてきた公務員が今回の改革の対象でもあり、行政部門では士気の低下が見られる。頼清徳氏は、年金改革によって亀裂を生じた官僚システムとの間の関係をいち早く修復しなければ、行政部門をきちんと動かすことができなくなる。

挑戦3 同性婚の法制化が選挙の票を左右

蔡英文氏は総統選挙の前に、「私は蔡英文。婚姻の平等を支持する」と高らかにアピールした。しかも、日本の最高裁判所に相当する大法官会議はアジアで初めて、「民法が同性の結婚を保障していないことは、憲法が保障する婚姻の自由と性別平等権に違反しており、もし2年内に行政部門が法改正をしなければ、自動的に同性婚が認められる」との憲法判断を示した。こうして、婚姻の平等は、蔡英文政権にとって回避できない議題となったのだ。

民進党関係者によれば、立法院は下半期(7〜12月)に政府予算を処理しなければならないが、2018年2月に法案審議が始まると婚姻平等の問題が再び討論されることになる。となれば、同性婚賛成派は再び与党・民進党に対して立法化を迫ることになるだろう、と見ている。そのとき、頼清徳氏は同性婚反対派と賛成派の双方からの圧力に直面することになる。価値観と選挙の票のどちらを取るか選択を迫られたとき、政治的な知恵が試されることになる。

挑戦4 2025年までの原発廃止は可能か

グリーンエネルギーの発展を盛り込んだ改正「電業法」が成立し、民進党が核心的な価値とする2025年までの原子力発電所廃止は、その姿勢を簡単には変えることができない重要政策の1つだ。

今年8月15日に台湾全土で発生した大停電は、人為的な操作ミスを原因とする事故によって発生したものだった。だが、この停電から見ると、与党・民進党は反原発の代替策として掲げている、グリーンエネルギーと天然ガス燃料による火力発電の導入について、現在のスピードでは原発廃止で電力供給の減少分を補えないことがはっきりとしている。民進党の原発廃止政策は、厳しい試練に立たされている。今後、頼清徳氏がどのように台湾電力の体質を改善し、グリーンエネルギーの導入速度を加速させるか、民進党はその手腕を見極めようとしているところだ。

挑戦5 大型インフラ建設計画は実現可能か

前任の林全氏が任期内に推進した大型インフラ建設計画は、ようやく立法院で条例が可決・成立した。4年間に4200億台湾ドル(約1兆5000億円)を投じるこの計画は、軌道交通とグリーンエネルギー、水資源、デジタル、地位の5項目からなるものだ。またその第1期の特別予算も立法院の臨時会議で可決した。

将来、頼清徳氏がこれらの計画の執行において、どれほどの意志を見せ、能力を発揮できるか。しかも野党から、「選挙目当てだ」と疑われることがないようにできるかは、注視すべき課題である。

蔡英文総統の同意なく人事ができない

挑戦6 問われる戦闘力と派閥のバランス

林全氏の内閣は成立以来、身内である民進党内部から、国民党系官僚の人材が多すぎると批判を受けてきた。そのため、内閣全体に政策実行能力が足りず、士気は沈滞していた。文官から政務官に転じた人物が多すぎるため、交渉力や広報力が足りず、どのように政策を進めても庶民には実感として伝わってこなかった。今後、対外的な“戦闘力“の高い内閣を組織しなければ、政権の声望を高めることはできないだろう。

民進党は、頼清徳氏がいわば「戦闘内閣」を結成し、2018年の統一選挙に備え、さらに2020年の総統選挙・立法院選挙に向けて、党勢を上げてくれることを期待している。しかし、頼清徳は内閣人事について、蔡英文総統の同意を得なければならない。しかも、党内の派閥のバランスを考慮しなければならず、頼清徳氏の所属する新潮流派に人選を偏らせることはできない。しかも、頼清徳氏を助けてくれる使いやすいチームであるべきで、その人材起用の智恵が問われるところである。

挑戦7 経済振興が票を左右する

医師出身の頼清徳氏は、立法委員時代のほとんどを衛生・環境委員会で過ごし、財政・経済に関する法案にはあまり関与しなかった。しかし、台南市長に就任してからは、厳格な財源節約と開拓を同時に進め、台南市は昨年、この16年で初めて収支バランスの均衡を達成した。

頼清徳氏は財政に対して独特の節約スタイルを身につけている。が、財政・経済の閣僚をどのように任用し、そして台湾の経済をどのようにして振興させるのかは要注意だ。2018年下半期に予定されている統一地方選挙では、経済が低迷を続け人々の生活が好転せず、庶民に景気回復の実感を与えられなければ、有権者は投票で不満を示すことになる。そうなれば、支持率の低い多くの自治体の長は、中央政府の政治の影響を受けて、苦しい立場に立たされる。経済振興は、間違いなく最大の試練なのだ。

挑戦8 台湾独立の主張と対中関係

頼清徳氏の政治的主張は、台湾独立派の色彩が鮮明だ。さっそく9月26日の立法院で、「私は台湾独立を主張する政治家だ」と表明している。また今年6月に訪米した際、対中関係について「親中愛台」(中国と親しくし、台湾を愛する)という考え方を示した。つまり、台湾を愛するだけでなく、両手を開いて中国にも友好の手を差し伸べ、交流を通じて理解と和解、そして平和的発展を増進すべきだと語っている。

この「親中愛台」論は、中身があいまいで、解釈も明瞭ではない。中国にすり寄るというわけでは決してないのだが、独立派という強固な支持層から抜け出し、独立派色を薄めるという意図は明白だ。しかも、行政院長として頼清徳氏が管轄するのは内政であり、対中国政策の大権は蔡英文総統の手中にある。将来、両者がどのようにすり合わせをするのか、注目を集めている。

挑戦9 蔡英文総統と共存共栄できるか

頼清徳氏と蔡英文氏、共に政治姿勢は強気だ。この点において、双方が今後対立する事態を招くのでは、と憂慮されている。将来、双方の間には調整役が必要だとの指摘もある。両氏、そして新潮流派が運命共同体となった後、双方がコンセンサス形成の方法を見つけ出せなければ、非常に悲惨なことになるはずだ。その道を探し出すために、努力しなければならないだろう。

うまくいけば将来の副総統候補も

以上、さまざまな挑戦が待ち構えているが、頼清徳氏の行政院長就任後、世論調査での支持率は60%前後に達している。もっとも、民進党のある長老政治家は、「過去十数年間、行政院長は頻繁に交代してきたが、交代しても問題は解決できなかった。現行の総統制度では行政院は責任を負うが権限がないといった、制度運用上の問題を指摘する人はいなかった。頼清徳がその例外となれるか。もちろん期待するが、やはりリスクは非常に大きい」と分析する。

頼清徳氏は、高い評価を受けた地方首長というオーラをまとって、中央政界入りを決断した。もし、ここで蔡英文総統の声望を高めることに成功し、2018年の統一地方選挙に勝つことができれば、国民党の馬英九総統時代に行政院長を務めた呉敦義(前副総統、現国民党主席)と同様のモデルで、2020年の総統選挙で蔡英文総統とコンビを組む副総統候補として最右翼に立つことになる。反対に、もしうまくやれなければ、「頼神」は神棚から落ちてしまうことになるだろう。

挑戦すべき課題がとても多く、しかも難題が非常に多い。頼清徳氏が行政院長就任を発表する記者会見。両手をしっかりと膝の上に置き、姿勢を正したそのとき、頼清徳氏は全国民からの期待を実現するため、すでに十分な準備をしていたとは思うのだが。