昨今、急増している労災訴訟

 三菱電機の新入社員が、上司や先輩からのいじめを苦にして自殺。ご両親が同社に対し1億1768万円の損害賠償を、労働基準監督署に労災認定をそれぞれ求めている、との報道がなされています。

 筆者は、こうした労災訴訟に企業が備える保険(賠償を肩代わりする商品)のコンサルティングを行っています。つまり「企業側に立つ人間」ですが、昨今急増している労災訴訟の事例を見ていると、企業側に責任があるものから従業員側に非があるものまで、実にさまざまです。

 前者は、長時間労働やパワハラ、セクハラ、リストラの強要などが原因で「精神疾患を発症した」として労災や賠償を求めるもの。一方、後者は日ごろから職務に不真面目で、遅刻や欠勤が続き、穏便に注意しても激高、しばらく休職が続いた後「会社のせいでうつ病になったので訴える」と連絡が来るといったケースで、実はこちらのパターンも意外に多いのが実情です。

 裁判では、双方が言い分を主張しますが、ここで一つの基準となるのが「労災認定」で、認定されれば企業側の責任、されなければ個人の責任とある程度の判断基準になります。少しややこしい話ですが、労災と賠償は原則的に別の話。たとえば、労災認定はされなくても企業側の責任を認め、賠償命令が下ることもあるため、「労災認定=企業の責任」と割り切れない部分もあります。労災と賠償は“概ね”関係するものといえます。

 ここで、一つのデータをご覧いただきたいと思います。

 平成27年の「精神障がい」に関する労災認定、つまり職務が原因で精神疾患を発症したと認められた件数です。

精神障がい労災請求件数 1515件
労災認定(給付決定)  472件

自殺に関する請求件数  199件
労災認定(給付決定)  93件

 全体の3〜4割程度、自殺については約半分が認定されていますが、残りは「認められていない」のが現状で、過去のデータもほぼ同じ水準です。

 精神疾患に関わる労災認定のプロセスは「業務(仕事)」「プライベートの環境」「本人の事情」という3つの視点で考慮されます。業務は、長時間労働やパワハラなどの項目ごとに「特別な出来事」「強」「中」「弱」に分類され「中」「弱」は労災になりません(ただし「中」が複数ある場合は合わせて「強」と判断される可能性も)。「特別〜」と「強」は労災の対象になりえますが、その後の検討の結果次第です。

 次にプライベートの環境は、配偶者との不和や離婚、家族の死亡、病気、ほかにも借金や子どもの受験などの項目があります。本人の事情は、アルコール依存症の有無や、過去の精神疾患の既往症などです。大枠の流れは以下の通りです。

1.業務上「特別」か「強」にあたる事実がある 
2.プライベート、個人的な事情を考慮した上で発症の原因が業務であるか検討
3.業務が原因であれば労災として認定(給付金の支給)

 なお「自殺」だけは、自ら命を断ったという事実を重く受け止め、業務でのストレスをかなり重く見ているようです。それが、全体よりも認定率が高い理由だと考えられますが、それでも約半数は「仕事以外が主な原因」と判断され、認められていないのです。これが適切なプロセスなのか、筆者は精神医学の専門家ではないのでここでは論じませんが、「工事現場の事故で障がいを負った」などの「分かりやすい労災」に比べて、目に見えない精神を扱うことの難しさを表しています。

 三菱電機の件も今後、裁判や労災認定の過程で事実が明らかになっていくと思いますが、遺書の中で特定の上司や先輩の名と具体的な行動を挙げていることから、いじめという「事実」があったと推定され、その他の事情を考慮した上で総合的に「労災認定」が判断されることになるでしょう。

 前述の通り、精神障がいに関する労災認定はハードルが高いため、結果がどうなるかは分かりませんが、事実としては「未来ある若者が自ら命を断った」のであり、企業として、職場でのいじめを放置し、新入社員をそこまで追い詰めた道義的な責任を免れることはできないはずです。

 しかし同時に、多くの事例を見た筆者は企業だけを責める虚しさも感じます。どんなに経営者や人事部などの関連部署が対策を取ったところで、権限を勘違いしたパワハラ上司や根性の悪い先輩を完全に排除することはできないからです。であればこそ「逃げる」という処世術も大切で、今回、それらを身に着ける間もなかった若者が「死」を選んだことは残念でなりません。

 企業にとっては、イメージダウンや、関係者の降格や諭旨退職などの処分、何よりも、失われた命が戻ることはなく、遺族としては、高額の賠償金を得たとしても大切なご子息を失った悲しみが消えることはありません。自殺に関する訴訟に勝者はいないのです。

(株式会社あおばコンサルティング代表取締役 加藤圭祐)