羽生結弦【写真:Getty Images】

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【非定期連載】小塚氏が語る今季注目の新星、空港から始まる五輪独特の“空気”とは?

 本格的にシーズンが開幕したフィギュアスケート界。今季の最大の注目は、2月に控える平昌五輪だ。バンクーバー五輪代表の小塚崇彦氏がビギナーでも楽しめるように、現役スケーターの話題からフィギュア界の裏側まで、さまざま語る非定期連載。今回のテーマは「男子メダル争いの行方と、五輪を戦う本当の難しさ」――。

 熱戦の火蓋が切って落とされたフィギュア界。今シーズン、トップ選手たちが目指すのが、2月の平昌五輪だ。大本命となるのが、羽生結弦だろう。ソチ五輪で金メダルを獲得。前回王者として、1948年サンモリッツ、52年オスロ大会を制したディック・バトン(米国)以来、半世紀をゆうに超える大会連覇という偉業に挑む。

「ここ数シーズンは羽生選手の『基礎力』は抜きん出ていたと言ってもいいと思います。昨シーズン、世界選手権こそ3年ぶりの優勝でしたが、近年、全員がノーミスで演技をしたら誰が勝つかといったら、羽生選手と言い切れていた。もちろん、平昌五輪でも金メダルを獲る可能性は高いとみています」

 小塚氏も、こう期待を込める。今季初戦のオータムクラシックこそ、右膝の違和感の影響もあって2位に終わったが、ショートプログラム(SP)は自身が持つ世界歴代最高得点を更新。王者の底知れぬ強さを感じさせた。

 しかし、ビギナーファンにとって、羽生の実力は十分わかるが、果たして、金メダルを目指す他の選手は、どんな面々なのかというのが気になるところ。小塚氏に注目選手を聞くと「5人います」という。

「ハビエル・フェルナンデス選手(スペイン)、宇野昌磨選手(日本)、ネイサン・チェン選手(米国)、パトリック・チャン選手(カナダ)、ボーヤン・ジン選手(中国)。彼らに加え、羽生選手の6人が上位にいる。力は拮抗しています」

「面白い戦いをしてくれる」…小塚氏が注目する若い新星は誰?

 フェルナンデスは羽生を抑え、15年から世界選手権を連覇。今季初戦でも逆転Vを飾った。宇野は昨季の世界選手権で羽生に続く2位に迫り、今季初戦は自己ベスト世界歴代2位となる高得点で優勝。ジンとチェンは「新・4回転時代」を切り開き、チャンはソチ五輪で羽生に続く銀メダルを獲得。いずれも現在のフィギュア界のトップ層に君臨する。

「羽生選手もそうですが、フェルナンデス選手はミスするところをあまり見ない。ここぞという時に力を発揮します。ただ、宇野選手、チェン選手、ジン選手はフリップ、ルッツといった新しい種類のジャンプを持っている。トウループ、サルコウより高い得点が期待できるので、かなり大きな得点源になります」

 こう話した小塚氏によれば、今シーズン、未知なる可能性を秘めた若き新星も出現しているという。

「ヴィンセント・ジョウ選手(米国)です。昨シーズンの世界ジュニアチャンピオンで、8月にローカル大会ですが、難しい空中姿勢での4回転のフリップとルッツを両方成功させた。ジュニア上がりの選手ですが、ジャンプが跳べると技術点数が出る。グランプリ(GP)シリーズの戦い方によっては、面白い戦いをしてくれるのではないか。成長著しい選手です」

 とはいえ、羽生らが目指す五輪は4年に1度の大舞台だ。小塚氏自身、10年バンクーバー大会で8位入賞。世界選手権ともGPファイナルとも異なる雰囲気があり、それが五輪の本当の難しさであるという。自身の体験をもとに、こう明かした。

「意識しないと思っていても、必然的に五輪を意識するシチュエーションがどんどん出てくるんです」

 無意識に意識が生まれる空間は、意外にも到着時の空港からスタートするという。

空港に着いた瞬間から「オリンピアン」…五輪独特の「無意識の意識」を生む“空気”

「例えば、ADカード(アクレディテーションカード)をパスポートコントロール(出入国検査)で見せると、どこの国の人でもなく『オリンピアン』として扱われます。ジャパニーズでも、アメリカンでもない。空港内で通るラインも違う。そんなところから、意識せざるを得ない状況がどんどん出てくるんです」

 もちろん、自国にいる時から報道は盛り上がり、情報はどんどん耳に入ってくる。さらに、現地に渡れば、そこら中に五輪マークが目に付く。「気持ちは自然と高まってきます」という。

「五輪シーズンで、この大会を目指して頑張ってきた気持ちは前提にありますが、現地に行くと、五輪の感覚は意識しなくても意識するもの。考えすぎると、疲れてしまう。自分の気持ちをいかにフラットにするか、平常心に持っていくかを考えないと、五輪の雰囲気にのみ込まれてしまいます」

 自身も「選手村の部屋にいる時から緊張していました」と当時を回想。ポイントはいかにリンクで普段通りの自分を出すことができるか、だ。

「試合前では、いつもと同じような時間の流れで、ごはんとお味噌汁を食べ、出発前にちょっとゲームをやって、会場に向かいました。でも、氷の上に立った時には『やっぱり五輪だ』という感覚があるんです。ただし、そこにフィギュアのいいところが一つある。演技と同時に曲が始まる。すると、曲が鳴った瞬間、いつもの感覚に戻り、いつもと同じように集中することができました」

 独特の雰囲気がある五輪。その特別な空気を、男女含めて現役の日本人で経験しているのは、羽生一人だ。14年ソチ五輪で、こうした初体験の重圧と宿敵に打ち勝ち、金メダルを獲得。五輪の舞台に一度立っていることは、何事にも代えがたい武器になるという。

「お兄さん役」の羽生の存在がチームジャパン躍進の鍵に?

「前回の経験は大いに強みになります。これまでに羽生選手が築いてきたジャッジたちの評価を生かすためには、当日にミスをしないことが鍵。技術面でのミスさえしなければ、十分に金メダルを狙えます」

 そして、羽生の存在は日本の若い後輩選手に好影響を与えることもできるという。「もちろん、まずは自分に集中してもらいたいです」と話した上で、こう期待を込める。

「今回、彼以外に2度目の五輪を迎える選手はおらず、誰が代表になっても初めての五輪。五輪ってどういうものなのか、みんな分からない。そんな中で羽生選手がいて、しかも、彼は前回金メダルを獲っている。いい意味で“お兄さん役”の羽生選手の背中を見て、引っ張られると、チームジャパンとしても期待できると思います」

 日本の出場枠は「3」。順当なら羽生が宇野と2枠を占めることになり、日本男子を牽引する形となるだろう。そして、フェルナンデス、チャン、チェン、ジン、ジョウら、魅惑のスケーターたちと争う。果たして、特別な“空気”に打ち勝ち、表彰台の真ん中に立つのは、誰になるのだろうか。

◇小塚 崇彦(こづか・たかひこ)

1989年2月27日、愛知県生まれ。28歳。中京大中京―中京大―中京大大学院―トヨタ自動車で活躍。06年の世界ジュニア選手権、10年の全日本選手権優勝。同年のバンクーバー五輪8位入賞。11年世界選手権銀メダル。15年12月の全日本選手権を最後に引退。引退後はトヨタ自動車の強化運動部に所属し、スポーツの普及・発展に尽力するほか、アイスショーにも出演。現役時代と変わらない美しいスケーティングで人気を博している。