ピッチ上にいようが、外にいようが、チームに多くのものを還元できるほどの経験を積んできた香川だが、他選手にない武器を持つだけに、その貢献度はプレーすることでより高くなる。 (C) Getty Images

写真拡大 (全2枚)

 第7節のアウクスブルク戦で、香川真司がブンデスリーガ日本人最多ゴール記録を更新した。

 23分、アウクスブルクのCB、マルティン・ヒンターエッガーと左SBフィリップ・マックスの連係ミスを衝いたピエール=エメリク・オーバメヤンが敵陣でボールを拾うと、そこからのパスを受けたアンドリー・ヤルモレンコがダイレクトで香川へボールを渡す。
 
 その直後、ペナルティーエリアに少し入ったところから放たれた右足ダイレクトでのループシュートにより、ボールは美しい軌跡を描いてゴール左へと吸い込まれていた。
 
 これでブンデスリーガ通算38得点とした香川は、リーガにおける日本人通算得点で岡崎慎司を抜き、単独トップとなった。
 
 とはいえ、今シーズンは最初から順調な船出だったわけではない。
 
 ペテル・ボシュ新監督は、トップ下を置かない4-3-3システムを基本的に固定して採用している。中盤の1人はセンターでゲームオーガナイズを担い、その両脇でプレーする2人は豊富な運動量と守備での貢献、そして攻撃ではボールを速やかに運び、攻撃陣へボールを供給する仕事が求められている。
 
 ドイツの専門家からは、「香川の特徴はこれに合わない」といわれていた。居場所がない、と……。
 
 相手が守備を固めているところにスッと入り込んでボールを引き出し、相手が守ろうとする動きをすり抜けてゴールを射抜く――。その特徴だけが、クローズアップされていた。
 
 確かに、香川は利便性の高い選手ではなく、どのポジションでも器用にこなすという印象があるわけではない。守備に難があるのは否めないし、特徴を消されて試合からも消えてしまうことは幾度もあった。
 
 だが、香川に蓄積された経験は、ドルトムントに所属する選手のなかでも、トップクラスという事実を忘れてはならない。
 
 7月に契約延長を締結した際、ミヒャエル・ツォルクSDは「シンジは、我々のクラブ、街、ファンと非常に密なアイデンティティーを持っている。全体的に若い選手が多い我々のチームのなかで、最も経験豊富な選手のひとりであり、非常に重要な役割を果たす選手だ」とコメントしていた。
 経験とは、何をもたらすのか。それはゲームの流れを読み、必要な時に、必要な場所で、必要なプレーをすることであり、そのための準備を整えられることだ。
 
「トップ下」がフォーメーション上にないならば、試合の流れのなかで、そのポジションに行ける状況を作り出せればいいのだ。
 
 昔と比べると、香川は中盤でのゲームメイクで焦ることが少なくなっている。相手の守り方を観察し、ボールを落ち着かせ、パスを回すことでチームにリズムをもたらす。それでいて、ここぞという場面ではしっかりと、得意のプレーができる。
 
 スピードと勢いだけでは、互角以上の相手と戦うことはできない。チャンピオンズ・リーグのレアル・マドリー戦でも露呈してしまったように、ドルトムントには守備の安定と攻撃の構築に、まだ問題がある。
 
 それだけに、特に攻撃面では、香川のようなボールを落ち着かせ、攻撃に変化をもたらせる選手が、今後も戦力として欠かせないのだ。
 
 ふと、昔の取材記録を見直してみたら、2010年7月15日付の『ビルト』紙に香川のインタビューが載っているのを見つけた。日独サッカーの違いやドイツの第一印象は? というありきたりの質問が続くなか、最後に自身の座右の銘について口にしている。
 
「一生懸命、ハードに頑張った者だけが、さらに成長することができる」
 
 当時から7年の月日が流れ過ぎた。今の香川は、彼のこれまでの頑張りがもたらした成長のかたちなのだ。様々な批判にさらされた時期にも、腐らずに前を向いて進んできた証。そしてその歩みは、これからも続いていくことだろう。
 
文:中野 吉之伴
 
【著者プロフィール】
なかの・きちのすけ/1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで様々なレベルのU-12からU-19チームで監督を歴任。2009年7月にドイツ・サッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームで研修を積み、2016-17シーズンからドイツU-15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。