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●ビッグサイトがメディアセンターになることで起きること

10月5日、東京都新宿区の新宿中央公園に、展示会産業に関わる多くの有志が集まった。東京五輪開催に合わせて実施される東京ビッグサイト(以下ビッグサイト)の使用制限。それに対する抗議デモのためである。

ビッグサイトが使えなくなれば、仕事がなくなり、生活できなくなる。東京五輪の開催によって、とんでもない事態に陥りかねない人たちが大勢いるのだ。そして、この問題は、それらの人たちにとどまらず、さらに多くの人を巻き込む巨大なリスクも孕むようだ。

○最長20カ月の使用制限

東京五輪の会期は2020年7月24日(開会式)から8月9日(閉会式)にかけて。五輪開催に合わせて見本市や展示会(以下、展示会)が開かれるビッグサイトの使用が制限される。

驚くべきは制限期間の長さだ。ビッグサイトの使用制限は20カ月にも及ぶからだ。2019年4月以降、翌年11月まで、ビッグサイトの約7割を占める東展示棟が閉鎖され利用不可となる。メディアセンターとして機能させるための工事(ネットワーク、電源、空調)、通信関連の工事とテストにかける期間、原状回復などのために長期間使用制限がかかるという。さらに、残された西展示棟、南展示棟(2019年6月建築完了予定)も2020年5月から9月までは閉鎖され、完全に施設が使えなくなる。

そもそもなぜ、ビッグサイトがメディアセンターとして使用されることになったかだが、詳しい経緯については"謎"のようだ。

業界関係者によると、2016年のオリンピック招致時にも東京都は立候補していたが、その際のメディアセンターは築地市場を移転した跡地とされていた。しかし、2020年の招致時にはビッグサイトがその役割を果たす方向で話が進んだ。コンパクトオリンピックという名目のもと、既存施設を利用することになったという。どうやら、対外的な説明はなく話が進んだようだ。その結果として、今、大問題になろうとしているのだ。

結果的に、世間ではコミックマーケットが開催できなくなるなどと騒がれたが、それは問題のひとつに過ぎない。冒頭で記したデモでの訴えのように、さらに深刻な問題がある。

●見本市中止が大問題になるワケ

○仕事で関わる人の死活問題に

深刻な問題とは、展示会に関わる人には死活問題につながることだ。その影響について、東京ディスプレイ協同組合理事長の吉田守克氏は「展示会でのブース施工、電気工事、警備、人材派遣、清掃、印刷、宿泊、飲食など展示会の支援企業は深刻な悪影響を受ける。20カ月間の展示会中止・縮小によって延べ1600社が2300億円の売上を失い倒産が続出する」と警鐘を鳴らす。

それだけではない。展示会は"商談の場"である。先の吉田氏は「展示会に出展する中小・零細企業も営業や宣伝に莫大な費用をかけられず展示会を大いに活用している。展示会という販売手段によって新規顧客を開拓しているので商談の場がなくなる」とする。展示会に直接的に関連業界に携わるだけではなく、見本市を商談の場として捉える多くの中小企業に影響を及ぼし、経済に大打撃を食らう恐れがある。

その影響の大きさは莫大だ。日本展示会協会の試算によると、20カ月間で中止になる見本市は232本相当とし、出展できなくなる企業は78000社。商談の場が奪われることで喪失する売上は2兆700億円に達するとしている。

○仮設展示場は不十分

もちろん対策がないわけではない。2019年4月からの制限にともない、東京都は仮設展示場を用意する。それでもデモが起こるのは対策が極めて不十分だからだ。

まず、仮設展示場は五輪開催期間も利用できるわけではない。2020年7月以降の3カ月は使用不可になる(後述するように一部緩和の方向)。

次に、施設についてだ。仮設展示場の面積はビッグサイトの4分の1程度に過ぎない。仮設展示場があっても、ビッグサイトの使用制限がかかるため、利用可能面積は今より減ってしまう。設備も不十分だ。「仮設展示場は出展製品を搬入するためのトラックヤードや、来場者の待機スペースといった、展示会場に不可欠な要素もなく非常に厳しい条件」と先の吉田氏は指摘する。

最後が仮設展示場とビッグサイトの距離について。両施設は約1.5km離れている。となれば、類似テーマを2会場で同時開催する分断開催の可能性も出るが、これに関しての懸念は尽きない。

そもそも、1.5kmも歩いて移動しようと思える人がどれだけいるかだ。いわずもがなだが、1施設あたりの来場者が減ることは必至。展示会の効果が薄まれば、出展社も減る。減れば展示会が成り立たない。最終的に競争力を失うという流れが見えてくる。こうした負のスパイラルの発生が強く想定されると、ある業界関係者は指摘する。

●目前に迫るタイムリミット

○別会場でやるのもムリ

もうひとつ、東京ビッグサイトが無理なら、幕張メッセで開催すればいいのでは? といった疑問も出そうだ。しかし、この考えにも無理があるという。幕張メッセは五輪の競技会場となるため使用制限がかかるからだ。

それ以前の問題として、どこもスケジュールが過密化しており、東京ビッグサイトや幕張メッセなどに並ぶ展示会場の必要性が高いというのが業界関係者の見方だ。現時点でも、ある展示会が終わったら、即翌年の会場予約をしているような状況。新たなイベントが割って入る余地は少ないとする。

展示会場はどうやらパンパンのようだ。諸外国と比較しても圧倒的に足りないと、吉田氏も指摘する。「日本の展示会場総面積が35万平米、これはアメリカの20分の1、中国の15分の1、日本と国土面積がほぼ同じドイツの10分の1と慢性的に不足している」(吉田氏)。

まとめれば、日本は展示スペースが圧倒的に不足している状態だ。五輪開催によって、それがさらに縮小されようとしているわけだ。

○日展協の要望とコンパクト五輪

こうした状況を打開すべく展示会産業の団体 日本展示会協会(以下、日展協)などが動いている。日展協は100を超える団体の賛同を得ながら、問題の解決を試みている。

その日展協が求めるのは、「ビッグサイトと同規模の仮設会場を首都圏へ建設すること」、もしくは「メディアセンターのビッグサイト以外への建設」だ。

この要望は根本的な解決案となるが、コンパクトでコストをかけない祭典を目指す東京五輪という考えにはマッチしそうにない。

しかしながら、ビッグサイトのメディアセンター化や五輪終了後の現状回復に要する費用、仮設展示場の建設費をはじめ、展示会の開催不可により生じる膨大な経済損失を考慮すると、大きなメリットがあると訴えているのだ。

日展協はこうした要望を過去に何度も出しているものの、事態はそれほど好転していない。9月末に東京都が発表した対策も、緩和策に過ぎなかった。ビッグサイトの4分の1の面積にとどまる仮設展示場の使用制限の一部緩和(2020年7月と9月に計35日間貸し出す)、様々な工夫により展示会場を提供する考えがあることを示した程度だったからだ。

両者にはまだ大きな隔たりがあるのが現状だ。ゆっくりと時間をかけて解決、といきたいところだが、実はタイムリミットが目前に迫っている。ビッグサイトの利用制限がかかるのは、2019年4月からとまだ先だが、会場の一年前予約を考慮すると、直接的な影響を受けるのは2018年4月開催の展示会から。抜本的解決を図るなら、2018年3月末までがタイムリミットとなる。

先にも述べたように、展示会産業に直接的に関わる人だけではなく、数多くの人・企業を巻き込むリスクがある切迫した問題となる。タイムリミットまでにひとりでも多く納得できる解決に近づけるだろうか。