初登場7位のスマッシュヒット『ドリーム』が日本の洋画業界に残した宿題

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 先週末の映画動員ランキングは、桜井画門のコミックを実写映画化した『亜人』が、土日2日間で動員21万人、興収2億7200万円を記録して初登場1位に。コミック原作の実写映画化ブームは今に始まったことではないが、『東京喰種 トーキョーグール』、『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』と、このところ極めて短い期間に人体トランスフォーム系コミックの実写化作品が続いている。その3作品の中では、『東京喰種 トーキョーグール』との比較で117%、『ジョジョの奇妙な冒険』との比較で164%と、競合作品が少ない公開時期も功を奏したのか、後発でありながら最もいい結果を残したことになる。アクション描写に特化した作品における原作解釈に対しての支持も高く、最終的に10億のラインを超えるヒットとなりそうだ(配給サイドは、もっと高い数字を期待していたかもしれないが)。

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 今週注目したいのは、7位に初登場した『ドリーム』だ。土日2日間で動員4万2739人、興収5060万9100円という数字自体にはさしてインパクトはないが、全国63スクリーンでの中規模公開でこの成績は立派なもの。週末、都内では満席となる劇場もあったという。昨年12月の全米公開から9か月以上。映画ファンの心情としては、もっと早く日本公開してほしかったという気持ちがないわけではないが、結果的にはその長い準備期間において、作品の存在が日本でも広く浸透することとなった。

 もっとも、『ドリーム』の日本公開が実現するまでの道には紆余曲折あった。まず、本作に注目が集まったのは今年2月のアカデミー賞の時期。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門にノミネートされた同作だったが、その時点でまだ日本公開は未定。作品賞にノミネートされた全9作品の中で、アメリカでは最も高い(つまり『ラ・ラ・ランド』や『メッセージ』や『ハクソー・リッジ』よりも高い)興収を記録しているにもかかわらず、だ。

 『ドリーム』の日本公開がすんなりと決まらなかった理由はいくつか推測できる。まず、監督のセオドア・メルフィ、主演のタラジ・P・ヘンソンが、それぞれ過去に日本公開作品はあったものの、日本ではまだ無名であったこと。日本の洋画宣伝は作品の内容よりも、主演俳優や監督の名前を前面に出して展開するのが通例。そういう意味で「売りにくい」作品であったのだろう。

 また、もう少し踏み込んでいうなら、同作が黒人の女性を主人公とする、レイシズムへの批判という政治性を含みながらも、コメディ要素も高い作品であったこと。「黒人女性が主人公」「政治性」「アメリカのコメディ」。いずれも日本の外国映画興行の前例と照らし合わせた時に当たりにくいとされる要素であり、ある意味、『ドリーム』はそれらすべてが「役満」のように揃った作品であった。実際には、それらすべてが作品の重要な要素として完璧に調和したチャーミングなエンターテインメント作品(だからこそアメリカでは大ヒットした)なのだが、なかなかその魅力を日本人の観客層に正確に伝えるのが難しい作品ではあった。

 そうした事情もあったのだろう。今年6月にようやく日本公開の決定が発表された時、同作は『ドリーム 私たちのアポロ計画』という、原題の「Hidden Figures」とは似てもにつかない、そして作品で描かれている内容と齟齬が生じている邦題が冠せられていた。配給会社の苦慮については理解できる部分もあるし(それにしても「アポロ計画」はまずかったと思うが)、当時、散々炎上したこの件をここで蒸し返すつもりはないが、結果的にヤフー!ニュースのトピックにまでなったその「炎上」が、作品の認知を広める上で貢献したのは否定できない事実だ。言うまでもなく、その「炎上」は配給会社が狙ったものではなかったわけだが。

 『ドリーム』のような素晴らしい作品がこうして日本でもスマッシュ・ヒットして、口コミでの評判も広がってウィークデイに入ってからも好調を維持しているのは喜ばしいことだが、今回の一連の出来事が、現在のアメリカ映画の日本における配給、宣伝などの将来的な展開に投げかけたものは大きい。

 昨年度のアカデミー賞作品賞ノミネート9作品のうち、主人公が黒人の作品は3作品。そのうち、最も日本での知名度があるデンゼル・ワシントンが主演(兼監督)した『フェンス』は結局配信とソフトのみでのリリースとなった。今後、社会情勢からいっても、人口における人種の比率の変化からくる商業的要請からも、黒人に限らず、ヒスパニック系、アジア系などの有色人種の役者が主人公(や主人公のパートナー)の作品はますます増えていくことだろう。また、現在のトランプ政権下において、ハリウッド作品は当分のあいだは「政治性」が強まっていくだろうし、それをエンターテインメントとしてより広く深くアピールするために「コメディ」の要素もより重要になっていくだろう。今年に入ってから発表されたアメリカの映画やドラマにも、その兆候ははっきりと現れているし、もはや、ヒット作の半分近くは女性が主人公の作品だ。そうしたアメリカのエンターテインメント界の不可逆な大きな流れは、必ずしも日本の観客全般に無理やり押しつけるようなものではないかもしれないが、少なくとも観客よりも「作品に近い」ところにいる配給や宣伝、そしてメディアの人間には、早急な意識の変化が求められている。(宇野維正)