新海明美●1989年、東京都生まれ。高校卒業後、日本自動車大学校に進学。卒業後ヤナセに入社、千葉支店に配属される。2015年に成東支店へ異動。メカニック、法定点検、一般整備に携わる。

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自動車整備士の新海明美さんは、昨年日本代表としてドイツのコンテストに出場し、世界3位の成績を収めた。そんな新海さんも「向いていないかな」と悩んだ時期があったという。同期に差をつけるために、これだけは覚えよう」。先輩がつくってくれたメモを頼りに、苦手だった機械を克服。仕事の楽しさに目覚めたのは、入社5カ月目のことだった――。

千葉県山武市を通る国道126号線沿いに、メルセデス・ベンツの販売店がある。輸入車販売最大手「ヤナセ」の成東支店だ。

同社で働く新海明美さんは、この支店で唯一の女性整備士である。今年で28歳になる彼女が入社したのは2009年。県内の日本自動車大学校を卒業後、千葉支店に配属された。

ただ、「自動車が昔から好きだったわけではないんです」と彼女は話す。

「これは今でもそうなのですが、クルマが好きというより、メルセデス・ベンツが好きなんです」

父親は運送業をしており、兄は同じく自動車整備学校を出て他社の整備士になった。幼い頃からクルマは身近な存在だったが、そのなかで何より心を奪われたのが、父の乗っていたベンツの古いSLクラスだったという。1990年代初頭に発売されたR129というスポーツモデルで、色はシルバー。助手席に乗せてもらうことよりも、外観のデザインに強く惹(ひ)かれた。

「自動車大学校に入ったのは、実家がクルマ関係の仕事をしていたり、兄が整備士だったりした影響もあったと思います。でも、当時の私は機械が大の苦手でした。だからこそ、その苦手なものに挑戦して、手に職を付けたい。そんな気持ちもありました。そして、就職するなら、もちろん大好きなメルセデス・ベンツに関われる会社がいい、と思ったんです」

■「女の子だから」と言われないように

同社の新入社員は「フレッシュマン」と呼ばれ、少し年上の先輩「フレッシュマンリーダー」と2人一組で働きながら仕事を学ぶ。だが、最初の頃はわからないことだらけで、辞めようと思ったことも一度や二度ではなかった。

自動車大学校では、使い古しのオンボロの実習車で機械の構造を習う。それゆえに多少の失敗も許されたが、実際に顧客が乗るクルマでは、ボルト1本の緩みも決して見逃してはならない。

「入社してすぐの頃は、エンジンオイルを抜きながら同じオイルを足してしまったり、作業項目にない交換作業をしてしまったり……。ヘックス(六角)レンチの使い方が下手で、ボルトを壊してしまうこともありました。そのたびに先輩にカバーしてもらっていて、正直、向いていないかな、と悩みました」

新人整備士は法定点検や車検の簡単な作業から始め、徐々にエンジンやトランスミッション(変速機)の交換など複雑な仕事を任されるようになっていく。その日々を振り返るとき、彼女が自身の原点として思い出すのは、千葉支店で仕事を教わった、4年上の先輩整備士のことだ。

「女の子だからと言われないように頑張ろう」

彼は初めにそう言うと、「そのためには、同期に差をつけるような仕事をすればいい。そうすれば絶対に認められるから」と続けた。

「何より感謝しているのは車種ごとのマニュアルにいろいろとメモを書いてくださったことです。例えば、基本的な点検作業をする際も、バッテリーの位置は車種によってさまざまで、新人はそれを覚えるのにまず苦労するんです。先輩は、そのわかりにくい箇所をリストにしてくれました。『これをとりあえず覚えれば、仕事も自然と早くなるよ』って」

■「テックマスターズ」の日本代表に選ばれる

数カ月の研修期間を終えると、新人も一人で作業を担うようになる。少しずつ任せてもらえる仕事も増え、成績として個々の工賃売り上げが張り出されると、彼女は整備士という仕事にやりがいを抱くようになっていった。

「月々の工賃売り上げが増えると、目に見えて自分の成長がわかります。入社5カ月目に200万円を超えたときは、ほめられました。それで『もう一年、頑張ろう』と思うようになったんです」

千葉支店で5年間を過ごした後、初めての異動で配属されたのが現在の成東支店だった。

そんな新海さんが次の目標に掲げるのは、ダイムラー社が主催する「テックマスターズ」という整備士のコンテストで優勝することだ。昨年はその予選を突破し、日本代表の一人に選ばれ、ドイツのシュツットガルトで開かれる「グローバル・テックマスターズ」に出場した。世界中の販売店から選りすぐりの整備士が集まる大会で、3位の成績を収めた。今回はクルマの基本的な点検を行う「メンテナンス・テクニシャン部門」での出場だったが、いずれはセンサーや制御系といった複雑なシステムを担当する「システム・テクニシャン部門」に挑戦したいと考えている。

成東支店に来て3年目。新海さんはいま、新人を指導する立場にもなりつつある。大会に再び出場するという目標を抱くと同時に、「自分自身が育ててもらったように、後輩をきちんと指導できるようになりたい」と思うようにもなってきた。

「ベテランの整備士のなかには、クルマを一目見ただけで、お客さまの運転のクセがわかる人もいます。そんな人の仕事を目の当たりにすると、とても刺激を受けます。私も先輩たちのように後輩を育てながら、影響を与えられる整備士になっていきたいです」

(ノンフィクション作家・ノンフィクションライター 稲泉 連 撮影=吉澤健太)