話は伝わっていくほどに小さくなったり、まったく違った内容に変化してしまうものだから(写真:kikuo / PIXTA)

いくら立派な方針、経営理念をもっていても、それが単なるお題目にとどまっていたのでは、なきに等しいと思います。それらが、社員や部下の心のなかに入り、行動指針となってはじめて生き、また、社員や部下が育っていくということになります。

また、そこから、会社に人が育つ風土も生まれてきます。そのような方針や理念に限らず、誰でも自分の思いを伝えるということはなかなか難しいことだと思います。自分はこういうことを言いたかったのに、それが伝わらなかったという経験をお持ちの方は結構多いのではないでしょうか。

さまざまな解釈がある


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その理由はいろいろあるでしょうが、まず、「レベルの違い」というものが考えられます。体験の豊富さのレベル、知識の高さのレベルが異なれば、当然、思いは伝わりにくい。人生経験豊富な大人が小学生に、高尚な人生論や人生哲学を説いたとしても、おそらく小学生にはわからない。ノーベル賞を受賞した科学者が私たち素人に専門の話をしてくれたとしても、普通、私たちには理解できません。

また、ひとつの言葉も人によって受け止め方が異なることもあります。昔の狂歌に「手を打てば 下女は茶を汲(く)み 鳥は立ち 魚(うお)は寄り来る 猿沢の池」があります。奈良にある猿沢の池のほとりの茶屋の床几(しょうぎ)に腰かけて手をたたけば、茶屋の女の人は自分が呼ばれたと思い、お茶を汲んで持ってくる。鳥は追い立てられたと思い、バタバタと飛び立つ。池のコイは餌がもらえるのではないかと寄ってくる。このように、同じ手をたたく音を聞いても、それぞれの立場によって解釈が違うということです。

さらに言い間違い、聞き間違いがある。そのために、受け止め側がまったく違った受け止めをすることもあります。自分はそういったつもりでも実際には、無意識に違ったことを言っている。たとえば、簡単なことですが、「エビでタイを釣る」を一生懸命に話していると「タイでエビを釣る」と言ったりするのは、まだご愛嬌でしょうが、「これから私たちは、右の道を進む」というべきを「左に進む」と無意識に言い間違えるということはよくあることです。

また、聞き間違いというか、受け止め方を誤解するということもあります。過日、テレビの野球中継で、アナウンサーが、この選手は、いま調子がいいが、その原因は何かと問うと、解説者が「そうですね、まずいのは、腰の構え」と言う。アナウンサーは、動揺しながら「まずいのは腰の構えですか。しかし、これだけ打っているのだから、いいところはないのですか」と聞くと、「だから、まずいのは、腰の構えですよ」と答える。

そうです。「まずいいのは」を、「まずいのは」とアナウンサーは聞き間違えたというか、そのように聞こえたということです。

このように、言い間違いも聞き間違いもあることは、仕方のないことでしょう。もっと決定的なのは、感覚の違いがあることです。人間の感情、感覚というものは無限。ですから、「素直」という言葉も、人によって受け取り方が異なります。「青色」と言っても、自分の考えている青色と他の人の頭の中にある青色とは違います。

今まで、書き記してきた例は、ほんの一部ですが、とにかく、社長なり上司が自分の考えている方針なり理念を正確に伝えること、あるいは、自分の思いなりを100%正確に伝えることは、かくのごとくに難しいということです。

方針を部下に正確に周知するには?

それでは、社長なり上司は、どのようにすれば方針なり理念を社員や部下に正確に周知徹底できるでしょうか。その方法はたくさんあるでしょうが、ここでは3項目を挙げてみたいと思います。

まず大切なことは、社長なり上司が、「1000%の思いを込めて、伝え、話すこと」です。自分の思いや意思は、直接話したとしても真意を伝えるのは難しいのに、これが組織全体、社内全体となると、その難しさはケタ違いになります。すなわち、話は伝わっていくほどに小さくなっていく、あるいは、まったく違った内容に変化してしまうものです。

「伝言ゲーム」という遊びがあります。最初に、ある短い話を次の人だけに伝える。次にその人が、また次の人に伝える。そうすると10人目の人にどういう話かと尋ねると、最初の話とはまったく異なる話になっている。そういう遊びを経験された人も多いと思います。話の伝わり方というものは、そういうものなのです。

この実験を前提に言えることは、社員や部下に100を伝えようと思えば、社長や上司は、いわば1000の思い、熱情をもって話をしなければならないということです。そうでなければ、10人目にはまったく伝わらないということになります。ですから、社長も上司も、自分の話す方針なり、理念なり、指示はそれにふさわしい内容でなければならないのはもちろん、実際にそのような滾(たぎ)るような心からの熱意をもって、言葉を発しなければならないということです。

次に、意思伝達で大事なことは、「繰り返し理念や方針、自分の思いを訴え、話をすること」です。

社長や上司は、ともすると、前に1度よく話をしたのだからもういいだろうとか、自分の思いをペーパーにして、加えて、冊子にして配布しているから、伝わっているだろうと考えがちですが、もしそう考えるとするならば、よほど自分の話、冊子に自信のある、というより自信過剰な傲慢な考えだと思います。誰でもそうですが、そのときは真剣に聞いていても、時間が経てばしだいに薄れ、忘れていくものです。もともと「人間は忘れる動物」だからです。

社員や部下に社長や上司が自分の意思を伝え徹底することは、あるいは「夏の芝生の雑草取りの作業」と似ているかもしれません。芝生の雑草は、取ればまたすぐに生えてくる。それを取ってもしばらくするとまた生えてくる。1度取ればもう生えてこないというものではありません。

社長や上司が自分の方針や思いを伝えるのも同じことで、根気といえば根気、まことに根気がいりますが、その根気がないと社長なり上司の考えや思い、方針・理念は社内に、部内に浸透せず、人材も育っていくということはないのではないかと思います。また、その繰り返し話をすることによって、言い間違いや聞き間違いを修正することも可能になるのです。

その繰り返しの根気の作業の積み重ねによって、意思伝達が確実に正確に行われるということになるのです。

“なぜ”を説明する

3つ目に、社長なり上司が心得ておくべきことは、「“なぜ”を説明すること」です。「自分の考えはこうだ」「会社の理念はこれだ」「こうしてほしい」とだけしか言わなければ、「わかっているよ」で終わってしまいます。それでは、意思伝達が十分になるということはない。社長なり上司の思いが、社員や部下に伝わるということは、たぶん、不可能でしょう。1000%の思いを込めて話し、繰り返し訴えても、なぜ、このようなことを自分は皆さんに訴え話しているのかという説明をしなければ、臥竜点睛を欠くということになります。

“なぜ”を説明することによって、社員は「なるほど、そのような理由なのか」「そういうことであれば、一生懸命、仕事に取り組もう」ということになります。わけもわからず、理念を話され、方針を説明されても、「聞き置きます」で終わってしまうでしょう。

もちろん、ほかにもいろいろなコツがあると考えられますが、少なくとも「1000%の思い、願いを込めて話し訴える」「繰り返し、話し訴える」「“なぜ”を説明し、話し訴える」は欠かすことができません。上司たるもの、まずはこの3点を心掛けるべきです。

この3点を実行することなく、「うちの社員は出来が悪い」「俺の部下はレベルが低い」などと言ってはいけません。それはとりもなおさず手抜きのためであり、最悪の社長、上司だと自覚すべきでしょう。