社長に復帰すると息巻く岡田氏

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 パチスロ大手のユニバーサルエンターテインメントで起きたクーデターが新局面を迎えている。解任された岡田前会長が経営復帰すると宣言したのだ。だが、その素顔は気に入らなければ平気で暴行を働く「暴君」そのものだ。家族と会社に見放された男の悪あがき。

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 子の忘恩は蛇の牙より身に食い入る――。信じていた2人の娘に裏切られたリア王は、我が身の不幸を嘆いたが、ユニバーサルエンターテインメント(以下UEと略)前会長の「パチスロ王」岡田和生氏(74)の心中は、いかばかりであろうか。が、この人の場合は、むしろ「身から出た錆」という言葉が似合うかも知れない。

 それは妙な光景だった。9月14日、東京・霞が関の司法記者クラブに乗り込んできた岡田氏は、社長への復帰を宣言するとともに、自分を失脚させた長男・長女に対する“思い”を吐露して見せたのである。

社長に復帰すると息巻く岡田氏

「息子と娘が協調して(私を)排除するという考え方を取ったのですが、娘はまったく内容を聞かされておらず振り回されていた。(中略)息子は洗脳されて(事態が)理解出来ていないんです」

「息子は根がマジメ。自分の本音を出さないで、何を考えているか分からない。思い込んだら怖いところがあるんです」

 約1時間、独演会よろしく喋りまくる岡田氏に記者たちは圧倒されるばかりだったが、これには少し説明が必要だろう。

 そもそもUEは、岡田氏というワンマン経営者を抜きに語れない会社だ。岡田氏が同社を創業したのは48年前。パチスロからカジノホテルと業容を広げてきたが、毀誉褒貶にも事欠かなかった。

カジノにも進出したが

 業界誌の編集者が言う。

「岡田氏の手法はとにかく強引。ライバルと見れば徹底的に潰すか買収するというやり方だった。が、経営の勘はピカイチで、いち早くカジノ大手『ウィン・リゾーツ』に出資して、成功させています。一方でウィンと対立し(現在訴訟中)、アメリカの規制当局が賄賂などの調査に乗り出しマスコミを騒がせたこともある。もちろん社内でもやりたいことをやる。たとえば外で知り合った女性を連れて来て入社させたりするのは当たり前。行きつけのクラブのホステスを役員に取り立て、周りを呆れさせたこともありました」

 それでも長者番付でトップに立ったことがあり、総資産1000億円といわれる岡田氏に周りはひれ伏した。そんな「パチスロ王」に異変が起きたのは今年5月のことである。

「UEの株の約7割は、香港にある同族企業のオカダホールディングス(以下オカダHDと略)が握っており、岡田氏が君臨できたのも圧倒的な持ち株があるからこそです。ところが、5月12日、突然、岡田氏がオカダHDの代表を解任される。同社の株主は岡田氏が約4割、長男の知裕氏が約4割、そして長女が約1割(残りは岡田氏の妻が0・36%)という構成ですが、長男と長女が反旗を翻したのです」(同)

 権力の源を失ってしまえば失脚するのも早い。続いてUEでもクーデターが勃発する。

「オカダHDの代表解任に慌てた岡田氏は5月23日にUEの臨時役員会でストックオプションの付与を要求します。持ち株を増やして支配権を取り戻そうと考えたのでしょう。ところがこれを拒否されたばかりか、逆に役員会でこれまでの公私混同を追及されてしまう。結果、不正を調べる特別調査委員会が設置され、職務を停止されてしまうのです」(同)

 不正とは、岡田氏が子会社を通じて行った20億円の貸付などだ。金が流れた先は謎の「中国人」で、一部は還流して岡田氏の個人口座に入ったことも確認されている。臨時役員会では「ここはオレの会社だぞ。お前ら全員再任しないからな!」と息巻いた岡田氏だが、時すでに遅し。6月29日の株主総会では自分自身が解任されてしまう。

 だが、「裸の王様」は、自分の姿に気がつかないものだ。岡田氏も、部下の離反が信じられなかった。7月下旬、側近の元役員が特別調査委員会の聴取に応じたことを知ると、自宅近くの喫茶店に呼び出し、大立ち回りを演じている。以下は、その実況音声。

岡田「お前、これって決着つけるのに(中略)ちゃんと第三者委員会(註・特別調査委員会のこと)に話す前に何で(俺のところに)来ないんだよ! このヤロー、ふざけやがって。このヤロー!」

元役員「いや、私は……」

岡田「ナメてんのか、馬鹿ヤロー! オイコラ、お前コラ!」

 元役員の胸倉を掴んで、殴りかかる岡田氏、まるでゴロツキである。

元役員「会長、警察呼びますよ。傷害ですよ、傷害」

岡田「いいよ、傷害だろうと何だろうと!」

 まわりにいた客は唖然とするばかり。これがUEの前会長だと知ったら、とんでもないブラック企業だと思うに違いない。

社内で孤立

 諦めきれない岡田氏は、さらに抵抗を続ける。和解を求めて子供2人や妻を提訴するが、9月になって急転直下、長女から支持を得られたと宣言。再びUEの社長に復帰すると冒頭の記者会見を開いたのだ。だが、この“宣言”をそのまま鵜呑みに出来ない。長女は持ち株を兄の知裕氏に供託しているからだ。

 それにしても、この父と子の深い亀裂はどこから始まっているのだろう。岡田氏は早くから知裕氏を後継者にするべく、入社4年で取締役経営企画室長に就けている。自分の持ち株の約4割を持たせたのもそのためだ。だが、父親に引き立てられた知裕氏は、2002年に役員を辞め、いったん会社を去っている。

「当時、知裕氏は松竹との合弁会社の社長を兼任していましたが、元ホステスの女性役員と対立し、社内が2つに割れたことがありました。ところが岡田氏は女性役員の側につき、知裕氏は社内で孤立してしまったのです」(元社員)

 知裕氏はその後、役員に復帰したものの再び退社。やはり、父親へのわだかまりが原因だったのか。普段からあまり父親のことを話さない知裕氏が、ふと、UEの幹部にこんな思い出話をしたことがある。

「岡田氏は1997年に前妻を亡くしていますが、知裕氏は生母との思い出が詰まった家に住み続けていました。ところがある日、旅行から戻ってくると家が跡形もなく壊されていた。知裕氏愛用のバイクも廃車にされ、更地になった自宅跡にはナンバープレートだけが放り出されていたそうです」

 後継者といっても万事がこの調子、と言いたげだった。岡田氏はその後、31歳年下の現夫人と再婚したが、知裕氏はしばらく新居も知らされていなかったという。

 2人の子供たちは、「暴君」に復讐する日をじっと待っていたのだろうか。

「週刊新潮」2017年10月5日号 掲載