ヤマト運輸・サービスセンター(Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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 ヤマト運輸が、宅配便の個人向け料金の引き上げをすることになった。その主な理由は、アマゾンのネット通販を経由した物流の増大に、ドライバー数の確保が追い付かなかったからだ。いうまでもなく、これは人手不足の顕著な例である。

 経済学の価格理論に基づいてヤマトの値上げを分析すると、配送価格(供給価格)が低すぎたため、供給を上回る需要が発生してきたと考えられる。供給力が限界に達したことを受けて、ヤマトは価格を引き上げることで需要の抑制を図ろうとしている。これは、経済学の理論に基づけば、正当な発想だ。

 ヤマトが吸収しきれないほどの需要を集め、それに対応できなかったことに関する議論はさまざまある。たとえば、ヤマトの時間指定再配達サービスが“過剰である”との指摘は多い。そもそも、必要以上のサービスを追加料金なしで提供していたのだから、料金の引き上げは当然だろうと考える経済学者は多いようだ。

 しかし、こうした指摘が本質的だとは考えづらい部分もある。ヤマトはきめ細やかなサービスの提供によって国民の支持を得た企業だと評価できる。それゆえ、同社は値上げに二の足を踏んできた。今回の料金引き上げが顧客離れにつながらないとも限らない。人手不足という深刻な問題に直面するなか、料金の引き上げだけで同社の競争力が維持できるとは考えづらい。

●正念場を迎えるヤマト運輸
 
 ネット通販大手アマゾンのプライムサービスの普及に伴い、多くの人々にとって自宅に居ながらほしいものを購入し、自宅で受け取ることが当たり前になりつつある。特に、プライム会員の場合、注文した当日、あるいは翌日に、配送料を払わずに品物を受け取ることが可能だ。これは実に便利である。

 それを支えてきたのが、ヤマトだった。物流量の増加にもかかわらず、ヤマトは宅配便の個人向け料金を引き上げることなく、再配達も含めてサービス内容も維持してきた。人手不足が深刻化するなか、同社はパートタイマーの確保にも力を入れたが、物流量の増加ペースはそれをはるかに上回るものだった。その結果、現場が疲弊し、需要の取りこぼしが顕在化してきたのである。

 この状況を「デフレ脱却の好機」などと評する専門家もいるようだ。確かに、ヤマト単体で見れば、さばききれない需要が集中したことは明らかだ。ただ、それはヤマトの“臥薪嘗胆”の結果ということもできるだろう。物流業界全体がヤマトと同じ状況に直面したわけではない。

 需要が高まるためには、多くの人々が「欲しい」と思うヒット商品の創造が欠かせない。ヤマトが多くの人から支持されたのは、丁寧な配送態度に加え、アマゾンプライムサービスの無料配送を一手に引き受けてきたからにほかならない。言い換えれば、低価格ゆえにヤマトに配送需要が一極集中した。ある意味、今回の状況は「デフレの産物」とみることもできる。

 この状況は、ヤマトにとって正念場だ。それは、価格を引き上げて需要の抑制に動いた同社が、今後も顧客からの支持を獲得していくことができるかということだ。

●ヤマト成長のカギは“省人化”

 人手不足の問題を解決するために、解決策は大きく分けて2つある。

 まず、働き手の数を増やす。これを国内の労働市場における労働力の供給だけで実現することは難しい。そのため、外国人労働者の受け入れが主な論点になると考えられる。すでに政府は単純労働に限定して外国からの労働者を受け入れるための具体的な制度設計に着手しているが、今すぐに人手不足を解消できるだけの制度は実現していない。実際に外国人労働者の受け入れを増やすこととなれば、社会面での不安をどう解消するかなど、議論が進みづらくなる可能性もある。

 2つ目の対策として、省人化がある。これが、最も現実的な発想だろう。読んで字のごとく、実際に業務に従事する人の数を減らすのである。機械に任せられることは、機械に任せる。それ以外のホスピタリティーなどが求められる分野に労働力を振り向ければよい。

 すでに、ヤマトは神奈川県湘南地区で自動運転技術の実用実験を行っている。新しい技術の導入に向けた実験は、より広範囲に、より迅速に行われるべきだ。そのために、政府は実業界の要請を真摯に聞き入れ、必要な対策を講じていかなければならない。

 少子高齢化が進むなかでの人手不足は、ヤマト運輸固有の問題ではない。国全体の問題だ。ヤマトは、人手不足という難題に直面する企業として、省人化技術の導入を加速することの意義を政府に求めていく必要がある。そうした取り組みを進め、これまでにはなかった宅配サービスを生み出すことができるかが、同社の成長にとって重要だろう。同社は労働力ありきの発想から脱却する転換点を迎えているということもできる。

 今回の料金引き上げを受けて、ヤマトよりも他社のサービスを選ぼうとする消費者は増える可能性がある。これは、一部では“過剰なサービス”と言われたヤマトのビジネスが消費者に浸透してきたことの裏返しといえる。料金の引き上げ後も消費者の満足度を高めることができるサービスを提供することが、ヤマトの業績を左右するだろう。

●省人化という大きな“革命”
 
 わが国の将来を考えた時、人手不足を解消し、介護や保育など、働き手が不足している分野に労働力を供給していくことは、喫緊の課題である。多くの分野で人手不足が指摘されているなか、特に単純作業に従事する人員を確保することが難しくなっているようだ。中小企業の経営者と話していても、「単純作業に従事してくれるパートタイマーを確保することが非常に難しい」との声を多く耳にする。

 単純作業であるだけに、機械化できる余地は大きいのではないか。ロボットが仕事を奪うなどという意見もあるが、それはかなり偏った感情論にも思える。経済全体で実質ベースでの賃金が増えづらいなか、そうした心情が増えやすい状況であることはわかる。しかし、人手不足が深刻化するなかで機械化などを通した省人化を拒否し続ける以上、経済全体での成長が覚束ないことも、かなりはっきりしている。

 IoT(モノのインターネット化)、ブロックチェーンに代表される分散型ネットワークシステム技術の開発に支えられ、省人化は世界各国が重視する取り組みとなってきた。ビッグデータの分析とP2P(ピア・トゥ・ピア)の通信技術などを融合することで、ミドルマネジメントなどを必要としない「自律分散型組織(DAO)」が実用化される可能性も高まっている。

 ヤマトはこうした先進的かつ革新的な取り組みを進めるべき企業といえる。従来の発想に加え、省人化を短期間で実現することが、同社の競争力を高めるだろう。言い換えれば、ヤマトは、省人化や物流システムの自動化を通して従来にはなかった物流のビジネスモデルを生み出し、さらなる需要の取り込みを目指すべきだ。

 大仰に聞こえるかもしれないが、ヤマトはそうした物流の“革命”を目指すべきだ。わが国の社会でそうした取り組みを進めることは容易ではない。ある意味、従来の価値観や常識、しがらみを打破できるか否かが、今後の企業の成長を左右すると考えられる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)