シュパン!パカ!チュルチュル〜。
「ぶわっ、うめえええっ!」
 中年ラン鉄、これまで感じたことのないプルンプルンに、ビニールハウスの中で遠吠え。もう、おバカ丸出し。

福岡県糸島市 福吉漁港 牡蠣小屋


 玄界灘に喰らいつく勢いで、2月の糸島半島へ。福岡市地下鉄空港線で博多の街を離れ、姪浜から相互直通相手のJR筑肥線でさらに西へと走る。
 海風を顔面とハゲ頭に受け、深呼吸。
 線路と並走する唐津街道。クルマの人たちも、海面をチラチラと見つめながらのんびりドライブ、といった感じ。
 福吉。大正期の北九州鉄道時代に開業したこの小さな駅には、福吉漁港「牡蠣小屋」の案内は、どこにもない。
 ビニールハウスの中で、採れたての牡蠣を焼いて喰らうという、冬季限定の激シブな海の幸イベントへは、電車よりもマイカーで、ということか。
 昼過ぎの漁港に人の姿はなく、怖いぐらいに静かだが、白いビニールハウスの中だけは、大盛り上がり。
「うまかあ!」「きゃあ!おいしいっ」
 ビニールハウスの入口、小さな机の上に、牡蠣がゴロゴロと入ったカゴが並べられている。
「いらっしゃーい。千円か二千円から選べますけんねー」
 牡蠣を網の上に並べ、待つ。玄界灘の旨味が、殻の間から吹き出てくる。
「殻の間から汁が出たら食べてね」
 中年男の初体験。プルンプルンで海の味が口いっぱいにジュワ〜っ。
あのグルメリポーターの気分だ。
「まさに、玄界灘の宝石箱や〜っ」
 喰らった数、10個以上。海の幸、キラッキラのオイスター10カラットをいただいたあとは、カラッツだ!
 虹ノ松原。静岡の三保、福井の気比とともに、日本三大松原と称される景勝地を愛でながら、唐津へ。

佐賀県唐津市 旧唐津銀行本店


 電車の終点である西唐津と、唐津の間は、唐津線と呼ぶという。
「へえ、なんでだ。調べちゃおっと」
 なんでも出してくれるスマホの画面に、またも喰いついた。この唐津のあたり、もともと筑肥線の線路は海岸に近い側にあり、いまとは違う東唐津でスイッチバックし、伊万里へと続いていた、っていうじゃないか!
「姪浜と西唐津の間は、JR九州線内で唯一の直流電化路線。へえマジか〜」
 スマホの情報と引き換えに、車窓に映る松浦川と唐津城の景色を見逃した。
 唐津炭田と唐津港を結んだ唐津興業鉄道(現・唐津線)の煙を妄想。
 炭鉱で栄えた時代の名残があれば、見てみたい。そう思って街を歩く。
「どっかで見た感じの、赤レンガ…」
 旧唐津銀行本店。赤レンガと白い御影石が織り成すその容姿は、どことなく、これ東京駅に似てないか!
「ここはですね、東京駅を設計した辰野金吾の弟子、田中実が設計したんです。辰野はここ唐津の出身なんですよ」
 館内の女性ガイドが教えてくれた。
 東京から1200キロ離れた、唐津で、辰野式赤レンガ建築に出会うとは。
 この旧唐津銀行の南、千代田橋へ向けて延びる路地に、小料理屋やスナック、バーが軒を連ねる小道がある。
「このあたりに、赤線があったんよ」

 酒屋のおじちゃんの言葉に興奮。
「夕暮れまで待てないで酒、オレ」
 街の盛衰と色気に酔いながら呑むには、早すぎる。炭鉱で栄えた、妙味たっぷりの町から、逃げるように呼子へ。
 西唐津から先、なんと!建設中に頓挫した呼子線という線路が残っているという。が、中年ラン鉄はその遺構をスルー。港のB級グルメを喰らいに。
 呼子港のイカバーガー。熱々のフライに中年男、またも玄界灘に叫ぶ。
「うわっ、これもうめえっ!」
 穏やかな港の空を泳ぐウミネコが、やかましい中年に「クゥ」とひと言。
「いちいちうるさいね」ってか。
 唐津に戻って一杯、といこうか。

この連載は、社会福祉法人 鉄道身障者福祉協会発行の月刊誌「リハビリテーション」に年10回連載されている「ラン鉄★ガジンのチカラ旅」からの転載です。今回のコラムは、同誌に2014年2・3月号に掲載された第20回の内容です。

鉄道チャンネルニュースでは【ラン鉄】と題し、毎週 月曜日と木曜日の朝に連載します。

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