米国ミズーリ州で農場を営むビル・ハンター氏とローラ・コリンズ氏の兄妹


 米国農業と聞いて、読者が最初にイメージするのは、日本とは比較にならない広大な面積で行われる大規模農業であろう。大量生産ゆえ日本と違って生産される作物の価格も安く、これを根拠に日本の農業も大規模化を図るべきだと長らく叫ばれてきた。

 しかし、アメリカ農家の大部分は、日本同様、兼業農家であることを知っている人はどれだけいるだろうか? 規模こそ違うが、日本同様アメリカでも農業だけでは食えず、外に働きに出る農家が8割以上いる。

 この程度のことは訪米前にも私は知っていたが、似ているのはそれだけではなかった。大規模化のパターンも同様なのだ。

 これに気がついたのは、イリノイ州の大規模農場、ウェント・ファームでクライメートコーポレーションの農業用気象分析システム「フィールドビュー」(FieldView)の説明を聞いていた時だ(前回のレポート「元グーグル社員が開発、農地監視システムの実力は?」を参照)。

 どこにどの程度雨が降ったのか、降雨量が色別に描かれている地図を見せて解説してくれていたのだが、何やら画面に四角い図形がたくさん描かれている(下の図)。まさか、これは同農場の畑の位置を示しているのか?

「フィールドビュー」の画面。降雨量が色別に描かれている


 質問すると、まさしくその通りであった。私が「まさか」と思ったのは、農地の分散度合いが半端ではなかったからである。前回も書いたが、ウェント・ファームの農地面積は6100エーカー(約2470ha)で、農地数は100個ほど。農地間の最長距離は50マイル(80Km)にもなるのである。

 さらに他の農家の畑も同様に分散しているのかと問えば、「残念ながら」そのとおりであると答えが返ってきた。他に視察した農家でも同じ質問をしたが、ほぼ同じ答えが返ってきた。まとまった農地を持っているのは小規模農家で、大規模になるほど農地が分散する傾向にあるという。これでは日本と全く変わらないではないか・・・・。

[バックナンバー]
(第1回)誤解の中で農業の啓蒙活動に取り組むモンサント
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51073
(第2回)元グーグル社員が開発、農地監視システムの実力は?
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51135

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アメリカ農業も効率的ではない

 日本農業の活路として「大規模化」を主張する人の多くが分かっていないのは、「単なる大規模化では生産効率は上がらない」ということだ。

 日本の大規模農家はおおむね2つの理由で大規模化している。「自分の意志で大規模化する」、もしくは「農業を辞める人から頼まれた農地を引き受けている間に大規模化してしまった」のどちらかである。

 だが、いずれの場合も、まとまった農地を取得できることは少ない。したがって大規模農家は大抵の場合、耕作地が分散する。それはアメリカにおいても同様だったのには個人的に驚いた。

 耕作地の分散は効率化の敵である。農地が隣接しておれば、農機を移動させるのにそれほど手間はかからない。しかし数キロの範囲内に分散している場合、農機をトラックに乗せて移動し、また下ろす手間が発生する。しかも大型機になるほど、そうした移動に手間がかかる。

 トラックに大型コンバインを乗せたり、下ろしたりする時のことを想像していただきたい。大型機の積み下ろしは最も危険な作業の1つである。また、上げ下ろしには、それぞれ5分は見ておかないといけない。つまり、合わせて10分である。大型機を一反程度の水田で使う場合、速い人なら10分程度で刈り取ってしまう。「機械の積み下ろし+刈り取り」でかかる時間の20分のうち機械の稼働時間は半分しかないのだ。これに加えて移動時間もかかる。これでは効率が上がるはずがない。

 アメリカの大規模農家の場合、農業機械の大きさがトラックに積めるようなレベルではないので自走して農地に行くことになる。だが、農機具はクルマのように速度は速くない。日本同様、移動の手間が相当かかっているのである。

 実際は何時間もかけて農機を移動させるのは現実的ではない。そのようなときは、もう1台、遠隔地の農地のために農機を購入し、農機を置くための倉庫を建てたりすることになる。言い換えれば、アメリカ農業も日本同様、全く効率的ではないのだ。

最初はうまくいかなかった不耕起栽培

 日本の農業との相似性は、実はこれだけではない。ほかにもそっくりなところがいくつもある。

 ウェント・ファームから南下すること20キロ付近、同じくイリノイ州にあるスタン・クーンズ農場は、地域を代表する不耕起栽培農家である。全米トウモロコシ生産者協会の土壌健全度パートナーシップに参加している、土作りにこだわる農家である。経営面積は1800エーカーと比較的小さいが、養豚も手がけている。豚の糞を使った堆肥を散布している288エーカー以外は不耕起栽培である。

「不耕起栽培」とは、文字通り農地を耕さず作物を育てる農法で、耕さないことで作業を削減すると同時に、土壌の団粒構造を保持できるメリットがある。団粒構造とは土壌の粒子が集まって固まったもののことを指す。団粒がきちんとできていると土は保水力や肥料成分を保持する力を持ち、それでいて過剰な水分は速やかに排出される理想的な状態になる。この団粒構造は、耕すと破壊されてしまうのだ。

 スタン・クーンズ農場を訪れると、まず地元の営農指導員の人が、団粒構造の有無でどれだけ保水力が違うのか、実験して見せてくれた。耕作された土壌と不耕起土壌に同量の水をかけて、どれだけ保水力が違うか比較すると、写真のように一目瞭然である。出てくる水の量も違えば、水の濁り具合も全く違う。

耕作された土壌と不耕起土壌の保水力の違いを示す実験。左が耕起した土で、土壌が流れ出て濁っている。右が不耕起の土で、土も流れない上に保水力が高いから、流れ出る水の量も少ない


 有無を言わせぬ実例を見せつけられてから、スタン氏の話を聞く。もとも不耕起栽培を行うきっかけは1980年代から90年代の穀物価格の暴落時でコストを抑えようとしたところから始まる。

 不耕起栽培は92年からはじめたが、最初はうまくいかず、3年やってようやく続けていけるめどがついた。それでも営農はなかなか困難が多かったようだ。普通の耕起する栽培法だと耕すことで一気に雑草量をゼロにできるが、不耕起はそうはいかない。したがって雑草との戦いは困難を極める。多くはおっしゃらなかったが、相当な失敗と辛酸を舐めてこられたようだった。

 しかし、遺伝子組み換え作物を導入することで様相は変わった。遺伝子組換え技術でラウンドアップ除草剤に耐性を持つように改良された除草剤耐性作物であれば、ラウンドアップをかければ、雑草との戦争はほぼ終了で、作物は影響を受けずに生育する。もう1つの特性である、害虫抵抗性の遺伝子組換え作物によって害虫駆除の農薬散布も大幅に減った。

抵抗性害虫の発生を抑制

 しかし、それに安穏ともしていられない。スタン氏はトウモロコシ畑に入って2本のトウモロコシをとってきた。1つはきれいなトウモロコシだが、もう1つは明らかに虫にやられている。遺伝子組み換えのはずなのにやられるのかと思っていたら、違った。害虫に抵抗性がつかないよう、種まきの時にわざと害虫にやられるトウモロコシを一定量混ぜているのである。

 同じ農薬を何年も使っていると、薬剤に対する抵抗性を持つ害虫(通称:抵抗性害虫)や雑草(通称:抵抗性雑草)が発生してくるのはよく知られている。除草剤耐性の機能をもつ遺伝子組み換え作物に散布するラウンドアッブ(有効成分:グリホサート)にも抵抗性のある草が発生している。

 スタン氏の場合、殺虫能力のある害虫抵抗性の遺伝子組み換え作物に、抵抗性を獲得する害虫の発生をできる限り遅らせるために、害虫抵抗性ではないトウモロコシを一部混ぜることで、抵抗性害虫の発生を抑制している。

 その仕組みは少々複雑だ。本記事の最終ページで説明したので、関心のあるかたはご覧いただきたい。

広大な農場でも近隣住民から苦情?

 さて、不思議な点が1つあった。スタン氏は豚も飼っている。母豚が200頭ほどおり、多くの子供を産み、その子供を育てて出荷している。豚舎は非常に清潔で糞一つ落ちていない。なぜなら豚舎の床に張ってある板のスキマから糞尿が下に落ちるようになっているのである。糞尿の掃除をしなくていい、実に優れた設計の豚舎である。

 家畜糞尿は、良い有機物堆肥になる。しかし作った堆肥を散布しているのは全農条面積の6分の1ほどだけである。なぜ、もっとまかないのだろう。

 最初は畑全部にまけるほど量がないのかと思った。しかしスタン氏の話を聞いて驚いた。豚の糞を使った堆肥をまくと、近所から苦情が出るというのである。

 先に記したように、スタン・クーンズ農場は不耕起栽培を行っている。よって畑は耕したくない。しかし堆肥をまくと、どうしても悪臭が発生してしまう。悪臭を消すには、堆肥をまいたあと、速やかに耕すしかない。すなわち、不耕起栽培を実践できなくなるのである。

 これを聞いた時、私は耳を疑った。ここはアメリカである。農場の前に立って見渡せば、水平線上に2、3軒の家しか見えない。クルマがないと移動できないような所だから道を歩いているような人などまずいない。そんなところですら、近隣住民から悪臭の苦情が出るのかと・・・全く日本と同様ではないか。

不耕起栽培農家のスタン氏


「まだまだ規模拡大はやれる」と後継者

 3件目、4件目に回ったのはミズーリ州の農家であった。ここでも全く日本と変わらない話を聞くことになった。最初に回ったのは、アメリカ穀物協会の理事でもあるジム・ステューバー氏の農場だ。ここでは、日本人がやってくるというのでご近所の農家も集まって、日本人がどんな質問をするのかとワクワクニヤニヤしながら見ているという愉快な状況でジム氏の話を聞いていた。

 イリノイ州と違い、ミズーリ州には水は豊富にあるようで、同農場付近は湿地帯の上にあるようなものだという。そのため排水路がたくさん掘られている。そうしないと湿気で畑作物がやられるからだが、それでも収量は高くはならない地域だった。

 そのため農家は多かれ少なかれ何かの農業保護プログラムに入っている。反面、並のことをやっていては食えないと皆が分かっているから、先進的な農業に率先して取り組む風土があるという。そんな地域性もあって、遺伝子組み換え作物の導入も早かった。ジム氏は最初に導入した年は雨が多く不作になってもおかしくなかったが、良くできたのを覚えていると話してくれた。精密農業も多くの人が取り組んでいるという。

 精密農業との相乗効果もあるのだろう。収量も上がった。当時のトウモロコシの収量は1エーカー当たり150〜175ブッシェルだったのが、現在では185〜220とれるようになり、品質も当時よりかなり向上した。

 現在の経営規模は4500エーカーだ。ジム氏はこれ以上の規模拡大はあまり考えておられないようだが、後継者である義理の息子さんはまだまだ規模拡大はやれると意気軒高である。彼の自信の根拠は、周囲にやめていく農家がたくさん出てくるという見通しがあるからだ。それを聞いていたジム氏は「昔このあたりは100〜200エーカー程度の農家ばかりだった。今でもそんな農家も残っているが、今の平均はたぶん1500から5000エーカー、大きいところは2万エーカーを超えるところもある」と遠くを見るような目をした。

ジム・ステューバー氏。アメリカ穀物協会の理事でもある


 そんなジム氏は後継者に頼もしさを感じつつも、多少の危うさを感じておられるように見えた。それを見ている私は、ここも日本と同じじゃないかと心の中で思っていた。日本の大規模農家の多くは、農業で食えないと辞めていく人の農地を買うなり借りるなりして大きくなったのは、先に述べた通りである。ついでに言えば、親世代と子世代の考えが違うのも同じである。

「賢く規模拡大をしていきたい」

 最後に回ったのはビル・ハンター氏とローラ・コリンズ氏の兄弟経営である(本レポートの冒頭の写真)。ここはトウモロコシ、大豆、綿の他にコメを作っている。コメの品種は中粒種で、全量輸出されるという。コメについて聞くと「日本のコシヒカリやカリフォルニア米と違っておいしくないですよ」と謙遜される。手にはAndroidスマートフォン。画面にはクライメットコーポレーションのフィールドビューが映っている。日本の料理、特に寿司が大好きだそうである。

 ビル氏はもともと獣医の息子である。祖父は農家だったが、息子(ビル氏の父)には農業を継がせようとはしなかった。むしろ農業などやめておけというタイプだったという。しかも将来親族が農業やりたいなどと言わないよう、貸した農地が戻ってこないように工作していたと言うから手が込んでいる。

 しかしビル氏は子供の頃から農業が好きでたまらず、大学は農学部に行き農業経済を学んだ。99年に168エーカーから始めて、祖父の農地だったところを取り戻すなどして今では6400エーカーまで農地を増やした。うち3割は借地だそうだ。

 祖父が農家だったとはいえ、事実上の新規就農で、相当に苦労はしたようである。そのため「子供が農家を継ぎたいと言えば一生懸命教えるが、できれば子供には医者か弁護士になってほしい」と苦笑する。

 そんな兄の苦労を見ていたローラ氏も最初は農業関係のセールスをやりたかったが、適当な職がなかったので、それなら農業でもいいかと経営に参加するようになったとか。今では獣医を引退した父もパートナーだという。

 農業が好きで好きでたまらないという彼の性格を理解していただくには、私の質問に対するビル氏の答え方を書いた方が速いだろう。

「農地が146カ所で農地間の最長距離は28マイルとおっしゃいましたね。相当農地が分散していて効率悪いでしょう?」

「私はそれでいいと思ってます。賢く規模拡大をしていこうと思ってるんです。悪い土地は買わないし借りない。灌漑ができて、管理に手のかからない土地だけを使ってやっていきたい。同じところ一面に農地があると、いい土地と悪い土地ができてくるでしょう? いい土地だけを使う方がいいと思ってます。もっとも、よい土地があるとついつい欲しくなって、適性規模は5000エーカーだと思っていたのについつい手が出るものだから6400エーカーまで農地が増えちゃって・・・」

「うちは100%遺伝子組み換え作物ですけど、遺伝子組み換え作物だと管理が容易な面があって、規模拡大もラクになった面があります」

「テクノロジーの進化によってかなり精密な管理ができるようになりました。分からないことはコンサルタントを雇うし、種子会社との付き合いも密にしてます。遺伝子組み換え作物の安全性ですか? 害虫がつかないのだから安全だと思ってますよ。専門文献全てを読破したわけじゃないですけど、種子メーカーも消費者に危害を与えるようなものは作らないと思います。何事もオープンな考えで受け入れる姿勢が必要じゃないでしょうか。もちろん私も食べてますし・・・」

 先に記したが、彼は事実上の「新規就農」である。日本で成功するタイプの新規就農者は、こういう性格の人が少なくない。そんなことを思い出しつつ農場をあとにした。

 いわゆるメディアを通して見るアメリカ農業は、どうしても日本との違いについて焦点が当たる。その方がニュースとして多くの人が関心を持つからだ。しかし、現役の農業者が実際のアメリカ農業を見てみると、逆に同じところばかりが目についた。

 確かにアメリカと日本の農業は違う。しかしその違いは耕作面積が日本とはケタ違いに大きいだけで、それ以外はほとんど変わりない・・・それが分かっただけでも、アメリカに来た甲斐はあった。

(参考)抵抗性害虫の発生を抑制する仕組み

 これは、避難所とか緩衝区(refuge)と呼ばれる方法である。メンデルの法則を思い出してほしい。メンデルの法則によれば、子供は両親の形質を受け継ぐが、そのパターンは4つある。

XX  Xy

Xy  yy

 Xを優性遺伝子、yを劣性遺伝子とすると、yy以外の組み合わせではyの形質は発現しない。たとえばXを赤い花、yを白い花とすると、XX、Xyは赤い花になり、白い花はyyの場合しか咲かない。

 抵抗性害虫の抵抗遺伝子は劣性遺伝子なので、この場合にはyに相当する。したがって、yyの場合しか抵抗性を持てない。XXの場合はもちろん、1つyを持つXyのパターンでも抵抗性は持てないのだ。

 害虫抵抗性を持つ作物だけを植えると、XX、Xyは死に絶えて、yyだけが生き残る。生き残ったyy同士が交尾すれば当然yyしか生まれない。そうして抵抗性をもつ害虫がドンドン増えていく。農薬をかけることで害虫もろとも害虫を食べる益虫まで殺してしまい、薬剤抵抗性を持った害虫が敵なしの状態になって農薬をかける前より害虫が大繁殖することをリサージェンスと呼ぶが、これもリサージェンスの一種と言えるかも知れない。

 そんな抵抗性を持つ害虫の繁殖をゼロにはできないまでも、発生する確率を下げることはできる。XX、Xy個体を生かしておいてyy同士が交尾する確率を下げるのだ。すなわち、抵抗性害虫が大発生する確率を下げるため、抵抗性を持たない害虫を適度に繁殖させる必要がある。そのためにXX、Xyの遺伝子を持つ個体を生かしておく餌として、わざと害虫にやられる作物をを用意するのである。

 どの程度の割合で害虫用トウモロコシを混ぜればいいかの研究もなされており、そうした研究成果に基づいた適正量をスタン氏は種まき時に混入している。そして、そんなノウハウを導入できるのも、地域の営農指導員の質が高いからだ。

 ついでに言うと、こうした「害虫管理」は農薬を使って防除する場合には使えない。農薬はXXやyyといった遺伝子に関係なく、全てを殺すからである。遺伝子組み換え作物を栽培している場合のみ、使えるノウハウだ。

筆者:有坪 民雄